第25話/インバウンドと海外からの移住
神戸の街は改造計画の完成とともに、国内外からの注目を集めた。特に外国人観光客の増加は、街の景観改善、交通インフラ整備、文化・商業施設のリニューアルと相まって急速に拡大した。
港町としての歴史を持つ神戸は、元々外国文化との接点が深い。今回の都市再整備によって、旧居留地やメリケンパーク周辺、再開発された商業施設や美しい遊歩道は、SNS映えする観光地として世界中に発信され、観光客が押し寄せるようになった。
あるカフェの店主、田中洋子は話す。
「以前は平日でも閑散としていたこのエリアが、今では世界中の観光客でにぎわっています。アジア圏だけでなく、欧米や中東からの来訪も多く、街の雰囲気が国際的になった気がします」
ホテルや民泊の需要も急増し、建設業やサービス業の雇用はさらに拡大。若い世代の神戸定着はもちろん、海外からの移住者も増え、都市の多文化共生が加速した。
市役所の国際課では、異国籍の住民のための生活支援や日本語教育、就労支援が新たに整備され、街全体が国際都市としての受け入れ体制を強化していた。
ある日の市役所カフェで、美咲は海外から移住してきたカップルに出会う。
「日本に住むのは初めてですけど、神戸にして良かった。街がきれいで、交通も整っているし、人々もフレンドリー。仕事も見つけやすいです」
と男性が笑顔で語る。女性も頷く。
「街が進化しているのを肌で感じます。都市計画の成果を直接体験できるなんて、すごいことだと思う」
美咲は心の中でつぶやく。
――作業員や行政、反対派や推進派、それぞれの声が重なって、街はこんな形で変わったんだ……。
街角では、新たに開店したカフェやレストラン、ショップが軒を連ね、外国語の看板やメニューも増えていた。通勤・通学の人々と観光客、そして移住者が入り混じる光景は、かつての神戸とは明らかに違っていた。
ある建設会社の現場監督は、工事の完了後も街の発展を喜ぶ。
「昔の神戸も悪くはなかったけど、今の街は生きてる感じがする。国際的にも評価され、地元の若い人も残る。俺らが汗を流した甲斐があったよ」
観光客だけでなく、海外からの移住者も都市の新しい活力として定着し始めた。子どもを連れた家族が整備された公園で遊び、街のカフェや商業施設を日常的に利用する光景は、神戸の「都市再生の成功」を象徴していた。
経済指標も追い風となった。観光消費や住民消費、家賃や土地価格の上昇、税収の増加は街全体の財政を押し上げ、さらなる都市整備や文化施設の充実を可能にした。国際交流イベントやフードフェス、音楽フェスなども次々と開催され、神戸は国内外から「住みやすく、魅力的で、安全な国際都市」として評価されるようになった。
美咲は街を歩きながら思った。
――2年前には議論や葛藤、反対派との衝突があった。でも今、目の前の街は、全ての努力と議論が結実した姿だ――。
そして彼女は確信した。都市の未来は、理想だけでなく現実の声を取り込み、政治と市民が協働することで、世界にも影響を与えうるのだ、と。
神戸は、インフラ整備と都市改造によって生まれ変わり、国内外の人々にとって「暮らすにも訪れるにも魅力的な街」として、その存在感を確かなものにしていた。
神戸のあるカフェのテラス席。午後の日差しが柔らかく差し込み、港風の涼やかな風が街路樹を揺らす。海外から移住してきた住民たちが、慣れた日本語と英語を交えて会話をしていた。
「いやあ、やっぱり神戸に来て良かったね」と、カナダから移住した男性、アレックスが笑顔で言う。
「本当に。東京もいいけど、ここは街の規模もちょうど良くて、人も優しいし、毎日歩くのが楽しい」と、アメリカ出身の女性、エマが頷く。
二人の前には、最近オープンしたばかりの神戸港を臨むカフェのメニューが置かれている。パンケーキやサンドイッチの横には、日本茶や地元のクラフトコーヒーも並ぶ。
