第7話/衝突
神戸市内のカフェでは、朝のニュースを見ながら市民たちが議論を交わしていた。テレビでは連日、日本列島再改造計画の神戸モデル都市化が報じられ、建設業界の活況や計画予算の巨額さが強調されていた。
「またこの話か…いったい国は何を考えてるんだ?」中年のサラリーマン、田中誠一が呟く。「建設会社だけが儲かる話じゃないか。俺たち庶民には何の恩恵もない」
「その通りよ!」隣に座る主婦、斉藤裕子が声を荒げる。「工事で騒音は増えるし、交通規制で通勤も不便になる。何より税金がこんなに使われるなんて…」
一方で、建設会社に勤める若手技術者の小川翔はスマホを操作しながらため息をつく。「俺たちだって、ただ仕事をしてるだけなんだ。計画が進めば給料も安定するし、経験も積める。それがどうして市民と対立するんだ?」
その日、神戸港近くの再開発予定地では、建設作業員と市民団体の間で口論が起きていた。環境保護団体の川上麻衣が作業車の脇で声を張り上げる。
「ここは港の景観を守るために必要な緑地です!あなたたちが無計画に工事を進めると、街の風景が壊れます!」
作業主任の木村亮介は腕を組み、冷静に応じる。「我々は計画に基づき、景観や環境への影響を考慮して作業を進めています。無秩序な工事ではありません」
そこに、報道陣が押し寄せる。カメラマンがカメラを構え、テレビキャスターの森田香織がマイクを向ける。「こちらは神戸再改造計画の現場です。市民団体と建設関係者の意見が衝突しており、計画への懸念が高まっています!」
市民の中には、怒りを抑えきれず作業員に詰め寄る者もいた。
「お前たち、本当に街のこと考えてるのか!?」
「仕事だから仕方ないだろ!」作業員が叫ぶ。
その光景は瞬く間にSNSで拡散され、ニュースサイトやウェブメディアでは「建設業者と市民衝突!」と見出しが踊った。小泉翔(ウェブメディア編集長)はデスクで画面を眺めながら編集会議を進める。
「反対派と建設業者の対立、これでアクセス数は稼げるな」
「でも偏った報道はまずいぞ、両者の声を公平に伝えろ」副編集長が注意する。
一方、建設業界の社内では緊張が走る。
「このままだと現場の安全も確保できないぞ」小林航(建設会社営業部長)が言う。「市民と作業員の間で物理的な衝突も起こりかねない」
「メディアも加熱しているし、情報操作もされかねない。慎重に対応しないと」木村亮介が同意する。
夜になると、神戸市内の広場では抗議デモが行われた。環境団体、歴史建造物保存派、市民グループが一堂に会し、「予算の無駄遣いを許さない!」とプラカードを掲げ声を上げる。警備の警察官たちが周囲を取り囲む中、報道陣が群がり現場を映像で伝える。
「国の計画は大企業の利益しか考えてない!」黒田達也(反対派リーダー)が演説する。「私たちの暮らし、街の景観を守るのは我々市民の責任だ!」
一方、建設現場で作業を終えた作業員たちは疲れ切った表情で互いに言葉を交わす。
「俺たちは仕事してるだけだ。何で市民に怒られなきゃならんのか」
「でも、デモ隊の声も一理ある。無視はできないな」
メディアはこうした衝突を次々と報道し、「建設業界と市民の対立が激化」「再開発計画、神戸市民の不満爆発」といった見出しが全国ネットで流れる。都市再改造計画の熱狂は、現場と市民、メディアを巻き込んで混乱の様相を呈していた。
そして夜が更ける頃、神戸市長・田辺昭夫と副市長の大島良平、都市計画局長・橋本誠は市役所の会議室で集まる。
「これ以上、現場での衝突や報道過熱を放置できません」田辺市長が疲れた表情で言う。「計画は必要だが、市民の理解が得られなければ進められない」
「まずは住民とのコミュニケーション戦略を強化すべきです」橋本局長が提案する。「現場と住民の間に橋渡しをする担当を設け、メディア対応も統一する」
「その通りだ。報道が過熱するたびに現場が混乱する」大島副市長が頷く。「計画の進行と市民への説明、両輪で進める必要があります」
外では夜風に混ざって、デモ隊の声が遠くに響く。メディアのヘリコプターの音が上空を旋回し、街全体が再開発の緊張感に包まれていた。神戸の再開発計画は、建設業界の期待と市民の反発、メディアの加熱報道という三つの圧力の中で、その行方を静かに待っていた。
