第10話/緊急特番
午後七時、全国ネットでの緊急放送が始まる。NHKのスタジオには高杉康之内閣総理大臣が正面に立ち、その両脇には都市再改造化計画担当大臣の田島和樹、内閣官房副長官の木下啓太、そして神戸市長の田辺昭夫が並んでいた。スタジオの照明は柔らかく、カメラは一斉に総理を捉え、視聴者に直接語りかける構図を作り上げている。
「国民の皆様、こんばんは。高杉康之です。本日は緊急に、都市インフラの再整備と防災都市への変貌に関する重要なお知らせをさせていただきます。」
高杉は深く呼吸を整え、資料を手に示す。手元のスクリーンには、老朽化した橋梁、劣化の進んだトンネル、耐震基準を満たしていない公共施設の画像が次々と表示される。
「ご覧いただいている通り、我が国の主要都市のインフラは、築後50年以上の施設が多数を占め、地震や災害に対して極めて脆弱な状態にあります。特に神戸は1995年の阪神・淡路大震災以降、復興が進んだ一方で、未だに更新されていない老朽化施設が多く存在します。私たちは、都市の安全と国民生活の安心を守るため、都市再改造化計画を実施する決意をいたしました。」
視聴者席の報道陣からは、カメラのフラッシュが瞬き、質問の手が挙がる。NHKのキャスター斉藤隆がマイクを向ける。
「総理、反対派からは計画の予算規模や市民生活への影響が懸念されています。これについてはどのようにお考えでしょうか?」
高杉は一瞬、間を置いてから答える。
「ご指摘の通り、今回の計画は国家予算の大きな部分を投入するものです。しかし、インフラの老朽化は放置すれば、甚大な人的・経済的被害を招くことが確実です。計画は段階的に実施し、神戸市をモデル都市として安全性と利便性を最大化することを目的としています。」
田島大臣が補足する。
「さらに、今回のプロジェクトでは民間企業との協力も強化し、公共施設の耐震化、道路や橋梁の補修、都市全体の防災力向上を実現します。単なる再開発ではなく、災害に強い都市への変貌を最優先に据えています。」
画面には、3Dマップを使った再開発イメージが映し出される。新しい橋梁、耐震化されたビル群、洪水対策の水路整備、避難施設の増設などがアニメーションで示され、視聴者に分かりやすく説明される。
総理は視線を少し下げ、メモを確認するような仕草を見せた後、再びカメラに向かって話す。
「国民の皆様、我々が直面している現実は、過去のままでは将来の安全は保証されません。都市再改造化計画は、老朽化した都市インフラを更新し、防災力を強化する極めて重要な施策です。ご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。」
田辺市長も補足に立つ。
「神戸市民の皆様、計画の実施にあたり、市民生活への影響を最小限に抑えることを最優先に進めてまいります。住民説明会を増設し、皆様の声を随時反映させることで、透明性の高い計画運営をお約束いたします。」
カメラはスタジオ全体を映し、総理、田島大臣、木下副長官、田辺市長の連携した姿を強調する。
この会見を受け、全国のテレビ局、新聞、ウェブメディアは一斉に報道を開始した。
「都市再改造化計画、総理が国民に緊急説明」「神戸市をモデル都市に、防災都市への変貌を目指す」「市民参加型で段階的実施、予算規模は国家予算の一部に匹敵」などの見出しが並ぶ。
SNSでも瞬く間に話題となり、全国の住民や専門家、経済界、建設業界から意見が飛び交う。賛否両論の意見が激しく交錯し、テレビ討論番組やネット掲示板では議論が白熱した。
一方で、会見を見た一般市民の中には安心の声もあった。
「災害対策のためなら、これくらいの予算は仕方ないのかもしれない」
「まず神戸からのモデル実施なら、他の都市への波及も見えてくる」
都市計画技術者・山崎慎司もスタジオのモニター越しに会見を見つめ、川口舞に呟く。
「ここからが本当の勝負だな。国民の信頼を得て、技術的に完遂できるかどうか…」
川口も同意するように小さく頷いた。
「でも、これで計画が動き出す。都市が生まれ変わる瞬間に立ち会えるわね」
総理の会見は、政治、経済、市民、専門家、メディアの全てを巻き込み、日本列島再改造化計画が現実の動きとして動き出したことを国内外に明確に印象付けた瞬間であった。
