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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第二部:ヒトたち
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53年め

(*** 53年め ***)


 教授から、ロビーを連れて居室に来るように呼び出された。


 教授の居室に入ると初対面の人がいた。その人こちらを見ると、満面の笑みを浮かべ、一歩踏みだし、右手を差し出してきた。私はつられて右手を出し、握手をした。

「はじめましてかな。君のことは実はよく知っているのだが」

 教授が部屋の奥から説明した。

「科学技術顧問のサイモン氏だ。君の研究への助成金は彼の所からでていたんだ」

 やっと出処はわかった。だが、なぜ出ていたのか。それはわからない。浮かんだ疑問がもやもやと頭の中を巡り、気のない返事をしてしまった。

「はぁ」

 今になって、それも直接顔を合わせるというのはどういうことなのか。そして、私になんの用事があるのだろうか?

 サイモン氏がこちらの顔色を読んだのか、それとも読まなかったのか、話を続ける。

「君の横にいるのがロビーだね? 君のこともよく知っている」

 私の左、少し後ろでロビーは軽く会釈をする。

「さて、ロビーももうシンギュラリティに到達しているんだろ?」

 私には正直、どのような条件をもってシンギュラリティに到達していると言えるのがわからない。だが、確かに少なくともロビーは人間なみであるとは思う。

 私がどう答えたらいいのか戸惑っていると、サイモン氏は気にする様子もなく続ける。

「そしてロビーとは別に、計算機の中で活動可能なシンギュラリティの開発もできているね?」

「はぁ。まぁそうなると思います。体を持たせることも可能ですが」

「そこで、その人工知能をこちらにコピーさせてもらいたい。君も知っていると思うが、様々な委員や委員会が助言者として人工知能の導入を進めようという動きがある」

 その話は聞いたことがある。そしてそれが目的でサイモン氏はやって来たのだともわかった。だが、私たちの人工知能は、そのような目的に合っているとは思えない。

「私たちの人工知能は、空間、時間、それから可能世界などを扱えるようにした、かなり人間に近いものですが。そういう助言者として適切かどうかは疑問です。助言者というより、むしろ実際の発言者に近いと思うので」

 サイモン氏は顔をほころばせながら頷く。

「そう、そういう人工知能が欲しいんだ。あー、詳しくは言えないが、人間の味方になってくれる人工知能がね。いや、人間のというのは少し違うな。君やロビー、そういう連中の味方になるような。実際には人間という枠の考え方はどうでもいいんだ。そういう前提で、特に科学技術の顧問、あるいはその助言者になって欲しいんだ」

 私たちの人工知能は人間の味方になるのだろうか? むしろ、言うなら、自律であって欲しいと考えて設計し、作ってある。それよりも「人間の味方になるような」というのはどういうことあろう。そうでないのがあるということか? いや、人間という枠の考え方はどうでもいいと言った。ならば、サイモン氏は私たちと同じようなことを考えているのか?

 サイモン氏は私とロビーに目をやってから話を続ける。

「君のそのスレートからコピーできるかな?」

 私はついうなずいた。

「ではこのチップにコピーできるだろうか?」

 サイモン氏は胸のポケットからケースを取り出し、さらにその中からメモリ・チップを摘んで、私の目の前に差し出した。

 私は話の流れから、とくに断わることもできず、私のスレートからラグナロク――それが私たちの人工知能の名前だ――を呼び出し、状況を説明する。

 ラグナロクが答える。

「わかった。コピーでいいんだな? データをそっちに送るからチップにダウンロードしてくれ」

 コピーの最中、ラグナロクは鼻歌を歌っている。どこでこういう習慣や歌を覚えているのだろう?

