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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第一部:プロローグ
11/37

31年め

(*** 31年め ***)


「なるほど、生物種というのは必ずしも明確ではない。そして共存してきた」

 ある放送にて。中央にテーブルを挟み三人が映っている。テーブルには飲み物も置いてある。司会の女性が体を右に向け、質問をする。

「この知性化テストで高知性の人を選別し、優遇するという方針のようですが、カワタ先生はどうお考えですか?」

 カワタと呼ばれた男性が答える。

「どうと言うと?」

「つまり、差別につながることが懸念されると思うのですが」

 司会をしている女性の左がわに座っている男性が声をあげる。

「例えば、ヒトラーや、アインシュタイン、マンハッタン計画に携わったオッペンハイマー、ファインマン、そして日本で独自に研究をしており、戦後オッペンハイマーをして『深淵からの声』と言わしめた朝永振一郎ともなが・しんいちろう、彼らは高知性人類であったことが判明しています」

 カワタが静に問い返す。

「どういうことを差別と呼んでいらっしゃるのでしょうか?」

 司会の左がわからさらに声が割り込む。

「このように、高知性人類がいかに危険な存在なのかは明らかです」

 女性は自身の左がわの男性に手を突き出し、何とか言葉を抑えようとする。そうしながらカワタの質問に答える。

「噂では、小学校、中学校、高校、大学の入学試験、そして就職において優遇するように話が進んでいると聞いています。それは、たとえば努力を無視するようなことになるのでは?」

「そこは関係ない話でしょう。おそらく優遇などしなくても大学などに普通に合格するでしょう。だが、あなたの懸念は別のところにあるように思えますが」

 カワタが司会の女性の目を見る。

 さっきまで声をあげていた男性は椅子に深く座り、憮然とした表情を浮かべている。

「私たち人類は、差別をなくそうと歴史を重ねてきました。もちろん、必ずしも素晴らしい歴史ではなかったとは思います。ですが、これはそれを覆すやり方ではないでしょうか?」

 カワタが顎に手を当て、少しばかり考える。

「ブライトを危険視する風潮があるのは知っています。確かに、ある意味において彼らは危険です。というのも、彼らを理解することは少しばかり難しい。それに、彼らの行動は彼ら自身の興味、信念、倫理に基いている。社会性や規範を重要と考える私たちにとっては、彼らを理解することは難しいでしょう。ですが、彼らは無政府主義者でもテロリストでもない。彼らは、基本的に、社会性や規範にそれほど興味を持っていません。そういうことに興味を持つこと自体を理解することが難しいと言っていいでしょう」

 カワタはテーブルの上から飲み物を取り、喉を潤す。

 カワタは司会の女性の目をじっと見る。

「人は支えあっていると言われるが、彼らは自分で自分を支える方法しか知らないし、理解できない。いや、そういう能力が欠如しているわけではありません。それよりもはるかに優先順位が高いものを持っているのです。私の友人は、それを祝福とも呪いとも表現していました。おそらく、それがなにより的確な表現でしょう。むしろ、そうでないブライトがいたとしたら、知性化テストの結果で上位1%に入っていようとも、その人は実はブライトではないと考える方がいい」

「ちょっと誤解されるかもしれないが、こう言ってみましょう」数秒の沈黙の後、カワタは続けた。「コミュニケーションや支えあうという点についてだけ言えば、ブライトはホモ・ネアンデルターレンシスと類似点があると言っても良いかもしれません。単に性格あるいは考え方の上での類似点であって、DNAの類似点が我々普通のホモ・サピエンス以上にあるわけではありませんが」

 司会者ともう一人にカワタは続けて目をやる。もう一人の男性は、「ネアンデルターレンシス」とつぶやくと、何か満足したところがあるように見える。

 カワタは司会者をじっと見る。

「さて、ではあなたは、どちらの立場に立って、『それを覆す』とおっしゃっているのでしょうか?」

 司会者はカワタの言葉を反芻するように時間を取ってから答える。

「どちらの立場ということはありません。言うなら、人類という立場に立ってです」

「人類というと?」

 司会者は少しいらついたように答える。

「現生人類全員です。ホモ・サピエンスと呼べば満足ですか?」

 カワタが微笑む。

「問題はそこだ。現生人類をホモ・サピエンスと言った人たちはどういう人たちなのでしょう?」

「それは、研究者たちが…」

 そこで、司会は言葉に詰まった。

「そう。彼らは当然、彼らを基準に考える。私たちも彼らと同じだろうとね。つまり、ホモ・サピエンスとは彼らのことだ。彼らと交配可能ではあるが、私たちは種として名前もなければ、分類もされていない。単に彼らが私たちを排除しなかったにすぎない」

 女性は手にもっているスレートを操作する。何か指示があったのか、それともカンペを用意してあるのか。

「ですが、私たちの歴史は私たちがつくって…」

 カワタが遮る。

「私たちと彼らの歴史です。どちらかのではありません。だが、おそらくこの数万年、そして顕著になったのはこの数千年――もっと最近かもしれないが――の間に、何かが起きているのでしょう」

