序章 八雲紫と外の世界で出会い幻想郷へ拉致される事
面白いかどうかは解りませんが、読んでもらえると嬉しいです。
僕は何とも退屈で気怠い日々を過ごしていた。
数ヶ月前まではめまぐるしく様々なイベントがあり、充実していたように思う。
だが、夏休みに入った途端、糸が切れたように何もなくなってしまった。
僕も糸が切れたようにやる気もなく、ただ日々を無為に過ごしていた。僕は大きな欠伸をすると、時計に目をやる。
「……もう昼か。そろそろ昼の支度でもするか」
大きな丸時計は、すれ違い離れてもまた互いにくっつく長針と短針のドラマを繰り広げる。僕はまるで人間のようだなと思いつつ、ゆっくりと立ち上がる。そこでまた伸びと欠伸。
「さてさて、冷蔵庫の腹には何があるのかな? 人間何もしなくても腹だけは減るっと」
僕は独り言を言いながら、部屋から出る。部屋から出ると相変わらずの蒸し暑さだ。思わず引き返したくなる。
今年から白龍学園大学部に進んだ僕は、晴れて大学生になった。
しかし大学生になってもあまり僕の意識は変わらなかった。肩書きが変わっただけなのだと認識している。
別に嬉しくないと言えば嘘になるが、高等部時代の友人達も一部を除いて、同じ大学部なので変わり映えしない。そんな所も意識が変わらない原因なのかも知れない。
僕はそんな事を思い返しつつ、冷蔵庫を開ける。
「ふむ、僕の腹と同じか……」
冷蔵庫の中身は空である。こんな時は仕様がない。なるべくやりたくない手ではあるが、このまま餓死するよりかはマシだ。
僕は意を決すると外に出た。駅前の定食屋で昼飯を食べ、その足で食材を補充する。これが僕の出した賢い方法だった。
駅までは徒歩10分。自転車に乗らず、久しぶりに歩く事に決めた。狭い路地を抜け駅前にたどり着く。
「今、僕の腹は何腹なんだ?」
と、誰にも聞こえないように呟き、孤独のグルメごっこを楽しむ。そこでいきつけの定食屋に着いた。
「ごちそうさま」
やはりここの鯖の味噌煮定食は絶品だな。僕は腹を満たすと早速、食材の補充に行く。
今日はハイパーマーケットで食材が安かったはずだ。
僕はハイパーマーケット目指して歩くと、妙な事に気付く。
人がいない。まるで周囲の空間がそのまま切り取られたかのように。風の音、鳥の声は聞こえる。だが、僕以外の人間の気配がしない。
気味が悪い。
僕は少し用心深くなり、辺りを窺う。数分経っても変化が起きそうになかったので、僕は警戒心を解き、先に進む事にした。
先に進めばT字路がある。そこを曲がればハイパーマーケットはもうすぐだ。僕は逃げるようにやや早足になる。T字路はもうすぐだ。
しかし運が悪いことに、T字路から人が姿を現した。僕は慌てて立ち止まろうとするが時すでに遅し、だった。
軽く接触事故を起こした僕は、少しバランスを崩した。
うおっと、しまった!
僕は体勢を立て直すと、接触した人を見た。見れば日傘を持った背の高い女性だった。その女性もよろめいて、今にも倒れそうだ。
あ、危ない!
