第17話/第2工区
神戸の第2工区では、予定通り大型重機やクレーンが稼働していた。しかし、ライブ中継の映像で市民チームやJV関係者が確認したのは、計画通りに動かないクレーンのブームだった。
松岡健(土木技術者)が現場無線を握り締めて叫ぶ。
「ブーム角度が予定より0.8度傾いている!全員、安全位置に退避!」
川口舞(建築デザイナー)が画面を見つめ、冷静に分析する。
「この傾きは土台の微妙な沈下が原因かもしれません。早急にセンサーを確認して」
山崎慎司(都市計画技術者)は、市民チームに向けてライブ配信画面を通じて呼びかける。
「皆さん、落ち着いて。現場で危険は即座に回避されています。異常は迅速に報告されますので、安全監視としての皆さんの目は非常に重要です」
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一方、神戸市役所では田辺昭夫市長と大島良平副市長が対策会議を開いていた。
田辺昭夫(神戸市長)が重々しく言う。
「今回の傾きは想定内の微調整では済まない。国の都市再改造計画庁とも連絡を取れ。報告書を早急に作れ」
大島良平(副市長)がメモを取りながら質問する。
「市民に対する説明はどうしますか?ライブ中継で全て見えてしまっています」
田辺市長は深く息をつき、答える。
「透明性は守る。しかし、恐怖を煽るだけの情報は出さない。正確に、落ち着いて状況を伝えるんだ」
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その夜、メディアも一斉に報道を開始する。
森田香織がニュースで解説する。
「神戸第2工区の建設現場でクレーンの微傾斜が発生しました。JV関係者は即時対応中で、安全上の問題は現在確認中です」
斉藤隆(新聞記者)はオンライン記事にこう書き込む。
「市民参加型監視の効果が早くも証明される形となったが、一方で過剰報道により市民の不安が増幅する可能性もある」
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国会でも議論が白熱する。
松尾正典(野党議員)が追及する。
「都市再改造計画庁、聞きます。このブーム傾斜は安全上の設計ミスではないのか!市民の安全は誰が保証するのか!」
田島和樹(都市再改造化計画担当大臣)は冷静に答える。
「松尾議員、今回の傾斜は予測範囲内です。ライブ中継と高度センサーにより、即時対応が行われています。市民の安全は万全に管理されています」
藤原智子(野党議員・市民派)が小声で呟く。
「でも現場での不安は増すばかり…」
木下啓太(内閣官房副長官)が資料を提示しながら説明する。
「これを見てください。センサーで計測された傾斜は0.8度。構造物としての耐久性は全く問題ありません」
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神戸現場では、市民チームがライブ画面を見ながらコメントを交わす。
田中祐樹(マンション住民代表)が眉をひそめる。
「確かに安全だとわかるけど、やっぱり怖いよ」
美咲(商店街代表)はタブレット越しに頷く。
「でも市民の目があることで、現場も慎重になるのは間違いない」
山下光(学生)が口を開く。
「僕たちの参加が、計画を守る一助になっているって実感できます」
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翌朝、新聞・ウェブ・テレビ各社が「神戸第2工区、傾斜トラブル発生も市民監視で迅速対応」と報じる。SNSでは市民の意見が飛び交う。
黒田達也(反対派リーダー)は冷ややかに呟く。
「市民監視だろうと何だろうと、この計画の危険性は変わらない。騒ぐのはまだ早い…しかし、メディアの報道はもう手に負えないな」
国会では、神戸第2工区でのクレーン傾斜トラブルの報告を受けて、野党議員たちが再び質疑の席に立った。松尾正典は資料を掲げ、声を張り上げる。
「都市再改造計画庁、先日のクレーン傾斜は設計上の過失ではないと言いましたが、現場作業員や市民が実際に不安を感じていることはどう説明するのですか?」
田島和樹大臣は資料を指し示しながら冷静に答える。
「松尾議員、0.8度の傾斜は事前に想定されていたものであり、耐久性や安全性に一切問題はありません。さらに市民参加型の監視システムにより、リアルタイムで異常が確認されれば即座に対応できます」
藤原智子議員が控えめに言葉を継ぐ。
「しかし、実際の住民は建設現場の真下に住む方も多く、不安が拭えない現状があります。国や市は、住民への心理的サポートをどう行うのか?」
木下啓太副長官は即答した。
「説明会、住民相談窓口、オンラインモニタリングなどを通じ、情報の透明性と心理的安全の確保に努めます。住民の声は計画の進行に直接反映されます」