「でも驚いたのは、街全体が本当に“生きている”ってことだよ」とアレックスが続けた。「歩道も広くなって、自転車も安全に通れるし、古い建物もきれいに保存されている。港の景観も整備されていて、観光地としても住む街としても魅力的だ」
エマが笑いながら付け加える。「そうそう、神戸の人たちは外国人にも本当に親切。言葉で困っても、誰かが必ず助けてくれるし、子どもたちも遊んでくれる。家族で移住してきた私たちにはありがたい環境だわ」
隣のテーブルでは、フランス出身のカップル、ジャンとマリーが話していた。
「この街のいいところは、歴史と現代がうまく融合していることだと思う」とジャンが言う。「旧居留地のレンガ造りの建物は保存されているけど、その中に新しいカフェやショップもあって、古さがただの“古い”じゃなく、文化として息づいている」
マリーが頷き、港の方向を指さす。「海も近くて、美しい景観が毎日目に入るのもいいわね。散歩するだけで気持ちが落ち着く」
カナダ出身のアレックスが再び口を開く。
「それに、街の交通インフラも整備されている。電車やバスが便利だし、自転車用の道もちゃんとある。子どもたちや高齢者も安心して暮らせる街って、なかなかないよ」
エマは、先日参加した市民向けのイベントを思い出した様子で言った。
「神戸の良さって、都市改造の成果だけじゃないと思う。市民や行政が一緒に街を考えて、作っている感じがあるのよね。私たち移住者も巻き込んでくれるの。街の未来を一緒に作れるっていう意識が、町全体にある気がする」
ジャンが微笑む。「確かに、ヨーロッパでも都市計画はあるけれど、ここまで住民の声を取り入れて透明性を持たせた計画ってあまり見ない。神戸の成功は、都市再生だけでなく社会的合意も得られているところにあると思う」
マリーが、少し目を細めて港を眺めた。
「それに、海沿いの公園や緑地も本当に綺麗。毎日ジョギングや散歩ができるし、週末は子どもを連れてピクニックもできる。都市改造計画でここまで環境も考えられているなんて驚き」
アレックスが少し真剣な表情で言う。
「僕は神戸に来て、初めて“都市と人、そして自然のバランス”っていうのを肌で感じた。工事や改造で街は変わったけど、それは決して破壊ではなく、保全と進化の結果なんだって思う」
エマが笑顔を広げる。
「そうね。街の人々も外国人に優しいし、仕事も探しやすい。私たち家族はこの街で子どもを育てることができる。安全で文化的で、でも経済的にも活発な都市って、なかなかないわ」
ジャンが冗談交じりに言った。
「ただ一つ問題があるとすれば、あまりにも快適だから、他の街に移れなくなっちゃうことだね」
みんなが笑った。
アレックスが少し考え込むように、窓の外の街並みを見た。
「神戸は本当に、都市計画の成功例だと思う。でもそれ以上に、現場で汗を流した人々や、行政、住民みんなの努力の結晶なんだと思う。だから、ここに住むことが誇らしいんだ」
マリーも同意した。
「うん、私たちは移住者だけど、この街の一部になれた気がする。街の変化を肌で感じて、暮らしながら歴史や文化に触れられるのは、本当に特別な経験よ」
カフェの周りでは、整備された歩道を行き交う観光客、カフェのテラスで語り合う地元住民、子どもを連れて公園に向かう移住者家族の姿が混ざり合う。神戸という街は、世界中から人々を受け入れ、多文化共生と経済・文化活性化が同時に実現される都市として息づいていた。
アレックスは、再び港を眺めながら静かに言った。
「僕たちは移住者だけど、この街の未来を一緒に見守る一員になれる。神戸って、ただの都市じゃなくて、生きている街そのものだね」
エマが微笑む。
「そして、ここに住むことで、街がどんどん進化していくのを体感できる。私たちも、街と一緒に成長していくんだと思う」
