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RE:BORN~日本列島再改造計画~  作者: ふゆはる


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第21話/現実解

 視察から数日後、神戸の街はいつもと変わらない日常を装っていた。しかし、街路や駅の広場に立つ人々の視線には、どこか落ち着かない緊張感が漂っていた。テレビやネットでは、視察の模様が連日報道され、群衆や市民、推進派と反対派の議論が映し出されるたび、街はざわめき立った。特にSNS上では、美咲の視察での発言が瞬く間に拡散され、支持や非難が入り乱れるタグが飛び交っていた。「#現場を見て考えよう」「#反対派の新星」「#美咲は裏切り者か」。賛否両論のコメントが瞬時に波となって広がり、街の空気をさらに熱くした。


 美咲は自宅でスマートフォンを手に取り、ニュースを追いながら胸の奥が締め付けられるのを感じていた。仲間たちの一部は彼女を非難し、「裏切り者」と呼ぶ声さえあった。しかし、視察で目にした現実、老朽化した橋や道路、危険にさらされる子どもたち、浸水の可能性がある低地帯の街並み、保存したい古い町並み――それらが彼女の目に焼き付いて離れなかった。どれも机上の議論だけでは理解できない、生々しい現実だった。


 その夜、全国ネットで特別番組『日本の未来 インフラ崩壊のシナリオ』が放送された。番組はCGと実写映像を駆使して、現行インフラの老朽化を放置した場合、将来的にどのような惨状が生じるかを詳細に再現していた。冒頭、落ち着いた声のナレーターが語る。


「日本のインフラは、目に見えないところで老朽化が進んでいます。橋や道路、学校や病院、公共施設――もし、これを放置した場合、私たちの生活はどうなるのでしょうか」


 画面が切り替わると、神戸の街のCG映像。老朽化した高架道路がところどころ崩れ、むき出しの鉄筋が宙に浮く。橋の下にはコンクリート片が散乱し、車やバイクが巻き込まれる様子がリアルに描かれていた。小学生が通学する橋はひび割れが入り、子どもたちの足元で小石が落ちる音が微かに響く。母親の声が遠くから聞こえる。「気をつけて!」しかし、橋の一部が崩れ、車両が押し流される場面も描写される。幸い、子どもは避けられるが、道路を行き交う人々の恐怖と混乱は生々しい。


 画面は次々に切り替わり、東京や大阪、地方都市の老朽化した水道管や排水設備、耐震基準を満たしていない建物のシミュレーション映像が流れる。大雨や台風のたびに水没する住宅街、避難路を塞ぐ倒木や土砂、浸水で孤立する住民。ナレーターは静かに語る。


「これは未来の予想図です。過去の調査と現在の老朽化状況をもとに算出されました。決してフィクションではありません」


 番組の中盤、再現ドラマが始まる。朝の神戸、ある家族が登場する。小学生の子どもが通学路の橋を渡る。橋は老朽化でひび割れが入り、コンクリートの破片が剥がれ落ちている。母親が遠くから呼ぶ声。「気をつけてね!」子どもが橋の中央に差し掛かった瞬間、橋の一部が崩落。幸い子どもは避けるが、車や自転車が巻き込まれ、街に混乱が広がる。次に映るのは病院や避難所の様子。耐震基準を満たさない建物が揺れ、避難路は土砂や倒木で塞がれている。視聴者は息をのむ。


 画面の向こうで、美咲は手元のスマホを握りしめ、胸が締め付けられるのを感じた。目の前に映るCG映像は、視察で見た現実の延長線上にあった。崩れかけた橋梁、濁流に飲まれる街並み、避難路が遮られた低地帯――あの日見た景色が、文字通り現実として画面に再現されているのだ。


「……やっぱり、現場の声は本当だった」


 隣にいた彩子が小さく息をつく。

「見た……? このまま放置したら、子どもたちも私たちも安全じゃない」


 美咲は頷き、心の中で決めた。もう二元論には囚われない。反対派の声も、推進派の意見も、現場の現実も、すべてを踏まえたうえで、自分にできる行動を取る――それしかない。


 番組が終わると、SNSには一気に視聴者の反応が流れ込む。「やっと現実を見た」「恐怖を煽るだけだ」「インフラ整備を急ぐべき」「自然と命、両方をどう守るか考えなきゃ」といった賛否の声が飛び交う。街のカフェや居酒屋でも、視聴者たちが画面を見ながら議論を交わしていた。


 美咲は画面の余韻を胸に、静かに決意を新たにした。視察の時も、テレビの映像も、すべてが彼女に示していたのは現実の重さだった。「自然を守る」「命を守る」――両方を諦めず、そして伝えるために、動かざるを得ない。この夜、テレビの画面に映る崩れかけの橋梁や水没した街は、彼女の胸に深く刻まれ、未来への行動の呼びかけとなった。


 翌日、神戸のスタジオには小規模ながら熱気のこもった雰囲気が漂っていた。美咲はディレクターやスタッフに案内され、緊張しながら椅子に腰を下ろす。今日は全国ネットの討論番組に出演する日。テーマは「神戸再改造計画と市民の声」。反対派代表として招かれたのだが、彼女の心は複雑だった。視察で目にした現場の実情が胸に残る一方、仲間たちの中で「裏切り者」と見なされる可能性もあったからだ。