松尾議員はなおも追及の手を緩めない。
「では、もし同様のトラブルが他地区でも発生した場合、国はどのような責任を取るのか?」
田島大臣は顔色ひとつ変えずに答えた。
「同様のリスク管理体制を全国に展開する予定です。万が一の事態が起きても、事前に設定された安全対策により被害は最小化されます」
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神戸の市民たちもまた、現場の状況や国会での議論を注視していた。美咲(商店街代表)は地元のカフェで近所の住民たちと話す。
「ニュースで見たけど、国会でも安全って言ってるんだね。でもやっぱり、工事が近くで進むって聞くと怖いわ」
田中祐樹(マンション住民代表)がテーブルに置かれたタブレットを指して言う。
「ライブカメラで現場を見る限り、作業員は慎重にやってる。でもあのクレーンの傾きはやっぱり気になるよ」
藤川悠子(NPO代表・歴史建造物保護派)は声を強める。
「それに、古い建物や歴史的景観を壊さずにどうやって再開発するのか、具体的な計画をもっと見せてほしいわ」
中村誠(高齢者代表)は静かに首を振る。
「若い人たちは理解しているかもしれないけど、私たち年寄りは安全が第一だ。説明会の資料だけじゃ不安は消えない」
山下光(学生)はSNSで仲間と議論していた。
「リアルタイムで工事を見られるのはいいけど、報道やコメントで不安が拡散されすぎるのも困る。冷静に判断しなきゃ」
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メディアは報道をさらに加熱させる。
森田香織はスタジオで語る。
「神戸第2工区の工事現場、ライブ中継で市民の監視が行われていますが、予期せぬトラブルが発生した場合、果たして安全は本当に保障されるのでしょうか」
斉藤隆(新聞記者)はウェブ版で記事を更新する。
「国会での質疑応答では『安全は万全』と繰り返されました。しかし市民からは不安の声が相次いでおり、透明性と情報公開が試される局面です」
小泉翔(ウェブメディア編集長)はSNSで配信する。
「ライブ映像と国会議論を同時配信。市民の意見がリアルタイムで飛び交う。これが新時代の都市再開発だ」
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国会と現場、そしてメディアを通じて神戸再改造計画への注目は一層高まり、緊張感はピークに達していた。計画の推進派も反対派も、市民の目と国会の追及の中で判断を迫られる局面に立たされていた。
山崎慎司(都市計画技術者)は現場から市民チームに向けて冷静に呼びかける。
「皆さん、今こそ冷静に情報を見極めてください。再開発は時間がかかります。安全と透明性を守るため、私たち技術者は最善を尽くします」
スクリーンには未来都市のCGが映し出され、静かなざわめきが広がっていた。
壇上に立ったのは、都市計画技術者の山崎慎司。
スーツの襟を軽く正し、深呼吸してから、手元の端末に指を滑らせた。
「本日は、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。
私たちが提案している神戸の未来――それは、街を壊して新しくするのではなく、今ある街を生かしながら成長させる構想です。」
スライドが切り替わる。
古い街並みの上に、透明な骨格フレームが覆いかぶさるような映像が浮かび上がった。
「これが、有機的成長メガストラクチャーです。
皆さんが住むこの街の“基礎”――道路、橋、水道、港湾――は固定された骨格として残します。
そして、その上に住宅や商店、文化施設、公共空間をモジュールとして組み合わせるんです。」
前列で腕を組んでいた高齢の商店街代表・中村誠が眉をひそめた。
「つまり……古い建物を全部壊して、無機質な街に作り替えるってことか?」
山崎は、首を振った。
「いえ、逆です。古い建物や路地、文化的な風景は“街の記憶”としてモジュールの中に組み込みます。
たとえばこの商店街の木造店舗群――ここをそのままモジュール化して、災害時には守り、普段は街の顔として残すんです。」
再び画面が切り替わる。
港町商店街の模型がゆっくりと立体化し、建物群が金属のフレームの中にやさしく包み込まれる映像。
建物は壊されることなく、浮かび上がるように骨格の一部に組み込まれていく。
会場から小さなどよめきが起きた。
「さらに、このモジュールは増やしたり、減らしたり、移動させたりすることが可能です。
たとえば人口が増えれば住宅ブロックを追加し、観光が増えれば港湾モジュールを拡張できる。
逆に人口が減っても、空き家のまま放置する必要はなく、別用途に転用できます。」
最前列で静かにメモを取っていたNPO代表の藤川悠子が手を挙げた。
「歴史的建築物の扱いはどうなりますか?