総理の緊急会見が終了した直後、街角の喫茶店や商店街、家庭のリビング、そしてインターネット掲示板には、さまざまな声が瞬く間にあふれた。
神戸市内の商店街では、コーヒーを片手に小林航(建設会社営業部長)が同業者たちと議論を交わしていた。
「いや、見たか?総理、数字まで示して説明してたな」
「ええ、でも国家予算の一部とはいえ、実際の金額を考えると桁違いだろ。工事費だけで何兆円だ?」
「俺たちにとってはチャンスだが、市民からの反発も半端ないだろうな。工事現場がトラブルの火種になるかもしれん」
同席した木村亮介(ゼネコン技術主任)は眉をひそめ、ため息をついた。
「確かに…でもここで手を引けば、次の大規模案件はもう二度と来ないぞ」
一方、住宅街のカフェではマンション住民代表の田中祐樹が友人たちと意見を交わしていた。
「総理の説明、聞いた?俺ら庶民の生活を無視して、大規模予算ぶち込むって話だよ」
「しかも神戸市をモデル都市にするんだって。うちの地域だって影響は避けられないよね」
「都市の安全が最優先なんていうけど、結局は企業と利権絡みの話じゃないの?」
田中はテーブルの上にスマホを置き、SNSで市民の意見を拾いながら言葉を続ける。
「見てよ、この書き込みの数…。賛成派もいるけど、反対意見が圧倒的に多い」
ネット掲示板やSNSでも議論は白熱していた。
「国家予算の一部を投入すると言っても、何兆円規模って現実感がなさすぎる」
「防災都市は必要だけど、住民説明も不十分じゃないか?強制的に工事進めるつもりか」
「インフラ老朽化を放置すれば被害は必至。賛成せざるを得ない」
「でも税金の使い方が極端すぎる!地方の小規模事業が犠牲になってるのを忘れるな」
テレビのワイドショーでは、キャスター森田香織がスタジオでコメントを述べていた。
「今回の都市再改造化計画は、都市の安全確保という名目で行われますが、国民の生活や地域経済への影響は計り知れません」
ゲストとして呼ばれた藤原智子(野党議員・市民派)は視聴者に訴える。
「私たちは安全な都市を目指すことに反対しているわけではありません。ただ、透明性のある議論と、納得のいく説明が先です。これでは市民を置き去りにした再開発に過ぎません」
ニュース映像には全国各地の街頭インタビューも流れる。大阪の女性会社員は眉をひそめて語る。
「工事が進んだら交通も不便になるし、騒音も増えるでしょう。安全は必要だけど、生活にどれだけ影響が出るか不安です」
一方、建設会社で働く男性作業員は力強く答える。
「これは仕事のチャンスだ。技術者として腕を試す場でもある。安全な都市のために自分たちも協力する価値はある」
神戸市内の公園では学生の山下光が友人たちと議論していた。
「SNS見た?反対派の人たち、国会前に集まるって言ってるよ」
「何千人も集まるって、本気で抗議するつもりなのかな?」
「でも俺たち若い世代も関わらないと、ただの利権争いにされる。都市の未来は俺たちの世代にも関係するから」
商店街の老舗店では、美咲(商店街代表)が仲間たちに向かって声を荒げる。
「この計画、地域経済にも大きく影響するわ。大企業が儲かるだけで、商店街には恩恵なんてないかもしれない!」
「でも、安全な都市づくりには協力せざるを得ない。どう折り合いをつけるかが課題だな」
一方で、環境保護団体の川上麻衣もネット会議で部下たちと議論を重ねていた。
「今回の再開発で緑地や自然環境がどうなるか、ちゃんと情報を出させなければならない」
「市民派の議員たちも、我々の声を議会で取り上げてくれるはず。圧力をかけ続けるのよ」
こうして、総理の会見は全国規模での議論の火種となり、賛否が交錯する状況が生まれた。支持派は都市防災の重要性を訴え、反対派は生活影響や利権の偏りを糾弾する。テレビ、新聞、ネット、街角、家庭、職場のあらゆる場所で会話が絶えず、国民の議論は日を追うごとに加熱していった。
神戸ワールド記念ホールの会場内は、過去の説明会の喧騒が嘘のように静まり返っていた。入り口付近では警備員が整然と来場者を誘導し、座席には事前に申し込みを済ませた市民たちが穏やかに着席していた。入口付近でちらほらと立ち話をしていた市民たちも、開会のアナウンスが流れると自然と会場の奥へと進んでいった。