僕はとっさに身体が動いていた。反射的に手を伸ばすと、女性の腕を掴み、転倒を防いだ。
僕は余りの軽さに驚いた。失礼ながら背が高いので結構重いものと思い込んでいた。それが裏目に出た。多少、強く引っ張り過ぎてしまったみたいだ。
ふわりと軽やかに抵抗無く僕の身体に女性が飛び込んでくる。香水だろうか? 良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「うあっ! すすすいません!」
「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く? 少年」
その声色は僕を責めるでもなく、詰るものでもなかった。何故か楽しげで巫山戯ている、そんな調子であった。
「はぁ、ちょっとそこへ買い出しに……、って、へ?」
僕は当然、怒られるものと思っていたので、その意外な言葉を聞いて一瞬驚いた。
女性は僕の身体からすっと音も無く離れた。僕は改めてその女性を見た。
綺麗な人。これが素直に抱いた僕の感想である。それに女性と思ったが、背の高い少女かも知れず、もしかしたら僕と同い年かも知れない。
だが、何か危うさを秘めた綺麗さ。何か造られた可憐さ。何か妖しさを隠した胡散臭さ。を感じさせた。
過剰な美しさは、時に相手を警戒させる。
正直な所、僕は半分見惚れていたが、半分は隙を見せないようにしていた。相手の正体が解らない以上はこちらとしても迂闊に心を許す訳にはいかない。
女性は紫色のドレスに身を包み、頭には帽子を被っている。その帽子の周囲には赤い紐でリボンが結ばれている。帽子からは長く美しい金色の髪を隠す事が出来ず惜しげもなく垂らしていた。
女性は、恐らく僕と衝突した時に落としたであろう日傘を拾い上げた。そしてこちらと視線を合わせる。僕は何故か気恥ずかしくなり、視線を外す。
「……そう言えばあなた、今暇かしら?」
僕は予想外で唐突な質問に面食らった。見れば女性は胡散臭い笑みを浮かべている。僕はその質問の意味を計りかねた。果たして初対面の人間に向かって言う台詞だろうか。
「あらあら、そんなに警戒しなくても……。私はただ貴方を誘いにきただけよ。白龍学園の“臥龍先生”」
「まさか……。C∵O∵Eの手の者か!」
「私はそんな俗物の集まりとは無縁よ。退屈な貴方をスキマツアーへご招待ってね」
女性はいつの間にか持っていた扇子を僕に向けた。いまいち真剣なのか冗談なのか、その表情からは伺い知れない。
確かに退屈していたのは事実。それにC∵O∵Eではないと言われてもそう素直に信じられない。
しかし相手の言葉に乗ってみるのも面白いかも知れない。それに騙されたとしても話のネタにはなるだろう。
「スキマツアーとは何ですか?」
「まあ、私個人で行っている暇潰し……、もとい、慈善事業ね。ちょっとした旅行なんだけど、手間はかからないわ」
「旅行ですか……」
どうすべきか? 行きたいのは、やまやまだが先立つ物が無い。アルバイトはしているが給料日まで、まだまだ先だ。アパート代と学費、本にバイト代の大半が消えるので貯まらないのだ。
「費用なら心配しなくてもいいわ。勤労学生からは取れないわよ。その代わり……」
僕の心配事を見抜いたように女性は口を開いた。その後に続く言葉。これが一番怖い。大抵、碌な代償を求められない。
「そうね。貴方の左目を代償として貰おうかしら」
金色に鈍く光る瞳。それに見据えられると何故か自分の心を制御できなくなる。
危ないと感じていても目を逸らすこともかなわない。
「左目を貰うと言っても、言葉通りの意味ではないわ。その視界を私に貸してくれるだけで良いわ。勿論、旅行に行ってる間の話だけど。パスポート代わりだと思ってくれて構わないわ」
何をするつもりか解らない。が、もし危害を加えようとするなら逃げれば良い。
「僕の左目を貴方に貸しましょう」
「Good!」
女性は少し微笑んだ。そして軽く集中すると、口の中で低く何かしらの言葉を呟いている。
それに呼応するかのように、空中に美しい幾何学模様が光の線とともに浮かび上がった。
僕は怖さよりかは妖しい美しさに幻惑されていた。
次の瞬間、左目に何か違和感を覚えた。そして加速度的に違和感は激しい痛みを伴い始めた。
僕は左目を抑えてその場に蹲る。激痛を堪えて女性を見れば瞳の色が紫色に変じていた。
耐えきれぬ激痛が襲い、僕の意識はぷっつり途切れた。
◇次回予告◇
幻想郷を脱出する神河竜牙を待ち受けていた霊夢は、
ついに紅白の巫女の本領を発揮して竜牙に迫る。
それは霊夢にとっても竜牙にとっても初めて体験する恐ろしい戦いであった。
東方幻想境
次回 「竜牙破壊命令」
君は生き延びることができるか?
読んでくれてありがとうございます。
遅いペースでありますが、続きを楽しみにしてくれると嬉しいです。