壊してコピーを作るのではなく、本物を残してほしいんです。」
山崎はうなずき、別のスライドを映す。
「もちろん、本物を残します。
たとえばここ――旧居留地のレンガ倉庫。この建物は構造的補強を行い、モジュールの核として保全します。
建築物そのものが“都市の記憶装置”になるんです。
壊す必要はありません。むしろ、それがこの都市の魅力になる。」
「じゃあ……災害のときはどうなるんや?」と、後方から低い声。
漁業組合の男性が立ち上がった。
「津波が来たら、この街はどうなる。港がまた飲み込まれたら、全部終わりや。」
山崎はその視線を正面から受け止め、端末を操作した。
スクリーンに津波シミュレーションが表示される。
津波が押し寄せると、港湾のモジュール群が一斉に浮上し、ゆっくりと背後の高台に向けて移動していく。
「この浮体式モジュールには自律制御機能があります。
地震や津波を感知すると、自動で高台に移動。
避難場所としても機能し、避難所に“逃げる”必要がない。
街そのものがシェルターになる設計です。」
会場に沈黙が落ちた。
最初に眉をひそめていた中村が、ゆっくりと声を漏らす。
「……街そのものが、逃げる……?」
「はい。」山崎は力強くうなずく。
「皆さんが暮らす街が、生き物のように呼吸し、成長し、災害から自分を守る。
それが“有機的成長メガストラクチャー”の考え方です。
街を壊すんじゃない。街を生かすんです。」
スクリーンには、未来と現在が重なった街の姿が浮かび上がる。
古い瓦屋根の商店街と、新しい骨格構造、緑化された屋上と港湾の水上住宅が一体となった風景。
どこか懐かしく、しかし確かに未来の匂いがした。
前列で静かに聞いていた商店街の若い後継者、安藤美咲が立ち上がった。
「……つまり、この街は消えるんじゃなくて、“進化”するんですね。」
「ええ、その通りです。」山崎の声は穏やかだが、強かった。
「街は、生きるんです。」
会場には、さざ波のような拍手が広がった。
賛否はまだ交錯している。だが、漠然とした恐れの向こうに、確かに“未来像”が見え始めていた。
一方、神戸市長・田辺昭夫も副市長の大島良平と議論する。
田辺市長:「国会での議論は順調だ。しかし市民の不安はまだ解消されていない。次の説明会では、具体的な工事スケジュールと安全策を可視化する必要がある」
大島副市長:「はい、市民の目で確認できる形が重要です。特に歴史建造物や商店街への影響を明確に示す資料が必要です」
神戸ワールド記念ホールに集まった市民たちは、前回の混乱から学んだのか、会場内は比較的落ち着いた空気が流れていた。主催側は今回の説明会で、計画推進のための具体的な新対策を明示することに重点を置いていた。
山崎慎司(都市計画技術者・主人公)が壇上に立ち、まず最初にスクリーンに映し出される都市モデルを指さした。
「今回の再改造計画では、既存の建物や街並みをできるだけ尊重しつつ、安全性を確保するために三段階の施工方式を導入します。第一に、現場監視用のライブカメラを全工区に設置し、異常が発生した場合には即座に制御システムが作動します」
川口舞(建築デザイナー)が続ける。
「加えて、周囲の住民の方々がリアルタイムで工事進行を確認できるポータルサイトを開設しました。スマートフォンやタブレットから現場の映像と作業進捗を確認できます」
松岡健(土木技術者)は安全対策について説明する。
「地盤調査を徹底し、耐震補強材を適所に配置することで、万一の地震や異常荷重にも耐えられる構造設計を採用しています。また、作業員の安全教育も強化し、労災ゼロを目指します」
宮本彩(防災・災害工学専門家)が資料を差し出し、説明に加える。
「今回の対策には災害シミュレーションも含まれています。高潮、地震、火災など様々な想定災害を基に、避難ルートや安全区域を設計しました。市民の皆様の安心確保を最優先にしています」
伊藤浩(経済分析官)が経済的な側面に触れる。
「また、工事の進行に伴う地域経済への影響も分析済みです。商店街や小規模事業者への補助制度を設け、工事期間中も経済活動が維持できるようにします」
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市民代表の美咲(商店街代表)が手を挙げる。
「これまで説明はありがたいけど、具体的に私たちの店の前で工事があるとき、どうやって営業を続けられるの?」
山崎慎司が即答する。
「商店街ごとに施工スケジュールを最適化し、夜間や休日を活用した作業も行います。さらに臨時通路や看板の保護など、営業継続が可能な措置を徹底します」
田中祐樹(マンション住民代表)も質問する。
「騒音や振動はどのくらい抑えられるの?」
松岡健が応える。
「最新の減振・防音技術を導入し、建物や道路に伝わる振動を最小限に抑えます。騒音測定もリアルタイムで行い、基準値を超えれば即座に作業を調整します」
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説明会では、リアルタイムでの質疑応答システムも導入された。スマホやタブレットから質問を送信でき、技術者や市役所職員がその場で回答する形式だ。
藤川悠子(NPO代表・歴史建造物保護派)は声を落ち着けて質問する。
「古い建造物が多数残る地区の工事では、どのようにして文化財を守るの?」
川口舞が答える。
「現場では非破壊調査と定点観測を行い、建物の微細な変化も逃さず記録します。必要に応じて振動緩衝材を設置し、工事による影響を最小化します」
中村誠(高齢者代表)は静かに手を上げる。
「長期的に生活環境はどう変わるのか、見通しを教えてほしい」
山崎慎司がまとめる。
「再開発は街全体の安全性向上と利便性の向上を目的にしています。交通アクセス、公共施設、医療・防災施設の整備も並行して行います。完成は10年以上かかりますが、進捗状況は市民の皆さんが常に把握できるようにします」
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説明会の最後、田辺昭夫市長が壇上に立ち、改めて呼びかける。
「市民の皆さま、皆さんの安心と暮らしを最優先に計画を進めます。国と市が協力し、透明性を保ちつつ、街の再生を実現してまいります。皆さんのご理解とご協力をお願いします」
会場からは大きな拍手が湧き起こった。紛糾の連鎖はここでようやく落ち着き、計画推進のための新たな対策が市民に伝わった瞬間だった。