壇上には、田辺昭夫市長、田島和樹都市再改造化計画担当大臣、そして都市計画局長の橋本誠が着席しており、前方スクリーンには説明用の資料が映し出されていた。
田辺市長は静かに会場を見渡すと、ゆっくりとマイクに向かって口を開いた。
「皆さま、本日はご多忙のところ第3回住民説明会にお越しいただき、誠にありがとうございます。本日は、都市再改造計画の進め方、特に意見集約の仕組みと工事スケジュールについて詳しくご説明いたします。」
最初にスクリーンには、神戸市と国の双方に設置される「再改造計画庁」の構想が示された。二つの機関がそれぞれ役割を分担しつつ、情報を集約して計画の進行を管理する仕組みである。田島大臣が説明を加える。
「国と神戸市に設置される再改造計画庁は、住民の皆さまからいただく意見や提案を一元的に管理し、計画に反映してまいります。各種工事や開発の進行状況もこちらで確認いただけますので、透明性の高い運営を目指します。」
壇上の橋本都市計画局長が続ける。
「工事は現在進行中の再開発事業と同様、街に溶け込む形で行われます。騒音や交通規制なども最小限に抑え、周囲の生活に過度な影響を与えないよう配慮いたします。また、工事全体の期間は10年以上を見込んでおりますので、一度に大きな変化が訪れるわけではありません。」
会場のスクリーンには、街並みに馴染む建設イメージや段階的な工事進行図が映し出され、市民たちはメモを取りながら静かに見つめていた。かつての説明会で見られた怒号や抗議の声はなく、代わりに穏やかなざわめきが響く程度である。
一角では、美咲(商店街代表)が隣の住民に小声で問いかけた。
「工事は10年以上かかるって言うけど、本当に街に溶け込む形でやってくれるのかしらね」
隣の中村誠(高齢者代表)は慎重に答える。
「まあ、前回の再開発でも近隣住民への配慮はされていたから、今回も同じでしょう。何より、意見集約の窓口ができるのはありがたい」
学生の山下光も前方のスクリーンを見つめながら、友人に話しかける。
「これなら、前回のような混乱は避けられそうだね。意見が反映されるっていうのは大事だと思う」
友人もうなずき、メモを取りながらスクリーンの図面を凝視していた。
壇上では、田辺市長がさらに続ける。
「市民の皆さまからいただいた意見は、再改造計画庁に集約され、定期的に会議で審議されます。都市の安全性、防災、交通、生活環境、歴史的建造物の保存など、すべての要素を総合的に判断し、工事計画に反映いたします。」
藤川悠子(NPO代表・歴史建造物保護派)は小声で田中祐樹(マンション住民代表)に話しかけた。
「歴史建造物への影響がどうなるか、まだ細かい部分は分からないけど、意見を出せる窓口があるのは安心できるわ」
田中も小さくうなずく。
「うん、住民の声が届くなら、少しは納得できそうだ」
説明会の最後には、質疑応答の時間が設けられた。市民たちは静かに手を挙げ、順番に質問をする。田辺市長や田島大臣、橋本局長は、一つひとつの質問に丁寧に答え、工事の安全性や生活環境への影響、進行スケジュールについて具体的な数字や図面を示した。
質疑応答の間、森田香織が会場の様子を中継で伝える。画面越しに見える市民たちは落ち着いており、過剰な反発や抗議は見られなかった。代わりに、真剣な表情で質問を投げかけ、説明を受け止める姿勢が印象的であると伝えられた。
説明会が終了した時、会場内には静かな拍手が響いた。過去の説明会の混乱が嘘のように、住民たちは納得の上で帰路につき、街に穏やかな空気が戻った。市民の表情には、計画への不安と期待が入り混じりつつも、秩序ある議論を経たことで落ち着きを取り戻した様子が伺えた。
外に出ると、田中祐樹が仲間たちに語りかけた。
「前回までの騒動が嘘みたいだ。こういう説明の仕方なら、意見も出しやすいし、冷静に判断できるな」
美咲も頷きながら答える。
「そうね。10年以上かかる計画だからこそ、住民の声を反映させながら進めてほしいわ」
こうして第3回説明会は、過去の混乱から学び、住民の意見を丁寧に聞く姿勢を前面に出すことで、静かに進行した。都市再改造計画はまだ始まったばかりであるが、住民と行政が対話を重ねることで、街と市民が一体となった計画の基盤が少しずつ築かれつつあった。