東京・国会議事堂前。朝の冷たい空気の中、舗道にはデモ隊の旗やプラカードがずらりと並んでいた。「日本列島再改造計画反対!」「庶民を犠牲にするな!」と声を上げる人々の叫びは、日ごとに大きく、規模も増していた。警備の警察官は列を作り、デモの隊列を整理しようと必死であったが、参加者の数は日に日に膨れ上がり、もはや数千人規模となっていた。
「これ、どれくらい集まったんだろう?」若い男性が隣の女性に尋ねる。
「さあ…でも、去年より確実に多いわね。少なくとも千は超えてると思う」女性は旗を握りながら答える。
「国会は、俺たちの声を本当に聞いてくれるのか?」年配の男性が苛立ち混じりに言う。
「聞くわけないさ。でも、声を上げなければ始まらないんだよ」隣の若者が肩を叩く。
デモ隊の中心には黒田達也や安藤直樹、川上麻衣といった各団体のリーダーたちが立ち、拡声器で演説をしていた。
「再改造計画は我々市民を切り捨て、建設業界と大企業だけを潤すものだ!」黒田達也が叫ぶ。
「歴史的建造物を壊し、街の景観を台無しにする計画を許すわけにはいかない!」安藤直樹が続ける。
「環境破壊も深刻だ!私たちの未来を守るために、この計画を止めなければ!」川上麻衣が声を上げる。
拡声器の声に呼応するように、群衆からも「反対!」と叫びが飛ぶ。旗がひるがえり、プラカードが揺れるたびに、その熱気は辺りを包み込む。
「皆さん、冷静に行動してください!」警察官の指示が繰り返されるが、人々の興奮は収まらない。中には通行人に向かって声を荒げる者もいた。
「あなたも賛成なの?私たちの暮らしがどうなるか分かってるの?」女性がスーツ姿の男性に詰め寄る。
「いや…僕は通勤途中で…でも君たちも少し落ち着けよ」男性は困惑した表情で答える。
デモ隊の一角では若者たちが意気込んでプラカードを作りながら議論していた。
「この文言は強すぎるかな?」20代の男性が言う。
「いや、強いほうが目立つし、テレビにも取り上げられるって」20代の女性が答える。
「でも過激すぎると逆効果になるかも。暴力沙汰なんて起きたら、ニュースで印象最悪になるぞ」別の若者が慎重に指摘する。
テレビカメラが群衆を映し、森田香織や斉藤隆が生中継を行う。
「こちら国会前、反対デモは昨日よりさらに規模を拡大し、数千人規模に達しています。市民の不満は爆発寸前です」森田キャスターが報告する。
「一部では建設業界関係者への抗議も見られ、現場と市民の衝突が懸念されています」斉藤記者が付け加える。
デモ隊の中では、学生の山下光が友人に向かって言った。
「これだけの人が声を上げてる。やっぱり、俺たちだけじゃないんだな」
「そうだよ。みんな、不満は溜まってる。でも、こうやって集まらないと政治は動かない」友人が答える。
通行人の高齢者、中村誠も呟く。
「正直、年金生活者の私には恩恵なんて全然感じられん…でも、街が変わるのは困るな」
一方、メディアのヘリコプターが上空で旋回し、群衆の熱気を映像で伝える。ウェブサイトでは「再改造計画反対、国会前デモ数千人規模」と速報が飛び交い、SNS上ではデモ隊の写真や動画が瞬く間に拡散されていた。
「政府は我々の声をどう受け止めるのか…」黒田達也が再び拡声器を握り締める。
「耐えろ、みんな。声を上げることが最初の一歩だ」川上麻衣が群衆に呼びかける。
冷たい風が群衆を吹き抜ける中、デモ隊の人々は歩道にぎっしりと詰まり、国会議事堂に向かって声を張り上げ続ける。その熱気は神戸や全国各地の再開発計画に影響を及ぼすことを示す前触れであり、政治家たちにとっても無視できない圧力となっていた。
夜が近づくにつれ、群衆の声はますます大きくなる。各団体のリーダーは「明日も集まろう」と呼びかけ、警備の警察官たちは秩序を保とうと必死であった。メディアはその全てを逐一報道し、デモの勢いは国内外に伝わりつつあった。国会前の冷たい石畳の上で、数千人の市民の怒りと不安が、文字通り街を揺るがしていた。
国会議事堂内、静まり返った本会議場。窓の外からは、数千人規模に膨れ上がったデモ隊のざわめきがかすかに届く。議員たちはそれぞれの席に腰を下ろし、メモやタブレットを手に、目の前の案件である「日本列島再改造化計画」の行方を見守っていた。
「いやあ、あの国会前の様子は…尋常じゃないな」自民党ベテラン議員の田島和樹が小声で隣席の若手に囁く。