「何かというと?」

 カワタは少し躊躇ってから続ける。

「彼らと私たちの間での交配が困難になってきていると聞いています。私たちが変わってきているのか、彼らが変わってきているのか、それはわかりません。おそらく両方なのでしょう」

「変ってきているというと?」

 司会の表情が少し落ち着いた。流れに戻せたというように。

 カワタが資料を後ろのディスプレイに映し出す。

「これは5万年前のホモ・サピエンスから現在の我々の頭蓋内の容積を示したものです。もちろん、昔のものは彼らなのか私たちなのかはわかりません」

 そのグラフは、1万年前から数千年まえにピークを迎え、現在は下降傾向にあるように見える。

「これに、今の彼らの頭蓋内の容積を重ねてみましょう」

 右端に、曲線から上に外れ、ピークの時よりも少し上に短い棒が現れる。

「さらに、私たちの脳の構造、シナプスやスパインの数、脳の活動状態から求めた、いわば脳の活性化の程度を重ねましょう」

 曲線から下に外れた短い棒が現れる。グラフの右に、容積とは異なる単位が表示される。

「彼らのものを重ねるとこうなります」

 曲線の上にある短い棒のさらに上に、もう一つ短い棒が現れる。

 先生が続けた。

「おそらく、私たちは機会を逃したのですよ。いつか、どこかで変異が現れた。しかしその変異は充分に行き渡らなかった。私たちがその変異を拒絶する傾向にあったのか、彼らが私たちを拒絶する傾向にあったのかはわかりませんが。だが、まぁ、悲観する必要もない。私たちだって必要以上に知性化しているのですから」

 司会は落ち着いた声で訊ねる。

「それでも、やはり彼らの方が優れているということですか?」

 カワタは首を振り、答える。

「いや、優劣というよりも、ただ違うというだけでしょう。彼らは、既に動物のその先に行ってしまっているのです」

 カワタが椅子に背を預け、続ける。

「むしろ、彼らは弱いのです。私たちは、規則、規範、組織、場合によっては信仰によって支えられています。ですが彼らはそういうものに意味を見いだせない。自分の興味、信念しか持っていない。たとえば、あるブライトは、興味を持っていたことが解明できたあとに自殺しています。この世界で自分がやることは終ったと言ってね。彼らはそういう存在です」

 カワタは司会者をじっと見た。だが司会者の口からはなにも言葉はでない。ただ目を見開いている。

「あるいは、もちろん彼らにも友人はいるが、体を友人と思っているのではなく、その人の背景や知性を友人と思っている。私たちにおける人間関係とはかなり異質なのかもしれません。いや、もちろん私たちにもそういう面は当然ありますが。ですが、たとえば、彼らの友人がコンピュータにアップロードされたとしましょう。彼らはおそらく同じく友人だと思うでしょう。ですが、私たちにはそう思うことは可能でしょうか?」

 司会者が答える。

「アップロードされた時点で同一性の保持が問題になるのでは?」

 カワタは肘掛けに腕を載せ、両の掌を広げてみせる。

「どうやって同一性を確認するのですか? 『私は以前と変わらない私だ』と言い続けるプログラムなど簡単に作れるでしょう」

「しかし、それは本質的にモノマネをしているだけではないのですか?」

「本質? 本質とはなんでしょうか? そこの捉え方が彼らと私たちとの、はっきりした違いでしょう。この例はチューリング・テストと似ているかもしれません。条件としてはもっと厳しいでしょうが、結論は同じです。区別できないのであれば、それは区別できないのです」

 しばらくの沈黙の後にカワタが話し始める。

「誰かが言っていました。火を手に入れた時から、カウントダウンは始まっていると。私たちはそれを理解するのに必要な知性を手に入れられなかった。彼らはとっくに手に入れていたのに。彼らは、遠くない未来に、資源を掘り尽くした地球から出て行くでしょう」

 司会が、低い声で尋ねる。

「資源の話は聞いたことがあります。ですが、その時には私たちも…」

「まだ、何とか彼らを利用しようというのですか?」

「いえ、利用ということではなく…」

「もし、ブライトを利用しようとしたり、私たちが重んずる規範に押し込めようとしたら、彼らはどうするか? 答えは簡単です。私たちを価値のないものとみなすだけです。おそらく、石ころとすら思わなくなるでしょう。少なくとも、ロボットの方が知的だとみなすでしょう。敵対すらしないでしょう。仮に、種として分かれている、あるいは分かれ始めているのだとすれば、そういう理由ではないでしょうか?」

 司会が喰いさがる。

「ですが、私たちも彼らを支えていたはずです。言葉は悪いとは思いますが、それなりの恩恵を受けても…」

 カワタは首を振る。

「もう彼らの足を引っ張るのはやめましょう」

 司会者が再び低い声で尋ねる。

「では、仮に彼らが立ち去った後、私たちはどうなるのでしょうか?」

 カワタは頬を撫でから答える。

「彼らがいようといまいと、資源そのものの確保が単純にコストだけを考えても難しくなりますから。私たちは、まぁ悪くても古代ローマくらいの水準に戻る程度ですよ。その後は…」

「その後は?」

 カワタ先生は答えなかった。

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