日が沈み始め、テラスに柔らかなオレンジ色の光が差し込む。遠くの港では船が静かに行き交い、街の灯りが波に反射してきらめく。
神戸は、都市改造計画によって新たな命を吹き込まれた街として、移住者たちにとっても、国内外の人々にとっても「住みたい、訪れたい、愛せる街」として存在していた。
――都市の再生は、地元民だけでなく、世界中の人々にその価値を伝え、新しい生活や文化の融合をも生み出す。神戸は、まさにその象徴となっていたのだった。
ある日、美咲は海外の都市計画や国際交流に関するテレビ番組の取材を受けることになった。取材班は日本だけでなく欧米からもスタッフが来ており、神戸の多文化共生の取り組みや都市再生の成果を世界に向けて発信するための特集だった。
「美咲さん、神戸の市民活動の視点から、この都市再生プロジェクトをどう見ていますか?」
カメラの向こうから、英語と日本語が混ざる質問が飛ぶ。
美咲は少し息を整え、目の前に広がる港や歩道を行き交う人々を思い浮かべながら答えた。
「神戸の都市改造は、単なる建物やインフラの再生ではなく、人々の生活や文化、そして多様な価値観を包み込むプロジェクトです。私は反対運動を通じて自然や歴史を守ることの大切さを学びました。でも、現場で汗を流す作業員や行政、そして移住者の声を知ることで、“共に守り、共に育てる”という視点を持つようになりました」
スタッフの一人がメモを取りながら頷く。
「具体的には?」と、欧州から来たジャーナリストが問う。
美咲は街の景色を指さした。カフェのテラス席では外国人と地元住民が談笑し、公園では多言語が飛び交い、子どもたちが安全に遊んでいる。
「ここでは、日本人も移住者も、都市の未来を一緒に作っています。言語や文化が違っても、共通の課題や夢に向かって手を取り合える。私の活動は小さな市民運動から始まりましたが、今はこうした街づくりの一端として、国内外の人々にその価値を伝える役割を担っています」
カメラがゆっくり港を映す。光に照らされた水面がキラキラと輝き、ヨットや観光船が行き交う。美咲はその光景を見つめながら、心の中でつぶやいた。
――この街の未来を見守り、支えることが、私の新しい役割なんだ。
インタビュー後、スタッフが美咲に声をかける。
「あなたの話は、視聴者にとって非常に感動的です。神戸がどうして多文化共生都市として成功したのか、よく伝わります。特に海外では、都市再生と市民参加を両立させるモデルとして注目されるでしょう」
美咲は微笑む。
「ありがとうございます。でも、これは一人の努力ではなく、街の人々全員の努力の結果です。私もその一部でいられることを誇りに思います」
その後、神戸の特集は世界中で放送され、都市計画や国際交流に関心のある人々の間で大きな反響を呼んだ。大学や研究機関からも問い合わせが相次ぎ、神戸の市民活動や都市再生の事例は、海外の講演や学会でも紹介されるようになった。
ある夜、美咲は港沿いのベンチに座り、街の灯りを眺めていた。目の前には、外国人家族が子どもを連れて散歩し、カフェからは笑い声が漏れる。遠くには港に停泊するクルーズ船、波に反射する街灯の光。
――神戸は、生きている街だ。人々の思い、文化、歴史、未来――すべてが共存している。私の活動も、その一部として息づいている。
ふと、美咲の胸に温かい感情が広がる。
「反対か賛成かなんて、もう単純な二択じゃない。命も、自然も、文化も、経済も、全部を考えて街を作っていく――それこそが未来の都市の姿なんだ」
美咲は立ち上がり、港沿いの歩道をゆっくり歩き始める。背後には、港町神戸の夜景が広がり、多文化が共生する街の活気が、静かに、しかし確実に息づいていた。
――神戸は、都市再生と市民参加、多文化共生の象徴として、国内外に新しい希望を示す都市となった。そしてその中で、美咲は自らの存在と役割を見つめ直し、街と共に生きる一歩を踏み出していたのだった。