「はい…数千人ですよ。これだけの規模になるとは予想外です」若手議員は眉をひそめ、手元の資料に視線を落とした。
野党の松尾正典は演壇の前で書類を整理しながら声を上げる。
「皆さん、この計画、我々はただ予算の問題だけでなく、住民感情の観点からも慎重に検討すべきです。国民の反発がここまで大きいのに、なぜ強行するのか?」
「財政効果と将来の都市機能の整備を考えれば、これを止めることは不可能だ」田島がすぐに反論する。「反発は一時的なものに過ぎない。ここは政治判断を示す時だ」
藤原智子はメモを見ながら小声で松尾に囁く。
「国民の声を軽んじれば、次の選挙で痛い目を見るわよ。特に若者の支持は減る一方になる」
松尾は頷きつつ、演壇での反論に集中する。
議場の後方では、自民党の内閣官房副長官・木下啓太が官僚たちに目配せをしながら声を潜める。
「田島大臣、予算規模をこれ以上膨らませるのは、さすがに国民世論に逆らうことになります」
「それでも都市再改造化計画は止められない。官房としての対応策を考えろ」田島は淡々と答える。
議場中央では野党議員が次々とマイクを握り、計画のリスクを指摘していく。
「このまま進めれば、地方自治体への負担も膨大です!」藤原智子が叫ぶ。
「財源確保のためには国債発行も避けられません。国民の税負担は増える一方です」松尾が続ける。
自民党内でも議論は白熱する。
「しかし、神戸をモデル都市として成功させれば、この計画は全国展開の実績になります」田島が声を荒げる。
「その理想と現実の乖離が、国民感情を逆撫でするんだよ!」議員の一人が反論し、資料を叩きつけるように机に置く。
野党の動きに焦る与党席。高杉康之首相は議場を見渡し、重々しい声で語りかける。
「皆さん、理解してほしい。我々はこの国の未来を見据えて判断する責任がある。目先の反発だけで計画を止めるわけにはいかない」
「ですが、首相、国民の怒りは日に日に高まっています」木下副長官が小声で耳打ちする。
「承知している。しかし、我々がこの機会を逃せば、都市再改造化計画は二度と実現不可能になるかもしれん」
一方、野党の議員席では、藤原智子がスマートフォンで国会前デモのライブ映像を確認する。
「ほら、映像見て。若者たちも大勢いる。これを無視するのは政治的自殺よ」
「でも、田島大臣も首相も引かない。ここは譲れないんだ」松尾が苦笑する。
議場内での論戦は午後に入っても続く。各議員は質問をぶつけ、答弁を求め、時折声を荒げる者もいた。
「都市整備の専門家は、この計画の推進を支持している。都市機能の向上と防災対策、経済活性化、全て計算されている」田島はデータを示しつつ言う。
「専門家の意見だけで国民の生活を無視するわけにはいかない」藤原智子が反論する。
議場内では、メモを取り合う秘書やブレーンたちの動きも活発であった。中村尚人や上田真紀が資料を手渡しながら議員たちにアドバイスを送る。
「今回の審議では、住民感情を丁寧に説明しないと、後々火種になります」中村が小声で伝える。
「わかっている。しかし、この計画の成功は、我々の政治的レガシーに直結する」田島が答える。
議場の外では、メディア関係者が入れ替わり立ち替わり、審議の行方を逐一報道する。
「今回の国会審議、予算規模と住民反発の間で与野党の攻防が白熱しています」森田キャスターが画面越しに語る。
「デモ隊は引き続き拡大中。議場内外の温度差は日に日に増しています」斉藤記者がリポートする。
夕刻になると、議員たちの顔に疲労が見え始めたが、誰も譲らず議論は続く。
「予算規模の調整は必要だ。しかし、基本方針は揺るがない」田島は演壇で強い声を出す。
「国民の声を無視する政治は、次の選挙で必ず跳ね返る」藤原智子が冷静に応酬する。
こうして国会内では、計画推進派と反対派の攻防が白熱し、審議の行方は依然として不透明であった。しかし、議員たちの目には、国会前に集まる市民の姿がチラつき、政治的な圧力の強さを肌で感じていた。
夜の帳が降りるころ、議員たちは会議室に散らばり、次の戦略や質疑応答の準備に追われる。与党と野党、政府官僚とブレーン、そして国民の声…複雑に絡み合う利害と情報が、再改造計画を巡る国会の攻防を一層緊迫させていた。