第6話/業界の反応
国会で概算予算50兆円が公表されたその夜、神戸市内の建設会社の事務所では緊急のミーティングが開かれていた。小林航(建設会社営業部長)が、プロジェクターに映された資料を指差しながら声を張り上げる。
「みんな見たか?50兆だぞ、50兆!こんな予算、我々の業界にとって夢の数字だ!」
「いや、夢どころか、これは現実的にこなせるのか?」松岡健(土木技術者)が眉をひそめる。「労働力も資材も、絶対に足りなくなる。順序立ててやらないと混乱するぞ」
会議室の隅で、川口舞(建築デザイナー)が手元のタブレットをスクロールしながら口を開いた。
「都市計画としては画期的よ。でも、デザインや街並みの美観を維持したまま一斉に工事を進めるのは至難の業。神戸の街は港も山もある。ここをどう再開発するかは簡単じゃないわ」
隣で、民間不動産デベロッパーの中西優子も意見を述べる。
「デベロッパーとしてはチャンスだけど、土地の取得や地権者との交渉が一気に動く。うまくやらないと訴訟リスクも膨大になるわよ。予算だけじゃなく政治的調整も必要」
一方、市民代表の美咲(商店街代表)は、地元の商店街の現状を思い浮かべ、苦い顔をする。
「50兆円っていうのは凄いけど、私たちの商店街はどうなるの?立ち退きとか補償とか…計画だけじゃ生活は守れない」
「そうそう、50兆円の話は遠い話。実際に街が変わるとき、現場で働く人や商売してる人の声が置き去りにされそうで怖いわ」藤川悠子(歴史建造物保護派・NPO代表)が続ける。
その場で、金融機関担当の佐藤健一が計算をめくりながらつぶやいた。
「50兆円を投入するとなると、国債発行は必至だろうし、資金の回転も慎重にやらないと。建設会社やデベロッパーが浮かれる前に、資金計画が現実的かどうか見極める必要がある」
「ま、国会で決まった以上、後戻りはできない。僕たち技術者は実行可能性を示すしかない」山崎慎司(都市計画技術者・主人公)が静かにまとめる。
「でも、政治家たちはこの予算の規模でアピールしたいだけの面もある。現場を知らずに数字だけ見て突っ走ると大変なことになるぞ」松岡健が再び警告する。
その夜、神戸の市長・田辺昭夫の執務室でも緊張感が漂っていた。副市長・大島良平が資料を手に入れ替えながら声を潜める。
「田辺市長、全国で話題になっています。神戸がモデル都市として選ばれ、これから大規模な都市再改造が始まります」
「はい。概算50兆円…。この額が現実に動くと考えると、市民生活や予算配分の管理だけでも気が遠くなる」田辺市長は眉間に深い皺を寄せる。
そこに都市計画局長・橋本誠が加わった。
「市長、この予算を効率的に活用するためには、まず現行の再開発計画や土地利用計画の再精査が必要です。無理に全国規模で同時進行させると、工事が滞り、住民トラブルが発生しかねません」
「その通りだ。神戸の市民に迷惑をかけず、かつ全国のモデル都市として見本を示す…これは我々の肩にかかっている責任だ」
翌日の報道では、新聞もテレビも、過剰とも言える熱気で概算予算の規模を報じた。
斉藤隆(新聞記者)は街頭で住民にインタビューし、熱気を煽る。
「皆さん、今回の日本列島再改造計画、予算はなんと50兆円です!神戸市はモデル都市として先行して再開発される予定です。市民の皆さんの意見は?」
「え…50兆円?そんなお金で本当に私たちの生活が良くなるの?」中村誠(高齢者代表)が戸惑いながら答える。
「市民にメリットがあるならいいけど、立ち退きとか補償がどうなるのか不安…」田中祐樹(マンション住民代表)も声を上げる。
テレビカメラが回る中、森田香織キャスターが情熱的にコメントする。
「神戸市民の皆さんの反応は様々です。巨大予算の恩恵を期待する声もあれば、生活や歴史的建造物への影響を心配する声もあります。市民の理解を得るための説明会が今後カギとなるでしょう」
一方、都市再開発に反対する黒田達也や安藤直樹、川上麻衣らもSNSや記者会見で声を上げ始めた。
「私たちは、計画の規模や予算の大きさに惑わされてはいけません。神戸の街を守るため、歴史と環境を優先すべきです」川上麻衣(環境保護団体代表)が訴える。
会議室では夜遅くまで議論が続く。
山崎慎司は静かに机の上に資料を広げ、呟く。
「予算は途方もない。でも、現場の課題や住民の生活を無視すれば、成功はない…僕たちはただ数字に踊らされるわけにはいかない」
