18年め
(*** 18年め ***)
空間を湾曲させてのFTLを行なうことはできない。理論上は可能だが、実現に必要なエネルギーが、この宇宙そのものをエネルギーとして使ったとしても足りない。それでは実現はできない。いずれはマルチバースにアクセスし、1つや2つの兄弟宇宙を燃料にすることで可能になるかもしれないが。
空間を光速以上で移動できる物体は存在しない。ターディオンは。そしてタキオンは光速以下に減速することはできない。ルクソンは光速でしか移動できず、加速も減速もできない。それぞれ場の影響を考えなければ。
だが、180億年後には、各々の巨大銀河にとって、それ以外の銀河は光速を越えて遠ざかる。ターディオンであるにもかかわらず。なぜか? 空間そのものが遠ざかっているからだ。
ならば、空間そのものを引き伸ばし、宇宙船はただその空間に存在するのみ。そのような航法はできないだろうか。そうして、必要なら出発地点には――あるいは他の場所でも――新たに空間を湧き出させればいい。
フィールド航法とは、そういうものである。シミュレーションでは可能であることがわかっている。リアクタの開発も基本的にはできている。ジェネレータも試作はできており、また機能することも確認しできている。まだ航法と呼べるほどのものではないが。
今回の実験機は長距離FTLの確認と、加えて重力圏からの離脱に関する性能および重力の影響の調査を目的としたものだ。そのために木星の衛星軌道を周回した後に帰還する予定だ。
だが、不安なのは機体だ。機体には、予算と時間の制限から旧式のロケットを使う。各段ごとに軌道エレベータで持ち上げ、軌道上にて組み立てる。リアクタとジェネレータが、3段目のみ――4段だろうと、5段だろうと――に収まらないからだ。逆に言えば、この実験では各段の切り離しはしないし、できない。
木星の衛星軌道上で、多段ロケットの形状でどのような問題がでるだろうか? わざわざロケットの機体の軸線とは直角な方向に機体を回転させるテストも行なう。微弱な――おそらく微弱だろう――潮汐力でも機体にどのよな影響が出るのかはわからない。シミュレーションでは問題はないという結果が出ている。だが、それは大丈夫だとしても、軌道上やその周辺で岩石の小片、あるいは氷片にでもぶつかったらどうなるだろう? ペラペラの外殻がどれほど役に立つだろうか?
もちろん、単純な対策は、機体の外側からだろうと内側からだろうと、ともかく外殻を補強することだ。それに意味がないとは言わない。だが、より大きな機体になった時にもそうするのか? だいたい、どこまでの小片に対応すればいいのだろうか? 少し大きめの小片にぶつかったら諦めてくださいと乗員に――今回の実験に乗員はいないが――言うのか。馬鹿らしい。外殻を厚くするのは必要な工程ではあるが、根本的な解決にはならない。
そして、フィールドを展開している間は、フィールドの外の観測も、外部との通信もできない。空間そのものを操作する航法であり、空間を切り離すのがフィールドだから。
そういう話をした。
壁の右側の奥から声がした。あるいはそう聞こえる。顔の横、肩の上で右手を前から後ろに振り、壁面ディスプレイのスクリーンを後ろにスクロールする。すると、手を挙げている人が映し出された。その人の右上には、注意を促すアイコンと、名前などを示しているタグが現れている。
「単純な発想しれませんが。機体をフィールドで包んだらどうでしょうか? フィールドは空間そのものを保持するので、機体の、いわば構造維持フィールドとしても使えるのではないかと思うのですが」
私にとっては会場の左の後ろから声がする。映像をを前にスクロールし、その人を映す。
「フィールドは航行用の設計だったと思うが。それに原理的に球形に発生するようになっている」
先ほどの人が答える。今度は私がジェスチャで操作するまでもなく、発言に合わせて自動的にその人がフォーカスされる。
「フィールドを航行にのみ使うという制約はありません」
それはそのとおりだ。だが疑問がある。私が質問した。
「つまり、木星でもフィールドを保持し続けると?」
先ほどの人は、首を振り答える。机の上に置いてあったスレートを起動し、この会議システムに接続する。こちらの壁には、その人が放送用映像への介入を求めている旨が表示されている。私はそれを認めた。
ディスプレイには、デフォルメされた船の絵が現れ、それは薄い青の球で包まれている。