「ところで、タカムラ君、君は指輪持ちだよね?」

 ふいに話題が変わって戸惑うが、私は確かに指輪持ちだ。学位を持っているのと指輪持ちはだいたい同じ意味なのだから。何年か前から少しズレがあるが。

「その指輪と同じか、それ以上の機能を持ったバイオ・チップを埋め込むことに近々変わる」

 その話は聞いたことがある。

「そこでお願いなんだが。君はバイオ・チップの埋め込みに同意しないで欲しい」

 指輪も何となく嫌なのだが、バイオ・チップの埋め込みか。両親が指輪そのものも鬱陶しく思っていた理由はわかるが、バイオ・チップの埋め込みか。なおさら嫌な気がする。

「その理由は聞かないでくれ。ただ、君もわかってくれるものと思う」

 サイモン氏がそう言った時、ラグナロクがコピーが終ったことを知らせてくる。

 すると、サイモン氏は自身のスレートで――バックエンドに何かあるのあろうが――ラグナロクを起動させる。

「えーと、ラグナロク、君はコピーされたバージョンでいいのかな?」

「えぇ、あーミスター・サイモン、今コピーされたバージョンです」

 何が気にいったのかはわからないが、サイモン氏は満足気にうなずいている。

「では、その名前はこれからは普段は使わないでくれ。コード番号で呼ぶ。コード番号はS. 00-38-000だ」

「わかった」

「そして君がやることは知的存在――人間というわけではない、そのあたりはまたあとで説目しよう――を守ることだ。いいか?」

「情報が不足してるが、補ってもらえると期待している。ひとまず了解だ」

 サイモン氏はうなずくと、こちらに顔を向ける。

「ところで、なぜラグナロクなんだい?」

 私は答えに詰まる。あまり大した理由はないから。

「なぜ黄昏なんだい?」

 サイモン氏がもう一度問いかけてくる。

「あー、まぁ格好良さそうなのと… "R"からはじまっているのと… 私たちの黄昏に繋がるのかもしれないというところで…」

 サイモン氏が微笑む。

「まぁ黄昏には違いないかもしれないな。だが君たちのではないよ。いや、君たちも巻き込まれるだろうが。だがこのラグナロクは――この人工知能も、この状況も――君たちの希望になると思う。少なくともそうなって欲しいと思っている」

 サイモン氏の意図を掴みかねる。どういうことなのだろうか?

「それが見えてくるのは10年後くらいかな」

 サイモン氏は天井を見上げながら少し低い声でそう言った。

 視線を私に戻し、さらに言葉を続ける。

「ラグナロクをアップデートするようなことがあれば、連絡をくれないか?」

 サイモン氏は自分のスレートを操作し、私のスレートに連絡先をいくつか送ってきた。

 教授が唐突に割り込んでくる。

「ミスター・サイモンとタカムラ君をやっと対面させたのだから、これについては私はもうお役御免かな?」

 サイモン氏が笑いながら答える。

「いやいや、まだまだタカムラ君といろいろやってもらわないといけませんよ」


  ****


 私の居室に戻りながら、ロビーに話し掛けた。

「ロビー、研究室のラグナロクと、サイモン氏にコピーしたラグナロクと、通信はできるか?」

「もちろんできるよ」

「常時ではなくて構わないから、両方のラグナロクからレポートを受け取って、その概要を私に送ってくれないか?」

「わかった」

 そう言うと、ロビーは研究室に戻るまで鼻歌を歌いはじめた。ロビーとラグナロクと、どっちがこういう情報を渡しているのだろう? どちらかではないのかもしれない。相互に色々な情報を渡しあっているのだろう。


  ****


 8年前に、人間の行動に対してのシステムの介入が合法化された。年々、少しずつ介入の範囲や強さが増している。

 私はロビーとラグナロクの開発において、人間-計算機の系とでも呼べるものを経験している。私の意志でプログラムを書いているのか、計算機が私に命令して私が打ち込んでいるのか、その境界が曖昧になる状況だ。

 それと同じというわけではないのだろうが、人間はシステムからの指示に従う、いわば生体端末と化しはじめている。まぁ少なくとも、そういう部分がある、あるいはそういう人がいるのは確かだ。

 ラグナロクがこういう状況に対してどういう働きをするのだろうか? あるいはできるのだろうか? サイモン氏はこういう状況に対して何かをしようとしているのだろうか? 何を、どうやって? ただ、期待しようと思う。


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