「虚無に飼われた犬」
・内容
当時の自分を野良犬にたとえてみました。
ウソ、は嘘と真実の境界線が如何にもならない、という意味で。
少女に恋するのは実話です。
適当過ぎました。
夜が更けた頃、ボクの活動時間になる。街を歩く人間は段々に減り、もう既に一人もいない。太陽が光と熱を放つ間は息苦しくて、その間ボクはずっと身を潜めている。気化された人間の感情や汚さが混ぜこぜになった、噎せ返るような空気のニオイ。複製されたみたいな同じ白の肌や、派手過ぎる化学繊維を纏うソレを反射した色。鼻は曲がりそうになるし、眼は毒々しい光で焼かれそうになる。この世界には不快な物が充ちている。
それに加え、登下校中の小学生が殴っていく。傘なんかで好き勝手に叩きつける。帰る場所を失った宿無し何かは吹かし終えた煙草をボクの躯に擦りつけてくる。人間世界では弱者として邪険に扱われるから、鬱憤を晴らす為に、その分強くなった気になるらしい。満足そうに片唇を吊りあげて笑うんだ。憎くて醜い。
夜の光が少なくなった時間は、ボクの汚らしい灰色を空間に融け込ませて視えなくさせて呉れる。冷気がニオイを和らげて、北風が新鮮な草の香水を運んで浄化して呉れる。だから自由に動けるようになるんだ。派手なネオンに装飾された建物に入っていく男女や、アスファルトの上に座り込んで、ある筈もない人目を気にしながらソレを肴に半裸で触り合いをしている男女も、その愚行のお蔭でボクが視えないのだから害はない。偶に慌てて振り向いては安堵して笑う人間もいる。けれどそれも支障はないから気になることもない。
ボクの首には今にも切れそうな首輪が括られてある。ぶら下がっているようにも見える。飼い主は年老いた男性だった。睡ったのか遠くへ往ったのか、暫く反応がなかった。それを見て退屈に思ったボクは家を出たのだった。その時呼び止めてくれたのなら、ボクは出て行かなかった。本当は出て往きたくなかったのかも知れない。もう一度呼び止めて欲しかった。淡い期待を懐きながら、奇蹟的な出来事が起こるのを期待したんだ。勿論、何も起こらなかった。起こる筈もなかった。
外に出たばかりの時は、ボクの毛並みはまだ整っていた。首輪もあるからと、偶にちやほやされた。頭を撫でていく女の子に遭遇したりもした。そして直ぐに去っていくその背中を、数秒間見送るんだ。その後にボクは再び足を動かす。
一夜か僅かな間だけなら、何度か飼われたこともある。大人しくしているのは得意なんだ。だから黙って、隣から漂う紫煙を吸い込む。そしてそのにおいに浸ってみたりもした。
理由もなく殴られたことも再三あった。けれど大方は気紛れに優しく世話をするのに満足するようだ。昔覚えた単純な芸を見せると相手の目は見開いて、ボクにはソレが悦んでいるのだと理解した。
ボクは誰にでもついて行く。けれど飼い主だと認めた人間はいなかった。最初の老いた人を除いては。幾ら相手が飼い犬を手懐けたと思い込んでも、ボクは『飼い犬』を演じているだけに過ぎない。ボクは誰かに『飼われている』とは決して思わなかった。そうして小さい頭の中で密かに飼い主を選り分けて、ソレに気付かない相手の満悦の表情を嘲った。けれどそんな陳腐な思考は何の意味も持たず、演じれば演じるほどに相手の都合好さに嵌まっていく。相手に解釈される中で、ボクは自身を失っていたことに気付いたけれど、もう手遅れだった。
いつだったか、遠くからじっと睨めつけてくる人がいた。その視線が一向に他へ向かないから、気になってボクもそちらに視線を向けた。ボクがその娘を見た瞬間、彼女は吃驚したように表情を強張らせて目を逸らした。それなのに暫くすると、再び視線を戻すんだ。
何だか面白くて近寄ってみると、慌てるように後ずさって同じ距離を保つように同じ速度で離れていった。ボクは一層興味を持って走っていくと、刹那。顔面に一発蹴りを喰らった。何か一言怒鳴られて、背を向けていく姿が無性に気になって後を追った。
その女の子は犬のボクに人間の言葉で怒り続けるから、何も通じない。だけど、何故か愛らしくて、嬉しく思ってしまったんだ。心の中で密かに、目の前を走るその人を、ボクは『飼い主』だと思った。その人はボクをペットとして扱わない。人間じゃないから許される筈の距離でさえ、立ち入ると叫ばれる。なのに傍をついて歩くのは許された。彼女はボクを同じ人間のようにして扱うのだ。
