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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第二部:ヒトたち
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17年め

(*** 17年め ***)


 私は科学諮問委員会の議場に着いた。広い部屋に円卓が組まれ、各委員の席には、多色電子インクを用いたスレートと、2つ組のブレスレット型のキーボード、そしてカメラがついたヘッドセットが置かれていた。

 自分の席に座ると、スレートに表示されている文言が目に入った。

「更なる飛躍の300年」

 大きな字でスレートの上部にはそう表示されていた。その字の下には、ソファーに座って語りあっているのであろう人々、公園でだろうか、風船を追い掛ける子供、食卓を囲む人々、両腕を広げて、いかにも人生を満喫していると言いたそうな人、そんな写真が表示されている。


  ****


 議長が委員会の開始を告げる。

「今回は、D. 0 サイモン氏からフィールド推進の理論と実験についての意見を伺います。D. 0 サイモン、概略の説明をしていただけるかな?」

 私は立ち上がり、話しはじめた。

「先の委員会において、Dr. オコーナーから資源・エネルギーに関して今後300年はやりくりできるとの意見があったと伺っています」

 オコーナーも出席している。自分の席でうなずいている。

 私は続ける。

「私の意見を述べる前に、このスレートの文言はどういう意味なのか、どなたかに説明をお願いしたい」

 オコーナーが資料を手に立ち上がり、答える。

「誰かが説明するまでもない。私が答えよう」

 そこで一旦言葉を切り、私を見る。

「文字通りの意味だよ。300年はエネルギーも資源も確保できる。これからの300年は、人類が更に飛躍する300年ということだ」

「では、300年経った後にはどうなるのでしょう?」

 左の眉を上げ、右の目を細め、口はへの字になっている。どういう意味なのかを掴みかねている、そういう表情のようだ。

「どうということもない。言っただろう、更に飛躍すると」

 私は天井をしばらく見上げる。ここは来てはいけない場所だったのではないかと不安になる。

「エネルギーも資源も確保や供給が困難になるのにですか?」

 オコーナーは軽い笑みを浮かべながら答えた。

「300年あるのだから、問題は解決するだろう。違うかね? 地球のより深い場所からでも資源の採掘は可能になるだろう。海底の深いところからでも同じだろう。エネルギーは太陽があるじゃないか」

「単純な疑問なのですが、なぜそこまで地球にこだわるのですか?」

 オコーナーは依然として軽い笑みを浮べていた。

「D. 0 サイモン、君は人間のモデルDNAを基礎として作られた第0世代ではある。だが、やはりデザインドだな。だから、地球で生きているのだという感覚が弱いんじゃないかね?」

 私の友人たちがオコーナーを糺す様子が、現実のように思い浮かぶ。だが、私は無力感に襲われる。アルキメデスよ、私にささやかな支点をお与え下さい。

「そういう話ではなく、太陽系内に目を向ければ人類が繁栄するのに十分な資源とエネルギーがあるではありませんか」

「宇宙に行って、一体何があるというのだね?」

 オコーナーが手に持っていた資料をテーブルに放り出した。

「エネルギー、資源、空間があります」

「宇宙に行ってまで、誰がそれらを望むのかね? 地球でやっていけるのに」

 この、議論にすらならないという感覚は嫌いだ。友人たちとは、密度の高い会話や議論ができるのに。

「地球でやっていくことはもはやできないないからです。誰が望むのかと言えば、人類全体がです。未だに、人類全体が高度な文明の利益に浴しているわけではありません。エネルギーの需要はまだまだ増えるでしょう。資源の需要もまだまだ増えるでしょう。ですが、300年というものは、まかなっていける試算とは思えません。ですから、言うなら『誰が望むのか』という質問が意味を成していません。望むのかではなく、ただただ必要なのです」

 オコーナーの顔が幾分紅潮したように見える。

 私が続ける。

「そこで、系内深部までの探査を行ない、資源の確保の調査を行なう必要があります。エネルギーとしての太陽光発電も、公転軌道上に発電ステーションのネットワークを構築する案があります。そのような発電ステーションのネットワークはダイソン・スフィアの一段階となるでしょう。しかし、それらを構築する資源が――たえば、ただの鉄でもアルミニウムでも――、地球上のみで充分に確保できるでしょうか? 」

 ある委員が質問をする。

「エネルギーや資源が不足するとして、だからといってダイソン・スフィアとは極端じゃないかね? 例えば、公転軌道上にステーションを配置するにしても航行方法などが問題と」

 その委員が言葉を途中で切る。

「そうです。ご指摘のとおり、それだけでも大きな課題になります」

 その委員が新しい質問をする。

「フィールド推進だと、その問題がなくなるのかね?」

「なくなるわけではありません。しかし必要なコストは極めて小さくなります。施設その物のための資源も、地球からの持ち出しではなく、範囲を系内に広げて確保できます」

 オコーナーから質問が出る。乗り気になりそうな委員がいるのが気にいらないのか、割り込まれたのが気にいらないのか。

「通常の推進方法と、そのフィールド推進とは何が違うのかね?」

 それくらいは勉強してきてくれ、あなただってここの委員だろう。それとも理解できなかったのか?

「最大の違いは、亜光速航行、あるいはFTLが可能となる可能性があることです」

 オコーナーはさっき放り出していた資料を手に取り、もう一方の手を腰にあて、背筋を伸ばして話しはじめた。

「加速による質量の増加の問題はどうなる? 相対性理論が言っている、光速の壁は? いわゆるワープ航法は必要なエネルギーの量の問題から、現実的には実現不可能と証明されていたと思うが」

 オコーナーがFTLという言葉に反応したようだ。ありがたい。私は、アルキメデスに感謝した。支点が与えられたことを感じたから。

「そこです。相対性理論は空間に存在する物質――ターディオン――は光速を超えられないと言っている。いいですか、ターディオンは、です」

「つまり結局亜光速もFTLも無理ということだろう」

 背筋を伸ばしたまま、オコーナーは繰り返した。

「では、空間ごと移動したらどうでしょうか? そこがフィールド推進の要でもあります」

 オコーナーはやはり背筋を伸ばしたままだが、顔には不安の色が現れている。どういう不安なのだろう。

「空間ごと? そんなことが…」

 読んでいなかったのか。資料に書いてあるのに。それともやはり理解できなかったのか。書いてある。いや、そうとは書いていないが、理論的説明として書いてある。

「宇宙が膨張しているのはご存知のとおりです。観測可能な宇宙の端は、亜光速で広がっている。光速に達するのはビッグバンから180億年後、今から43億年後ほどになるようですが。そこに存在するターディオンは我々の観測では既に亜光速で移動しています。なぜそんなことが可能なのかと言えば、空間そのものが広がっているからです」

 委員長から質問が出る。

「人工的に行なう方法は、ある程度は研究されているわけだね?」

「はい。理論とシミュレーションは。そこで次の段階として、実験に必要な資金と、軌道エレベータの使用時間の割り当てを希望しています」


  ****


 決が取られ、フィールド推進に関する資金提供などが認められた。

 おそらく、発電ステーションのネットワークの構築程度で話を止めておいて良かったのだろう。私と友人たちは、最終的には系外への航行を目指すという結論を出していた。だが、他の恒星系とはあまりに離れている。それが可能になるのには、まだまだ時間がかかるだろう。


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