「通常、フィールド推進においてフィールドを展開する場合はこういうイメージかと思います」
私はうなずいた。
「しかし、この場合、通信だろうと何だろうと、ともかく何かをしようとするならフィールドを切らないといけない。何であろうとフィールドを越えて出入りはできないのですから。それは電磁波でも同じだ。光も入ってこない。それでは木星まで行っても、ただ行ったというだけだ。軌道計算をして打ちだした人工天体と変わらない。かといって、フィールドを切れば小石程度のものであったも衝突の可能性がある」
彼のスレートから送られている絵の中の宇宙船で、周囲の薄い青色の領域が消えると、どこからか小さな丸いものが飛んできて、宇宙船に衝突した。
「フィールドを張っている間は、役に立つかもしれません。ですが、これでは実際的な構造維持フィールドとしては役に立ちません」
宇宙船の周囲の薄い青の球が消えると、何かがぶつかる。その場面が繰り返されていた。
私はディスプレイを見渡す。皆、どうするのかを聞きたいようだ。
「では、どういう方法があるのか教えてくれないか?」
話していた人は満面の笑みを浮べると、話を続けた。表示されていた映像が切り替わる。
「以前、これはチートだと思えるような方法で、モノポールの実現の可能性を示した人がいます」
彼から送られてくる映像は、彼が言う「チートだと思えるような方法」でモノポールを実現しようとしたというモデルなのだろう。確かにモノポールではあるのだろうが、彼が言うとおりチートのように思える。
「それと似た方法で、フィールドを機体の形状に沿わせることが可能です」
また画像が変わり、表面が薄い青になった船が表示される。
私にとっては、会場の中央奥から声が聞こえる。私はまたスクロールする。
「では外部の観測はどうする? 観測できないのであれば、結局同じだ。それに今回の機体では使わないが、外部へのハッチの開閉をすれば機体の形状が変わるが?」
先ほどの人が答える。
「形状の変化については、チートと思える方法で機体の形状に沿わせることが可能です。部分的にフィールドを解除することも。それに、外部の観測については、実はそちらの方がチート的なモノポールの応用の根幹になります。フィールドを張りつつ、ある程度の電磁波の出入りが可能です」
その人は、その場からこの会議室を経由し、大量の資料を配信した。そして続ける。
「条件を設定して、フィールドを張りつつ、ある程度の電磁波の出入りが可能です。外からはどの程度入っていることを認めて、中あらはどの程度出ていくかを認めるかも。必要ならどっちの方向であっても一方通行にできます。ここについては仮に変調と呼びますが」
配信された資料を検討するため、今回の会議は終了となった。
****
資料を検討し、また、他の人とも討議したが、配信された資料に誤りはないように思えた。
幸い、ジェネレータなどフィールド関連についての手直しは小さいものだった。
フィールド発生の試験においても、問題は発生しなかった。
そして試験機は木星に行き、そして還ってきた。
****
問題があったのは、試験機の帰還後だった。
計算機の記録を調べていたところ、フィールド航法を行なっている間の記録におかしいところがあった。いや、正確にはフィールドを使用している間は、多かれ少なかれ記録に異常がある。
記録の時系列がおかしい。場合によっては、映像や音声は複数の信号が合成されているようにも思える。
こんな状態で、よく還ってこれたものだ。
****
記録を解析した。試験機はまちがいなく設計どおりに機能していた。そこから考えられるのは、あるいは可能性の一つは、こういうものだった:
私たちは時間を手に入れたのかもしれない。
フィールド内では、フィールド発生前から続く――続くという言葉に意味があるのだろうか――一つの主時間が支配的ではあるものの、0個以上の副時間も存在している。これはフィールドの変調によって改善できるだろう。解決はできないとしても。
試験機の計算機はただそのように観測したという記録を残してきた。この記録に見られるようなことが体験したとしよう。時間を意識しない者にとっては、おそらく眩暈程度のものかもしれない。だが、時間を意識する者にとっては?
結果がどうなるものであれ、いずれは試験を行なう必要があるだろう。その時に選ばれるのは誰だろう?