その夜、神戸の街には建設会社や行政関係者、住民や市民団体、報道関係者が複雑に交錯する緊張感が漂っていた。概算50兆円という数字は、未来の可能性であると同時に、現実の制約と課題をはっきりと浮かび上がらせていたのだった。
神戸市内の建設会社の会議室。天井の蛍光灯が白く光る中、建設業界の中堅・ベテラン社員たちが集まっていた。プロジェクターには、国会で可決された日本列島再改造計画の概要と、概算予算50兆円の数字が大きく映し出されている。
「見たか、みんな。50兆だぞ、50兆!」小林航(営業部長)が資料を指さし、思わず声を張り上げた。「この金額、俺たち建設業界にとって夢の数字だ!」
「夢どころか、悪夢かもしれんぞ…」松岡健(土木技術者)が眉をひそめながら言った。「労働力も資材も絶対に足りなくなる。現場を一斉に動かすのは現実的じゃない」
「でも、こんなチャンスは二度とないわよ」川口舞(建築デザイナー)がタブレットを操作しながら答える。「神戸の街のデザインを刷新するチャンス。港と山を生かした都市計画が実現できるわ」
「いや、問題はそこだけじゃない。施工スケジュールが滅茶苦茶になるぞ」木村亮介(ゼネコン技術主任)が資料に指を置きながら反論した。「各現場の連携が狂えば、資材の運搬や人員の配置も破綻する。工期の遅延は必至だ」
小林航は軽く手を振った。「遅延?そんなの技術者の仕事だろう。俺たちは受注を取ることが第一。工期の細かい調整は後で考えればいい」
「後で考えるって、それで住民や行政からクレームが来たら誰が責任取るんだ?」松岡が小林の肩を叩きながら言う。「現場は金と技術だけじゃ回らない。政治的調整も、住民の理解も必要なんだ」
中西優子(不動産デベロッパー)が冷静に口を開いた。「受注や利益ばかり追っていると、後で訴訟や補償問題が出てくるわよ。神戸市民の生活を無視して進めるわけにはいかない。私たちも都市計画局や市役所と密に連携する必要がある」
「確かに、今回の計画は単なる建設プロジェクトじゃない。都市全体の価値を変える可能性を持ってる」川口舞が資料を広げながら言う。「景観、歴史、環境…。全てを考慮して、再開発のコンセプトを決めないと、街が壊れる」
「でも、予算規模が50兆円だぞ。これだけの資金が動くなら、現場も人員も資材も増やせるだろ?」小林航が強気に言う。
「それは理想論だ」松岡が即座に返す。「現場は人手不足、重機不足、資材供給の遅延…現実は甘くない。現場監督としては、想定外のトラブルが連鎖するのが怖いんだ」
木村亮介も言葉を重ねる。「仮に50兆円が確保できたとしても、プロジェクト全体のスケジュール管理、発注・契約管理、施工管理…どれも巨大なチャレンジだ。ゼネコンとしての責任は途方もない」
「でも、こういうチャンスを逃したら業界全体が取り残される。特にうちの会社の立場を考えろ」小林は再び熱を帯びた声で言った。
「立場も大事だが、俺たちが成功させないと、次の世代が困る。50兆円の計画は、一歩間違えれば神戸の街を混乱に陥れる」松岡は資料を指しながら冷静に警告する。
その時、川口舞が手を叩いた。「皆、まずはコンセプトを詰めるべきよ。都市計画、建築デザイン、土木技術…全てが噛み合って初めて、このプロジェクトは成功する」
中西優子も頷く。「デベロッパーとしても、計画の初期段階でしっかり連携する必要がある。土地の取得、地権者との交渉、補償計画…。政治的圧力や予算だけで進めるのは危険」
小林航は少し顔をしかめながらも、決意を示す。「わかった、俺たちはチャンスを生かす。だが、まずは受注と資金確保を最優先に動く。それから現場の課題を一つずつ潰していこう」
松岡健が深く息をつく。「現場の管理も俺たちが中心になる。責任は重いが、やりがいもある。50兆円規模の都市再開発なんて、二度と経験できないかもしれない」
川口舞が資料を片付けながら微笑む。「うん。私たちは建設業界の最前線で神戸を作り変えるのね。厳しい道だけど、計画を形にする価値は十分にある」
中西優子も頷く。「ええ。住民や市民の生活を守りながら、このチャンスを活かさなければ。建設会社、デベロッパー、設計者、技術者…全員が協力して初めて成功するのよ」
会議室の空気は引き締まりつつも、希望の光で満たされていた。建設業界の人々は、巨大なプロジェクトに対する不安と期待を胸に、神戸の街を変えるための具体的な戦略を練り始めた。50兆円という途方もない予算は、夢のようであり、同時に現実の重圧でもあった。