 スタジオのカメラが回り始め、司会者が落ち着いた声で語りかける。

「本日は神戸再改造計画について、反対派の代表として美咲さんをお迎えしています。どうぞよろしくお願いいたします」


 美咲は深呼吸をして答える。

「よろしくお願いします」


 収録が始まると、まずは番組側が放送したCG再現ドラマの一部を流す。老朽化した橋が崩れ、住宅街が浸水するシーン。スタジオの空気が一瞬で重くなる。視聴者のコメントはリアルタイムでSNSに反映され、スタジオのモニターにも表示される。


 司会者が問いかける。

「美咲さん、この映像を見てどう思われますか?」


 美咲は一呼吸置いて答えた。

「正直に言えば、恐怖を感じました。でも同時に、現場で見た作業員の声を思い出しました。彼らも、命を守るために毎日危険と向き合っている。私たちは自然や環境を守る立場として活動してきましたが、命を守る現場の声を無視することはできません」


 スタジオの反応はざわついた。共演の反対派の議員や活動家たちが顔を曇らせる。


「……それは、業者の言い分に過ぎないのでは?」と、若手活動家の一人が挑発的に問いかける。

「作業員の声を聞いたからといって、計画を推進する理由にはならない。自然破壊は許されない!」


 美咲は静かに首を振る。

「私は計画の推進を肯定しているわけではありません。現場を見て、命の危険を知ったからこそ、私たちはどうすれば命と自然の両方を守れるのか、議論を深める必要があると考えています」


 しかし、反対派の議論はすぐにヒートアップした。スタジオのモニターには、視聴者コメントが次々と表示される。「美咲は裏切り者だ」「反対派内で揺れるな」「現場の声に耳を傾けるのは当然」――賛否が乱立し、空気はさらに緊張した。


 反対派の中堅議員・藤原智子が声を荒げる。

「何を言ってるの、あなた! これまで命より自然を守る立場を貫いてきたのに、現場の声を理由に迷走するなんて……!」


 別の活動家・川上麻衣も割って入る。

「確かに命は大事。でも、だからって大規模開発で環境を犠牲にするのは間違っている! 美咲さん、あなたはどっちの味方なの?」


 美咲は答えに窮する。心の中では、現場で見た橋やトンネルの危険が鮮烈に残っていた。だが、言葉を選びながら静かに答える。

「私は、どちらか一方の味方になるつもりはありません。自然も命も、両方を守る方法を模索したい。反対か賛成か、単純に決める議論ではなく、現実の課題に向き合うための議論を進めたいのです」


 その瞬間、スタジオ内は静まり返った。だが、静けさは長くは続かなかった。藤原が指を立て、強い声で続ける。

「現場を理由に譲歩することは、反対派としての理念を放棄することです! 命は大事かもしれない。しかし、自然破壊の道を許せば、未来の世代はさらに大きな被害を受ける!」


 川上も続ける。

「私たちは、自然を守る立場として戦うためにここにいる。現場の声を理由に計画を容認するのなら、私たちは何のために活動してきたのか!」


 美咲は黙って彼女たちの言葉を聞くしかなかった。視聴者からのコメントもさらに荒れる。「反対派内で分裂か」「美咲、現場派になったのか」「議論が加速して面白い」――SNSは一気に炎上状態となった。


 その後、番組は討論を続けるが、反対派内部の議論はさらに激化する。理念派と現場派の対立が表面化し、収拾がつかなくなる。視聴者にとっては、生々しい内紛として映り、討論のたびに炎上は増幅される。


 美咲は心の奥で、自分の決断が反対派の内部で波紋を広げたことを理解していた。だが、視聴者や市民にとって、現場の実情を知ることの重要性を伝えたかった自分の意志も揺らがなかった。スタジオの中で、彼女の視線は静かに前を見据えていた。


「理念と現実は、必ずしも一致しない――でも、向き合うしかない」


 収録が終わると、スタッフが彼女に寄り添い、励ます。

「大丈夫ですよ、美咲さん。反対派内で議論が過激になったとしても、視聴者には現場の声が届きました。これが本当の議論の始まりです」


 美咲は頷き、スタジオを後にする。街を歩くと、SNSやニュースで番組の反響がさらに広がっていた。人々の声はさまざまで、賛否が入り乱れている。しかし、彼女には一つだけ確かなことがあった。


 ――現場を知る者として、今の自分にできることは、声を上げ続けること。理念を守りながらも、現実に直面する人々の声を伝え、議論を進めること。


 その夜、美咲は自宅の机に向かい、ノートを広げた。視察で得た情報、作業員たちの証言、番組での討論内容、SNSの反応……すべてを書き出し、整理していく。そこには、これから彼女が進むべき道の断片が、静かに浮かび上がっていた。


 ――――


 こうして、美咲のメディア出演は反対派内部での議論を加速させ、理念派と現場派の対立を顕在化させた。同時に、視聴者や市民に現場の現実を伝え、従来の二元論では測れない課題が浮き彫りになることになった。議論の炎は高まり続け、神戸再改造計画をめぐる社会的対話は、新たな局面へと突入していくのだった。

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