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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第二部:ヒトたち
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45年め

(*** 45年め ***)


 科学諮問委員会の資源・エネルギー分科会に出席する。エネルギーと資源の問題について広く議論する場として設けられている。だが実際にはエネルギーと資源の需要の増加、とくに発展のさなかにある地域におけるエネルギーと資源の需要の爆発的な増加こそが問題となっている。単純にいくらでも供給できるものでもないため、その問題に対して地球規模での対応を検討する分化会となってしまっている。だが、エネルギー需要は追い付かず、資源そのものの需要、あるいは配分の調整ももう限界に近づいている。何年か前から、人間の能力と労力を、いかに効率的に活用するかが中心的な議題となっている。私は毎年この分化会に出席している。だが、ここ2, 3年はあまり強くは勧告を出せない。


  ****


 委員は、各自が資料を持ち込む、出席しているメンバーに共有を認めるとともに、また各自も共有が認められた資料を眺めている。各資料の右上には、例えばこんな表記がある。


  /- rwc r-c ---/o:委員サイモン,g:Sci-subER,a:other/

  /a ... ... r-c/a:委員が必要として認めたもの


 委員会がはじまると、科学・教育局からの役人が今後の方針を説明した。その予測はあまり明いものではなく、小惑星帯の開発を視野に入れる必要があるというものだった。

 その説明が終ると、委員たちはしばらくザワついていた。だが、そこここで、それぞれの結論がまとまったらしい。

 政界からの委員の一人が発言した。

「小惑星帯の開発を視野にというのは、真面目に考えているのかね?」

 先に説明した役人は立ち上がって答えた。

「その可能性も視野に入れて、ということです」

 委員が「ふん」と、いかにも気に入らないというように鼻を鳴らした。

「そんな無駄遣いができるものか。だいたいどうやって送るというんだ」

 役人は少し考えてから答える。

「皆さんも利用されたことはあるかと思いますが。軌道エレベータがあります。そこの火星ポートから送り出せば、各採掘機には制動とその後しばらくの移動に使うスラスター用の噴射剤を積むだけですみます」

「ほら見ろ。噴射剤とやらが必要になるじゃないか」

 馬鹿げた考えたというように、また自分の指摘がいかに妥当なものかを納得したように、「ふん」と鼻を鳴らした。

「やはり、資源の分配と活用に、もっと効率的な方法が必要なのだ」

 財界からの委員が発言した。

「その上で、経済活動を維持する必要がある」

 どちらも主張は、結局、アシスタント・システム、アシスタント・デバイスにより、人間の活動の効率化が必要だというものだった。システムに接続したウェアラブル・デバイスが、人間の活動や行動に積極的に介入し、その行動を効率化する。「効率化」と言っても、それがどういうことなのかは各代表者は分かっていて、その上でわざわざそういう言葉を選んでいる。

 例えば事務職と倉庫の担当者がいたとしよう。倉庫の担当者が一時的に不足、あるいは普段より多く必要になったとする。もちろん事務職がそのまま倉庫に行ったとしても、当然勝手がわからない。ならば、アシスタント・システムが行動の助言をすれば構わない。そして、それは逆も言える。つまり、個人の能力や技術は不要であり、それらはアシスタント・システムが提供する。人間は労力になればいいというわけだ。そして、人間であるということも、エネルギー、資源と同じ意味になる。

 私たち科学諮問委員会の委員は、これまでのシミュレーションを元に反論をした。プログラマの「計算機と人間は系を作る」という意見、つまりどこに意識や意思があるのかも曖昧になるという意見も含めて反論をした。結局、経済活動も文化活動も低迷する可能性が高いと。だが、そんなものを検討できるような人たちではなかった。

 「文化活動にしても、アシスタント・システムが示してくれるだろう」

 ある委員が言った。どこでどのような文化活動が行なわれているかをアシスタント・システムが教えてくれたり、文化活動を観ているときにアシスタント・シテムがそれをより楽しむための情報を教えてくれるならいいだろう。だが、そういう意図ではない。文化活動も効率化するという意味であり、何が文化的なのかもアシスタント・システムが教えてくれる。昔からのファッションに見られるように、まさに流行色のように、アシスタント・システムが何が文化かも教えてくれるというわけだ。それは確かに経済にも効果が波及するだろう。

