彼氏の長文がウザいので、AIに返信を任せた結果……
「あっ、オサムからメール来てる……。」
スマホがバイブし、カズハは彼氏からのメールに気づいた。
「どれどれ……」
読んでいた雑誌を置いて、メールを開いた。
『40℃の冬が君の眉を包み、眉間に塹壕を刻むとき、今は見つめられていても、わずかな価値の雑草になるだろう。あるいは……(以下略)』
長文が、黒い壁のようにメールの画面を埋め尽くす。カズハは、スマホを持ったまま手をぶらんと下ろし、ため息をついた。
「は~、オサムってば、まった文学かぶれのメールを……」
カズハはもういちど文面を見た。
「ってか、意味不明だし……。40℃の冬ってなによ。長くて読んでらんないわ」
ぶつぶつ言いながら、返信文を書いた。
『はい(・∀・)』
「……これでよし、っと。あたし、筆不精なのよね」
──10分後
「あ、またオサムからメール」
『君の美しい嘘はどこかと尋ねれば、深く窪んだ眼にあるというのは、無益な称賛なのだろうか。すなわち……(以下略)』
「また長文……。うーん、なんて返信しよかな……」
『うん(・∀・)』
カズハが『う』と押すだけでこの返信に変換された。
「これでよしっと」
万事、この調子だった。
自称・『文学好き』のオサムが送ってくる文章は、もはや難読を通り越して怪文書になっていた。
「これさえなきゃ、いい人なんだけどな~、オサムって」
カズハはスマホをテーブルに置き、ソファに仰向けになった。
──10分後
スマホがひときわ激しくバイブした。オサムからのメールだ。
『カズハ、最近の君は冷たいね。穏やかな愛よりも、無関心がより公平なのだろうか? 君の見た目のように優しくしてくれ。でなければ……(以下略)』
オサムのひときわ長い文章。文字数制限ぎりぎりだ。
「オサム、あたしの素っ気ない返信に、気を悪くしたかなあ? ……ま、いっか。また『はい(・∀・)』って返信しよっと」
送信ボタンをタップしかけて、カズハは指を止めた。
「……あっ、そうだ。いいこと思いついた」
メールの画面とは別にウィンドウを開き、カズハは汎用AIの『アイ』を起動した。
『こんにちは、カズハさん。今日はどうしますか?』
カズハは、オサムのメールをコピペしてAIに見せた。
「アイちゃん~、オサムからこんなメールばっかり届くの。なんかいい感じの返信を書いて?」
『わかりました。……はい、できましたよ』
「ありがと。じゃ、これをコピペして、送信っと……」
カズハはまた指を止めた。
「……でもねー、アイちゃん」
『どうしました?』
「オサムってさ、AIの書いた文が嫌いなのよね。『AIに文学がわかるはずがない!』って、よく言ってんのよね」
『どうしますか? 送信、やめます?』
「うーん……。ま、いっか。送っちゃお」
──10分後、オサムから返信がきた。
『カズハ、感動したよ。君がこんなに美しい文を書くなんて。まるで東に輝く太陽が燃える頭を上げるようだ。僕は……(以下略)』
「あ、AIで書いたってバレてない。じゃ、アイちゃん、これにも返信を書いてね」
『はい、書きましたよ』
「……送信っと」
──10分後
「あ、またオサムからメールね。コピペするのも面倒になってきたなあ」
『カズハさん、あたしが読み取りしましょうか?』
「ありがと、アイちゃん。ついでに、返信もしといてね」
『はい♪』
──10分後
「あ、またオサム。アイちゃーん」
『はーい』
──もはや、カズハはオサムのメールを見もしない。
オサムはひとり、AIを相手にこだまのようなやり取りをし、喜んだり感動したりしていた。
それでも彼はソネットを送り続ける。相手がAIとも知らずに。
もはやオサムはピエロであった。さしずめ、彼の送るメールは、道化師のソネットといったところか。
「アイちゃん。オサム、何か言ってる?」
『はい。「カズハ最高!」って言ってますよ。……長文で』
「そう、ありがと」
カズハがソファに寝そべってポテチを食べながらファッション誌を眺めていると、時折、そばに置いたスマホがバイブする。
いつしかカズハは、確認のためにスマホの画面を一瞥するだけになっていた。
そして何十回目かのやり取りのとき、ふと思った。
「……AIに返信を任せっぱなしで、オサムに悪いかなあ? でも、喜んでくれてるんだったら、いいよね」
カズハはポテチの袋を持つと天井を向き、底に溜まった細かい破片をざーっと口に流し込んだ。
──10分後
スマホがバイブするが、雑誌を持ったまま寝落ちしたカズハは見もしない。
AIだけが、オサムのメールにせっせと美文を返していた。
カズハって、いけない子ですかね? それとも、これはやさしさ?