朝早く、神戸港の再開発予定地に、関係者が集まった。まだ土地は広大な空き地と古い倉庫、倉庫跡の雑草が生い茂るだけだ。都市再改造計画のモデル都市として神戸が選ばれ、これから行われる事前準備会議のために、建設業界のキーパーソンたちが集まった。
「おはようございます、皆さん。今日の目的は、現場確認と初期調査の報告です」松岡健(土木技術者)が声を上げ、資料を手に説明を始める。
「倉庫跡の基礎構造と地盤状況ですが、海岸沿いということもあり、地下水位が高く地盤の強度は場所によってばらつきがあります」松岡は指示棒で地図を示す。「このため、今後の工法選定においては場所ごとの詳細調査が必要です」
川口舞(建築デザイナー)が横から補足する。「建築面では、周辺景観と港湾施設との調和を考慮する必要があります。高さ制限や日照の問題も初期段階から意識しないと、後で修正コストが膨大になります」
「うーん、なるほど」ゼネコン技術主任の木村亮介が眉をひそめる。「しかし、まだ具体的な建物配置も決まっていない段階で、設計条件をここまで詰めるのは早いんじゃないか?」
「いや、早めにリスクを洗い出すことが重要です」川口が軽く笑みを浮かべながら答える。「私たちはデザインだけでなく、実施工性や安全性、住民への影響まで先を見越して検討する必要があります」
松岡が地図の隅を指さす。「それから排水計画です。港に近いため高潮や津波のリスクもあります。地盤改良や排水施設の位置、避難経路も早めに検討する必要があります」
「そうなると、施工方法だけでなく、資材や機材の搬入ルートも検討しなきゃならないな」建設会社営業部長の小林航がメモを取りながら呟く。「既存の道路や港湾施設の利用計画も同時に整理する必要があります」
「それに住民説明会の対応もね」川口が付け加える。「騒音、交通規制、作業の安全性、景観への影響。全てのリスクを洗い出して、住民に納得してもらわないと計画が進められません」
その時、現場に向かって高層ビルの建設予定地を眺めていた若手作業員が口を開く。「しかし、まだ工事も始まってないのに、議論ばかりで疲れそうだな」
「計画段階で手を抜くと、後で倍の手間がかかるんだ」松岡が即座に答える。「地盤、排水、景観、交通、安全性…どれ一つ欠けても、再開発は成功しない。特にこの規模の都市再改造計画なら、事前調査が命だ」
川口舞も頷く。「私たちは設計だけでなく、施工前の確認と調整を担う。現場の土木技術者、建築技術者、行政担当者との連携がこの段階で決まるのよ」
そこへ、都市計画局長の橋本誠が現れる。「皆さん、計画の概要を住民説明や行政承認用にまとめる必要があります。図面、資料、模型も揃え、次回の会議で提示できるように」
「模型も作るのか…」木村亮介が苦笑する。「でも、施主や住民にわかりやすく伝えるには、必須だな」
「住民の理解がなければ計画自体が止まりますからね」川口舞が真剣な表情で答える。「特に神戸の街は歴史的建造物も多いので、単純に土地を造成して建物を建てるわけにはいきません」
そのとき、現場近くで高齢者代表の中村誠が声をあげた。「あんたたち、港の景観壊すんじゃないだろうな?」
松岡が答える。「もちろんです。新しい街を作るにあたって、既存の景観や歴史的価値を尊重する計画です」
「説明会での反発も予想しておくべきだ」田辺昭夫市長が横から補足する。「現場での作業調整だけでなく、住民の声を行政としてどう吸い上げるかも課題です」
川口舞が手元のタブレットを見ながら言う。「次回の住民説明会では、模型とCGを使って街の完成イメージを示します。実際の高さや景観も視覚的に理解してもらえるでしょう」
「なるほど。視覚的に理解させるのは大事だな」松岡が頷く。「現場での作業もそうだが、説明の仕方ひとつで反発も納得に変わる」
「それに、行政と建設業界だけでなく、住民とのコミュニケーションはこの段階から重要です」川口舞が付け加える。「計画は机上だけでなく、現実に街を動かすための準備段階です」
小林航がため息交じりに呟く。「まだ工事も始まってないのに、こんなに議論が必要とは…。でも、これを怠ると街全体の信用を失うからな」
「ここでの準備が、後の施工と住民理解をスムーズにする」松岡が言葉を締める。「計画段階での調整、コミュニケーション、技術検証。全てが都市再開発の命綱です」
現場の雑草の中で作業者たちが図面を広げ、測量器を調整し、行政担当者と打ち合わせる。まだ土を動かす重機の音は聞こえないが、神戸の街は静かに変わる準備を始めていた。その一歩一歩が、この都市を未来へ導く礎となるのだった。