 それが人間が望むことであるのなら、そうすればいい。だが望まない人もいるだろう。そういう人はどうすればいい。


 火星ポートを使う必要は実際にはもう必要なくなっている。フィールド推進による小惑星や外惑星の開発案はとっくの昔に出されている。だがそれに反対したのも政界と財界だ。いや、これは世論としてそうだ。確かに火星ポートから送りだすの方が、フィールド推進の場合よりもコストは少なくてすむ。人間が乗り込む必要がないため、リアクタとジェネレータが不要なのだから。だが、それらの人の間でも、実のところはコストなんかが問題になっているわけではない。「この大切で一つきりの地球」とやらを守らなければならないという理由で。まさにそのためにこそ、小惑星や外惑星が必要だと広報しているにもかかわらず。地球だけでやっていけると考え続け、いざそれに限界が見えても――そんな限界はとっくの昔に見えている――、人間の行動を制御することまでして、あくまで地球上にこだわっている。それだけではなく、地球が太陽を巡る公転軌道上に発電・蓄電・送電のステーションを置くのにも反対する。「そんな無駄遣いをする余裕があるのか」と。その余裕を作るためにもそのステーションがあった方がいいと説明しても、やはり通用しなかった。

 「人類が誕生した惑星だから大切にする」 それはわかる。だが、「人類が生きていけるたった一つの惑星だから」という理屈はわからない。今は一つだけかもしれない。だが、太陽系内には他の惑星や衛星だってある。銀河だけだって広い。あるいは銀河のこの腕だけだって。なぜ「生きていけるたった一つの惑星」と考えるのだろう。人類と地球の生態系を受けいれることが可能な、あるいはそのようにすることができる場所は、地球だけではない。

 「世界」という言葉は曖昧な言葉だ。地域を指すのか、社会を指すのか、文化圏を指すのか、地球を指すのか、太陽系を指すのか、銀河を指すのか、宇宙を指すのか、マルチバースも含めて指すのか。オムニバースを指すのか。それらを全て含みうる、そしてそれ以外をも含みうる可能世界も含むのか、可能世界の集合も含むのか。世界という言葉はそれぞれを個別に指すとともに、その全てをも指す。

 では、財界と政界からの委員は、そして世間は、いったいどの意味で世界という言葉を使っているのだろう? いつも疑問に思いつつ、何回かは尋ねてみたこともある。せいぜい広くても地球までのようだ。地球以外には、天国と地獄が入っている答えも聞いたことはある。


 委員会は、システムの人間活動への介入を認めるしかなかった。


  ****


 会議のあと、委員長に呼び止められた。

「サイモン、宇宙船の方はどうなっているか聞いてもいいかな?」

 ついでに「飲み物でも」と言いながら、近くの自販機で紅茶を買い、私にも放り投げてきた。二人は缶を開けながら、近くの椅子に腰を下す。

「まぁボチボチですね。船の能力、とくに航行能力については実験船でやってきましたし。時間の干渉もどうにかなったようです。月の方も火星の方も活動は継続しているのは確認できています」

「なるほど。月の方はいつから稼動しそうなのかな?」

 紅茶を飲みながら、こちらを見るわけでもなく静かな声だった。

「はっきりとはわかりませんが、15年後かそのあたりでしょう」

 横顔で見ただけだが、委員長は笑みを浮べているように思う。

「何か必要なものはあるのかな?」

「どうでしょう。月と火星にリアクタか何かがあれば、あっちでのいくらか作業は早くなるかもしれません。あるいは、船にそのまま載せるためのリアクタとジェネレータをこちらで作り、L4に置いておいてやるとか」

 委員長はふいにこちらに顔を向けた。

「それはナノマシン群の活動に影響は出ないのか?」

 私は少し考えてから答えた。

「問題はでないでしょう。それらが存在するということを教えてやればいいだけなので」

 感心するように委員長はうなずいた。 「よろしい。委員会と私と、君の権限で予算をつけよう」

 委員長は話題の区切りというように紅茶を飲む。

「ところで、連中が言うようにやって、今どうにか手に入るエネルギーとリサイクルでどれくらいやっていけると思う?」

 先程の委員会の資料にも書いてあったことだ。だが、政界と財界からの委員は、その内容を認めようとしなかったが。

「やり方によりますが、資料のとおりです。長くて70年というところでしょう。あくまで基盤資源を変えない場合ですが」

「それまでに、脱出できるという可能性も充分に選択肢に入っているようにしないといけないな」

 私はうなずいた。

「まぁ、あいつのナノマシン、それともパラ生物なのかな、ともかくそれには助かっています。そしてもちろんあの航法にも」

 委員長がふと向いの壁に、あるいはその向こうに目をやる。

「そっちはまかせていいかな」

「わかりました」

 議長は立ち上がりながら、少し声を落して言った。

「君たちのために祈るよ」


 議長に感謝しなければ。

 だが、事態が収束に向かっているように思う。それも悪い方向に。どうにか遅らせようとしていたが、それもここまでだろうか?


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