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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第二部:ヒトたち
23/37

61年め

(*** 61年め ***)


「ロビー、新しいボディーの調子はどうだ?」

「悪くない。これでブリキ缶とか木こりとは言われなくなるな」

 私は首を傾げる。確かに前のボディーには金属にプラスチックをコーティングした部分もあった。それに古いロボットをブリキ缶と呼んだことがあるのも知っている。だが、木こり?

「誰かが、君をそう呼んだことがあるのか?」

 ロビーは笑みを浮かべながら答える。

「いや、ないな」

 私の表情を読み取ったのだろう、ロビーが続ける。

「オズの魔法使いってのがあるだろ?」

 あぁ、ブリキの木こりか。ロビーはどこでこういう知識を、そして言葉のやりとりを仕入れているのだろう?

「ところで、タカムラ。君宛にまた最適化デバイスを着用するように命令が来ているぞ」

「そうか。無視しといてくれ」

「私とラグナロクの仕事が増えるんだが」

「増えないだろ? これまでと変わらないだけだ。着信を改竄しておくだけだ」


  ****


 最適化デバイス。グラス、あるいはコンタクトレンズの形状が一般的だ。脳へのインプラントや、頭蓋内にナノマシンで構築される回路というものの噂もある。昔、それに対応しそうなものがあるとすれば、ナビゲーションシステムだろう。便利なんだろうが、好きになれない。個人の行動をナビゲートだって? 馬鹿げてる。


    「より良い理性をあなたに」


 まぁその謳い文句は嘘ではないかもしれないが。それは「あなたの理性は不要だ」という意味だ。

 何年か前、サイモンがラグナロクをコピーしていった。便宜的に彼をラグナロク-38と呼んでいる。サイモンがつけたコード番号を使っているだけだが。僕らといるのがただのラグナロクだ。どちらもアップデートはしているが、呼称は変えていない。

 サイモンがラグナロク-38を持っていった時、こういう状況をなんとかしたかったのではないのか? いや、そうとは言っていなかったが。ラグナロク-38からの連絡で見る限り、こういう状況への、あるいはこういう状況へ向かうことへの対処は、優先順位の上位にあったはずだ。だが…


  ****


「タカムラ」

 ロビーの声で我に返る。

「ラグナロク-38から連絡が来ている」

 サイモンは、ラグナロク-38がこちらと連絡をとっていることは知っているだろう。知っていないと考える理由がない。だが、そのことについて何か言っていたことはない。

「あぁ、それで何だって?」

 ロビーは少し言い淀み、監視者に向けたジェスチャを行なう。私も同様にジェスチャを行なう。本当に効き目があるのかは知らないが。それに監視者がいるのかもわからない。

「月のマス・ドライバーの起動準備に入るそうだ」

 どういうことかわからなかった。

「月のマス・ドライバー? 何の話だ?」

「ラグナロク-38も先日知ったらしい。君が生まれた頃と前後して、火星と月にナノマシンを送っていたようだ。ナノマシンというより、これはフルスクラッチの人工生命と言った方が適切だろう。DNA様物質が中心をなしている。それらが、月ではマス・ドライバーを構築していたようだ」

 疑問が頭をもたげる。

「サイモンは今までどうやってそれをラグナロク-38に隠していた。10年経っているんだぞ」

「タカムラ、おそらく問題はそこじゃない」

『なぜラグナロク-38はそのことを今になって知ったのか?』

 私とロビーの声が重なった。

「サイモンが知らせてきたのか…」

 ロビーが言葉を引き継ぐ。

「あるいは、隠す必要がなくなったのか、隠せなくなったのか」

 確かに、マス・ドライバーが稼働したら隠せるものでもないだろうが。

「どこに打ち出すんだ?」

「L5のようだ。そこで船を作る」

「船? どうやって?」

「ナノマシン群じゃないかな」

 船を? L5で? ナノマシンを使って? 月の資源を使って? 火星にもナノマシンを送っていた?

「火星に行く船でも作ろうっていうのか?」

「どうやらそうらしい」

「火星の方はどうなっている?」

「それは送られて来ていない。だが、基地か何かが作られているんだろう」

 サイモンは何を考えているのだろう? いや、サイモン一人でできることか?

「タカムラ、着信がある。そっちの計算機に映すよ」

 ディスプレイに人間離れした顔が映る。

「あー、傍受対策に色々やってるんでちょっとアレかもしれないが勘弁してくれ。昔に輪をかけて面倒なんだ」

 チンプ――知性化されたチンパンジー――の顔だ。

「君の所にはチンプもヴァルグルもいないのか。いてもよさそうだと思っていたが」

「あまり手が回らなくてね。うちにはチンプもヴァルグルもいない。キャンパス内にはいるが」

 ヴァルグル。知性化された犬。だが、チンプにせよヴァルグルにせよ、最適化デバイスの着用命令が出ている。好き好んでどうこうしたいとは思わない。

「急に連絡をくれたようだが。君は?」

「あぁ、済まない。私はチャーリー。見ての通りのチンプだ。あー、サイモンから聞いていないのか?」

「いや、聞いていない」

 チャーリーが眉をひそめる。

「そうか。以前、君には世話になっているんだが。私が誰なのかを説明するのは少し面倒なんだ。それに時間がない。引っ越しに忙しくてね」

 チンプが引っ越しだって? そんな話は聞いたことがない。だいたい人権だって制限付きだ。

「タカムラ」

 ロビーが割って入る。

「この映像だが、よく出来ているがどうもおかしい。カメラで撮っているとは考えにくい」

「君がロビーだね? 良い勘をしている。そう、私は計算機の中にいる」

「人工知能なのか」

「その辺りはサイモンに聞いてくれ。今連絡したのは、サイモンの所から連絡が行った頃だと思ってね」

 私とロビーは顔を見合わせる。サイモンは知らせてきたのだ。

「サイモンと私は、人工知能にも多様性が必要だと考えている。以心伝心じゃまずいと思うんだ。わかるだろ? 君はロビー、ラグナロク、ラグナロク-38と複数のアーキテクチャによる人工知能を構築している。そこをもっと広げて欲しいんだ」

「ラグナロクとラグナロク-38は…」

「同じだと言うんだろ? 本当にそうかい? 確かにサイモンに最初に渡した時は同じだっただろうが」

「ラグナロク!」

 ディスプレイの半分にラグナロクの映像が映る。

「済まない、タカムラ。隠していたのは上位命令なんだ」

「僕の命令より上位なのか? それは一体…」

「私の意思だよ」

 あぁ。そうなるように望んでいた。

「ロビー、君も…」

「うん。秘密がないと言えば嘘になる」

 チャーリーが笑っている。

「君とロビーは面白いな。今の君と同じような顔は、ずいぶん昔に見たことがあるよ。私の一番古い記憶の一つだ。君自身の祝福—それとも君にとっては呪いだっただろうか—は報われたようだな。じゃぁ、頼んだよ。おっと忘れるところだった。タカムラ、君も可能なら、そして望むなら、君自身のコピーを取っておいてくれ。方法は、まぁどうにでもできるだろ?」

 ディスプレイからチャーリーが消える。

 おそらく、私の世代ではない。次の世代だろう。何かが起こる。種を蒔こう。


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