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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第二部:ヒトたち
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15年め

(*** 15年め ***)


 毎年、この会議がある。実際の会議に向けての準備であり、リハーサルでもある。この会議の担当を前任者から引き継いで数年経つ。だが、この会議の結論は――あるいは私たちが予想している結論は――いつも同じだ。十数年、いや二十年近く続いているだろうか。業界からの突き上げは年々強くなっているが、倫理的問題として、退け続けている。


  ****


 委員長が要請を型通り読み上げる。

「というわけだ。いつもと同じだがね。最近では人工知能の技術向上が目覚しく、ウェアラブル機器にによってサーブスと常時接続することで、そしてこの技術によって、極めて有益なサービスを提供できるという意見だ」

 委員長は、鼻をならすと、資料をテーブルに投げ出す。

「もちろん、人間とアシスタント・システムと常時接続する必要はないという意見もある。」


全員の資料にも書かれているが、売り込み用の資料に多きく印刷れている標語を、委員長は大型ディスプレイに映し出す。


 - より豊かな生活をあなたに

 - より効率的な生活をあなたい

 - より良い理性をあなたに


 委員長は振り向き、この標語に目をやると、大きく溜息をついた。

「馬鹿げてる。まったく馬鹿げてる」

 そのまま視線を落とす。自分の靴も見ているのだと言われれば、そう見えるくらいに。怒ってなどいない。はっきりと気落ちしているようだ。

 委員長がこれほど発言するのは、会議としてはあまり褒められたものではないだろう。苛立ちをとおりすぎた諦めとでも言えそうな様子を見せるのも、溜息をつくのも、「馬鹿げてる」などと言ってしますのも。どういう方向にせよバイアスがかかっていると見られているとしてもしかたがない。

 資料に目を戻し、ページをめくりながらポツリと言葉が出てくる。

「効率的な生活によって生まれる余剰が、豊かな生活を生み出す。いつもと同じだ」

 

 委員長から、目で私に発言が求められる。

「まぁ委員長が言いたいことはわかります。それは人間を計算機の生体端末にする、あるいはその程度を高めることを意味するのでしょう。指示される事柄に従うことが自然となったとき、それは人間と呼べるのでしょうか?」

 いつもどおりに委員長が頷く。

「付け加えるなら」

「君!」

 他の委員がさえぎろうとするが、私は話を続ける。

「『より良い理性をあなたに』とは、つまり『あなたの理性は不要だ』という意味ではないでしょうあか。もしかしたら、ただの標語でしかないのかもしれませんが」

 先の委員がまたさえぎってる。

「なにを馬鹿な。より効率良く生活し、より効率良く生きるということだ。それのどこに問題があるというんだ」

 委員長がその議員に発言を抑えるように依頼した。

「アップリフテッド――知性化された者たち――への使用、そして私のようなデザインドに対する使用については資料では、議論の対象にも挙げられていません。ただ、『これらはアシスタント・シスメムを装着すべきである』としか」

 委員長はため息をつくとともにうなずいた。それは、少くとも拒絶ではなかった。

「そうだな。ここ数年、実のところ君からそういう意見が出てくるのを待っていた。少なくともそそう考えていたことを否定はしない。君の正直な意見を聞こう」

 はっきりと意見を言う機会が得られた。ゆっくりと深呼吸してから、私は話しはじめた。

「私たち――デザインドもアップリフテッドも――は、生まれながらにして、人間の社会におけるシステムに従うように要求されるかもしれません。もしかしたらプログラムされているのか、教育されているのかはわかりませんが。実は、DNAベースのシミュレーションである…」

 委員長はうなずきながら聞いていた。だが、その部分にくると、右手の人差し指を立て、手首はテーブルに置いたまま、器用に人差し指を左右に振る。

「あぁ、その話は聞いている。今までに話したことがあるともね」

 それは、たださえぎったというのとは違うように思えた。チャーリーの子供たちは育成途中にある。他の種の子供たちは、イケダとファーラーたちがはじめている。犬をベースに知性化が行なわれている。ヴァルグル。彼らはそう呼んでいた。チャーリーのものと同じ基盤システムを使って。チャーリーとむしろ逆で、体を知性化らしいものにする方がどちらかと言えば手間取っているらしい。いずせの場合も、今はまだ生育途中にある。社会に出るまでにはもう少し時間が必要だ。委員長は、人間には彼らを受け入れる準備がまだできていないと言いたいのだろう。

「仮に私たちにそのように求められるのだとしたら、人間についてはどうなるのでしょう? 私たちには受け入れろと要求し、人間については受け入れられないとするのでしょうか?」

 さきほど委員長から発言を抑えるように言われた委員が意見を述べる。

「では、人間と、デザインドやアップリフテッドとを同格のものだとして扱おうとしているように思えるが? それにロボットも同じ同格だと言いたいのかね? 」

 委員長がうなずく。この委員は私が言っていることにただ反感を持っているのだろうか? それとも委員長から何か含められているのだろうか?

「いえ、そういうことではありません」

 私はしばらく考える。これまでの経験から、委員長は信用していいとしよう。ならば、委員長は私に何を言わせたいのか?

「私が、ひとまずデザインドとアップリフテッドを代表しているとしましょう。では、私にロボットの代表もできるのか? それは無理でしょう。私はデザインドとは言え、試験世代であり、少しばかりのデザインが施されている以外は、人間と同じ基盤の上に存在している。アップリフテッドも、おそらくそれほど大きな違いはないのかもしれません。だが、ロボットは? おそらくあり方が違うでしょう。私にロボットも含めての代表が務まるとは思えません」

 そこで私は大きく深呼吸した。

「『より良い理性をあなたに』とは、つまり『あなたの理性は不要だ』という意味だとしましょう」

 周囲の委員を見渡す。

「アップリフテッドたち、私のようなデザインドについては、私が代弁できるかもしれません。しかし、ロボットについて、彼らの代表が必要に聞かなければならない。理性を放棄しろと言われてどう思うかと」

 委員長が満足げにうなずいている。

「そうすると、まず一点、『より良い理性をあなたに』とどということは受け入れられないということだ。もう一点は、この委員会に限った話ではないが、ロボットも委員に加えることを検討する必要があるのかもしれない。これれの点はよろしいか?」

 すべての委員がその言葉を承認する。


  ****


 会議の後、紅茶を飲んでいると、委員長が横から滑り込んできた。

「まぁ、2年かね? アップリフテッドのシミュレーションと話してから」

 私は先に紅茶を口含んでしまったため、急いで飲み込んでから答えた。

「そうなりますね。ですが、彼の子供たちが生まれてからの様子をみる必要もありましたし」

 委員長はうなずくと、紅茶を一口飲む。

「そうだろうね。だが、正直、もう少し早く今日のような意見を言ってもらえると思っていたよ」

 今日のようなとは、アシスタント・デバイス/アシスタント・システムについてだろうか。それとも人間とデザインドとアップリフテッドとロボットが共存する世界についてだろう。

 私は委員長と一時間ほど話した。まさに、人間は新しい奴隷を作り出してよいのだろうかと。

 だが、触れていいのかわからない問題が、少なくとも2つある。委員長もその話題には触れようとはしなかった。

 デザインドとアップリフテッドとロボットは、機能上、あるは設計上、どこかで人間並みであると認められる一線がある。人間はその一線を、設計において定めることができる。だが、それをどのように定めたら良いのだろうか。そこは解決されていない問題だ。

 そしてもう一つ。私たちにその一線が存在するのだとしたら、人間には?

 それらに話が触れそうになるたびに、委員長は「わかっている」というようにうなずき、さりげなく別の話題に誘導した。


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