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熊と自然の味

作者: 須炒 留駆

「ぼく、大丈夫?」

 私は寿司屋の店長だ。

 今日は朝早くあるいは夜遅くとも言える時間から競りに参加するために、市場へ向かった。妻が

「松竹さんがそれはもう大きなマグロを、釣り上げたらしいわ! お店のためにもマグロの解体ショーしましょう!」

 ちなみに、お店のためにも、というのが妻の口癖だ。実際には、素の姿のマグロの解体ショーを間近でみたいのとマグロの大トロの端材を食べたいからに違いない。

 そして私をパシリにするときは毎回この魔法のような言葉で私を説得する。つまり、店長なんだからお店のためにこういうことをするのは当たり前でしょう? という言い分だ。無論、反論はない。反論しても意味はないし、なにより妻のこのような“思いつき”は、割と商売繁盛に繋がる。過去にも

「文房具寿司を作りましょう! ミニチュアサイズの可愛いお寿司で客を集めるわよ〜」

 お店が黄色い雰囲気に包まれそうな大変魅力的な提案だったが、

「一体どうやって・・・・・・」

 シャリにネタを乗っけるだけの寿司という分野は素材を工夫する以外にあまり派生手段のない。

 強いて言えば、消しゴムずし。と言ってシャリの周りにネタを巻き付けるくらいしかできないだろう。

「確かに良く考えたら少し厳しいわね。でも可愛い路線はいけそうな気がする」

 と言ってあれこれ考え、結局ちょっと変わったニュー寿司の名目の元において、

カラフル寿司

なんでも軍艦

マルシャリ(球体にシャリを取り、中にネタを入れるため何が入っているかは外見ではわからない。ワサビのみも可能)

 等、(自称)斬新な寿司を開発し、一時のニュースを騒がし、一時に店は繁盛した。

 なにはともあれ、妻の指示通りに私はマグロを競り落としに市場へ向かった。

 そして、負けた。さすが大手回転寿司というところで、とても手を出せる額ではなかった。

 競りの後、松竹さんに

「いつも商品にならない魚を色々買ってあげてるんだから今回のマグロをうちにくださいよ」

と言ったら

「高く買ってくれるやつに売るに決まってるだろ」

と軽く突っ返された。

 仕方が無いので代わりにぱっと目に付いた新鮮な鮭を買い、これは妻に怒られるなと帰路についてしばらくすると、道端で子供がぽつんと立っていた為話しかけた次第である。

「おうちに帰れる?」

「・・・・・・?」

「お母さんはどこにいるの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 どうやらお母さんとはぐれた(気がする)。

「一緒に探そっか」

 少年は黙って頷いた。

 とはいえどう探していいのかもわからず、一時間ほどプラプラして車に戻ってきた。

「一旦うちに来る?」

「・・・・・・!」

 何も口にしない少年だが、おそらく肯定らしきものを私は感じた。

 そしてさらに追い討ちをかけるように、少年のお腹がぐう〜と鳴った。

「良かったらうちで何か食べるかい?」

 そして私と少年は店に帰ってきた。

 ちなみに私の店は辺境にある。

 店の裏は山で店のすぐ脇を綺麗な小川が流れていて、店はこの水を使っていた。

 シャリを炊く時もこれを使うため、“自然の味”という店名にしている。

 さて、少年を見た妻は

「げ、まさか誘拐してきたわけじゃないわよね!?」

 妻は一瞬渋い顔をしたが、事情を話すと、

「なんだそういうことなら」

 洗濯物を干しに外へ出た。

 私は厨房に入り、少年をカウンター席に座らせた。

 昨日の夜に炊いて保温しておいた白米に酢を加え酢飯を作る。

 酢飯の温度は人肌くらいがちょうど良い。熱くもなく冷たくもない。

 さて、何を握ろうかと思うと、

「ん」

 と少年が指を向けた方向には先程買ってきた鮭が氷漬けにしてあった。

「そうか、サーモンが食べたいのか」

 私は試しに一貫のサーモンを握り、少年の前に差し出した。

 少年は私の目をしばらく見て、やはり腹が減ったのか恐る恐る手を伸ばし、そして食べた。

 その時の少年の顔といえば筆舌に尽くしがたいものである。目が輝き口元が緩み頬が伸びてきっていた。

「寿司、食べたことなかったんだな」

 その後、色々な種類のネタを出したが結局、サーモンとハラスしか食べなかった。

 腹を満たすと、少年は目でお礼を言い、森の中へ去っていった。

 足取りが軽かったため、恐らくこの店のことを知っていたのだろうと思い、少年と別れた。

 その後、静かなのでニュースを見ながら少年の食べなかった寿司を食べてると、

「××町の市街地に熊が現れました」

 ××町は私の家からは最も近い市街地で駅もひとつある。遠くから来る客はこの町を通るのは必須なので、商売に影響がないといいなと思った。

「熊は何かを物色するように歩き回ったあと地元の猟師に銃撃され、死んだとのことです。また、この熊が街まで降りてきた理由はーー」

 そこで私はテレビを切った。

 寿司屋は毎日魚を調理するわけだが、食べるわけでもないのに殺すのは違う。もちろん、襲われそうになりとっさに撃ったのだとすればとんだ勘違いだが、森の生き物は近づかなければ襲われない。

 いつものように昼前に店を開き、夜誰も居なくなると店を閉じた。

 次の日の朝、店の前にはあの少年が立っていた。

 どこか疲れ果てた様子の少年はまた腹を空かせているかと思い、寿司を出してやった。今回はサーモンとハラスだけだ。たらふく食べると少年はカウンターに寄りかかるように寝てしまった。

 そこで寝かせておいても仕方が無いので、ソファに寝かせようと思い抱き抱えーー

 られなかった。

 視覚から入る少年の情報とは想像もできないくらいの重さであった。

 持ち上げようとすると手が少年の体に食い込み、そして持ち上がらない。人の体重ではなかった。

 首を傾げたがおそらく、想像以上に足腰が弱ったのかもしれない。

 毛布を少年に掛けてやろうと思い、寝室へ向かい戻ってくると。

 そこにいたのは一匹の黒い生き物だった。

 良く見ればそれは熊だった。小さな小熊。

 昨日、森を我が家のように進んでいった母親とはぐれた少年、改めて小熊。

 昨日、テレビで見た何かを探すかのように歩き回り、撃たれた熊。

 この子熊はこれから生きていけるのだろうか。

 母親を失ったこの子は――

 しばらくの間、立ち尽くした後、

 私は何も見なかったかのように、いつもどおりの生活に戻った。

 少年は毎日のようにうちに来て、食べては帰っていった。妻も特に何も言わなかった。

 私と少年の不思議な関係は冬前まで続いて、ある時から少年は訪れなくなった。

 手紙ひとつ寄越さない少年であったがその代わり毎年、鮭の産卵期になると

 玄関に一匹の鮭が届いている。

すーさんの感想も踏まえて、ハッピーエンドで本文を完結いたしました。


もうひとつは店主がこれから苦労するであろう小熊を、猟銃で殺すというオチにするか迷った末こちらにしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あとがきの終わり方のほうが、メルヘンっぽくて好きです。私見失礼致しました。(__)
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