もしあの人がボクに命令したなら、きっとボクは何だってしただろう。――或いは命令しないと知っていたから、飼われたいと思ったのだろうか。それならボクは随分と卑怯なものだ。
その姿が目に映ることを楽しみに、ボクは決まってその近辺を彷徨うようになった。『飼い主』である彼女は毎日のようにボクを見つけては同じパンと牛乳をくれる。そして舐めようと近付いたら蹴る準備をされる。楽しい毎日だった。
そんなある日、久々に呼び止める声を聞いた。その言葉に反応するのは、躯が自然と覚えた“癖”だろう。ボクは従順な素振りをしてついていった。
その人間はボクに餌を与えたし、シャンプーも施した。けれどその度に嫌らしく罵言を吐き掛ける。言葉の意味は分からなくとも、表情や音色で分かる。弱さ故に、理解できないことを知っているが故に、相手はそんなボクを罵り続けた。生を保障する代わりに、その恩を負わせる。それで優越感に浸っていたことは、端から気付いていた。ボクも同時に頭で罵りながら、その自己満足に付き合った。
ある日、突然その人間はボクを殴って、その前に足を突き出した。噛め、ということだったのかも知れない。ボクは病気持ちだという事を、自身で知っていた。目立つ病気じゃない。全ての動物の血液中に、ボクの体液が雑ざると罹患するモノ。ボク自身はソレの所為で苦しむことはなかったし、噛みつきさえしなければ問題はなかったから、今までにも気に留めてはいなかった。
ボクは目の前に足を突き出すその人間を見上げた。その儘静止していると、気に食わなかったらしい。ボクは再び殴られた。
嫌いな人間であれ、ボクは“この歯”を使うことは出来なかった。優しさ故の躊躇いじゃない。ボクの持つ病気を、その為だけに認識したくなかったからだ。
一向に噛まないボクに厭いたのか、怒鳴られた後、ボクは夜の更けた外に投げ出された。ボロボロになりながらも、少し優越感を覚えた。
ただ、ボクはもうとても見れない状態に成り果てていた。……そういえば、あの人はどうしているだろう。
脳裏を過った姿は霞み懸かっていた。それが焦れったく思えて、靄を明瞭にさせたくて、もう一度あの場所へ戻りたくなった。でもこの姿はもう、とても見せられるものじゃない。言い聞かせて何とか理性で抑止した。
ボクは歩き出した。一匹の身窄らしい野良犬として。もう彼女には会えない。――端から一人に固執するなんてこと自体が可笑しかったんだ。だから何も……ただ以前のボクに戻るだけだ。それだけなのに、どうしてこんなに痛いんだろう。
幾度の寒い夜を過ごしたか分からない。どれだけ進んだのかも。ただボクが以前にも増して醜くなっていたことは、自分でも分かる。
――何故、どうして彼女はソコにいたんだろう。
保健所の人間がボクを捕まえようとして現れた。ボクは抗って吠えていた最中だった。ボクは、一番醜い姿を彼女の前に曝した。一番、犬であるが故にして、怖ろしいことを。ソレを彼女に見せてしまった。
ボクは見知らぬ男に牙立てたのだ。彼女の姿をココに見たボクは、もうすべてがどうでもよくなったから。
今ボクは檻の中にいる。あと何日かすれば、ボクは殺されるだろう。――それで好かった。最期に見た彼女の表情を、脳裏から剥がすことが叶うのなら、存在ごと消してくれれば好い。
ボクの貴女への愛情は、偽りじゃなかったよ。吠えて牙を立てるボクは真実のボクであっても、それまで貴女と過ごしたボクが虚偽だった訳じゃ、決して。――
ソレを理解して欲しいなんて傲慢なことは言わない。ただ、謝りたい。――それ以上を望めるのなら、ボクが死ぬと同時に、どうか……。どうか、彼女の記憶からボクの存在が消えることを。そう、識る筈もない『神』のような存在に祈った。
・解説
犬でなくても、心のなかで如何思っていても気付かれずに機嫌を良くした方が勝ちであって、嘲る事に意味は無い、ということを言いたかった様な気もします。
自身の心理を入れ過ぎてすいません、的な話です。
最後の飼い主は、噛む事で「お前は馬鹿な犬だから人の足を噛んで反抗する事しかできない」と罵りたかった、という感じです。
・反省点
文章にする気もなく、勢いに任せて途中まで書いたものの、嫌気がさして投げ出し、無理矢理締め括ったので後が飛び過ぎて不明に。
病気については中学生以下の発想でした。というか全体的に発想が幼過ぎました。
やはり文章として書く気が無かったものを無理矢理小説にするのはよくないと痛感しました。




