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VIII 重すぎるのは


「ここが……王城の、レイモンドの部屋の近く」


《良いですか? いくら僕の神聖術でも、レイモンド様の部屋に流れ星を転移させることはできません。近くに飛ばしますから、後は自力で警備を突破してください》


 王城の物置きのような場所に転移させられた私は、左手に神聖術で小さな光を灯して暗闇を進む。時刻はもう夜の刻。物置きから廊下に出ると、レイモンドの部屋と思しき豪華な扉の前に警備の兵士が二人立っているのが見えた。周囲はもう明かりを絞っており、暗い廊下に所々燭台が置いてある程度である。


(この国の兵士じゃない! ……やっぱり)


 私は遥か昔の聖女が遺したという伝説の隠し武器、『まるで腕時計のような麻酔銃』を取り出すと、二人の兵士の首元を正確に撃ち抜き、昏睡させることに成功した。


(せめて、良い夢見てね)


 過去の聖女の時代にも、真実はいつも一つだったのかもしれない。私は静かに、しかし大きく扉を開け放つ。



 この部屋がレイモンドの部屋だということは、すぐにわかった。


(うわ、私の姿絵! 人形! これは……私が買い出しのときに渡したメモが黄金の額縁に入れてある!)


 等身大の私人形はなんだか造りがリアルで、私が本当に二人いるみたいだ。

 隠し部屋にあるとかそういうのではなくて、堂々と飾ってあるのがいかにもレイモンドらしい。これではメイドや警備の人にまで色々とダダ漏れなのではないだろうか。


(いや、私の態度が彼をそうさせたんだよね)


 レイモンドとの関係をはっきりさせなければ。私は等身大の私人形の頭を小突くと、寝室の方に進んだ。ランプやファブリックなどは王族らしい見事な装飾のものが飾ってあり、天蓋付きのベッドはいかにも贅を凝らしていますという造りだ。


(ここに……レイモンドが眠らされて――!?)


 確かにベッドには二つの人影があった。一つはレイモンド、そしてもう一つは女の子のものである。


 しかし、眠っているのは女の子の方で――。


(五歳くらいの……小さい……女の子??)


 レイモンドは分厚い本を開いて持っている。私の顔を見て驚いたようだったけれど、すぐに「しー」と唇に指を当てた。



「それはサクトの聞き間違いだろう」


 女の子をなんとか引き取って貰った後――私がお迎えの人達を眠らせてしまったので大変だった――レイモンドは私を自室のソファに座らせると、先程持っていた分厚い本を差し出した。


「この本のタイトルは『規制•時事•罪(きせい じじつ つみ)大辞典』。この本を読むとまるで睡眠薬を飲まされたようにぐっすりと眠ってしまうと最近評判の本だ」

「きせいじじつ……」

「『規制•時事•罪(きせい じじつ つみ)大辞典』だ。この国のルールや出来事、判例などが記されている。最近はサラ王女からこの本で寝かしつけをよく頼まれている」


 なんて紛らわしいタイトルだろう。きっとサクトは部分的にこの本のタイトルを聞いて勘違いしたに違いない。しかし、まだ『サラ王女から求婚されている』という情報については懸念が残る。《王族との結婚》と《サラ王女からの告白》だ。


「先程のサラ王女は五歳で、私の兄である第一王子の息子と既に内々に婚約がなされている」

「えっ、第一王子の子供は確か女の子では?」

「これは王族しか知らないことだが、諸般の事情により性別を偽っているのだ」


 それは私が聞いて良かった情報だろうか、という顔をなんとか引っ込めた。


「後はサラ王女はレイモンドのことが好きだって……」

「勿論、義叔父候補として好かれている。大好き、結婚して欲しいと言われているが、本人は結婚の意味があまりわかっていないようだ」


 私は豪華な蔦の文様が描かれた天井の壁画を見つめた。


(サクト……)


 今度彼に会ったら、彼がいつも飲んでいる胃薬をラムネにすり替えてやる。私はそう心に堅く誓った。


「では、今日はもう夜も遅い。心配して来てくれたのは嬉しかったが、帰りは女性騎士に送らせよう」


 レイモンドはそそくさと私に帰るよう勧めてくる。


(今日のデートで散々告白して来たのになんか余所余所しいなぁ)


 私が不審に思いながらも出口の扉の方に向こうとしたその瞬間――風の悪戯かベッドの横の壁紙だと思っていた部分がめくれ、隠し本棚があるのを見つけた。


「これは……」

「そ、それは駄目だ!」


 私はレイモンドの制止を振り切って本棚に詰まっている『マル秘、聖女』と書かれたノートを取り出す。周囲の分厚い本やノートの背表紙は私とは無関係ではなさそうだ。参考までにタイトルを置いておこう。


『愛する人に振り向いてもらうための100のレッスン』

『書き込み式 100%成功するラブレターの書き方』

『恋愛強者になるために』


 今日のデートでの大胆な振る舞いも全てこれらの本からの受け売りだったのだろうか。私はノートを開いた。丁寧な字で《聖女に振り向かれなくても良いから、この世界にいて欲しい》と書いてある。そして、その為に何をするべきかを彼なりに思案した形跡が見られた。


(……。)


「ミーティア……それは……駄目だ。恥ずかしい……」


《特産物の名前を聖女の名前にする(?)→メリット、皆が聖女に親しみを持ってくれる。デメリット、聖女に値段を付けるようなのはけしからん》

《聖女の名前を冠した恋人のお祭りや記念日を作る!→メリット、皆が聖女を讃える。デメリット→私が聖女とまだ結ばれていないのに、カップル達の幸せそうな顔に耐えられる気がしない》


《国名変更! 聖女の居場所がこの世界だと思ってもらえるように、地名を変えてみる》


 レイモンドは、変な人だと思っていたけれど多分絶対に変だと思う。でも、彼が一生懸命に私のことを考えてくれていたことは素直に嬉しいと思う。私は拳を握りしめて、そして――レイモンドを包み込むようにして抱きしめた。


「ミーティア……!?」

「私の名前は本郷(ほんごう)星奈(せいな)。ミーティアはサクトが付けてくれた名前なんです。私、この世界でレイモンドと一緒に居たい、です」

「!」


 レイモンドは重いけど、この重さに私は耐えてみせる。


「だから、あのっ。こっち向いて?」

「あ、あぁ」


 私は信じられないという表情をしているレイモンドの顔引き寄せて、ほっぺたにキスをする。


《あれです。恋愛的な方向でいけるかいけないかはですね、キスとかして嫌だと思うかどうかでわかりますよ》


 サクトのアドバイス通りだ。


(嫌な感じはしない。というか、なんだろう。ドキドキして、駄目なやつ。これじゃ、私が惚れてるみたいじゃない!)


 私は真っ赤になった顔を隠すようにレイモンドのがっしりとした身体に顔を埋めた。


「まずはその、付き合って……みませんか?」


 返事を待つ。名前を明かしたからには元の世界には帰れない。だけれども、このまま進んでも良い気がしたのだ。


 返事はない。


(……?)


 気持ち、レイモンドの体重が私の方に寄りかかっている気がする。


(えっ!? 重い)


 私の身体は後ろの方に倒れていく。後ろにあるのは――


(ベッド!? だ、駄目だよその展開はまだ早いって!)


 私は足をバタバタさせて必死に抵抗する。やっとのことでレイモンドから抜け出した頃には汗でいっぱいだった。


(もう、なんなの!)


 私が何か言ってやろうとレイモンドの顔を見ると――


「………………眠るように気を失ってる」


 それはとても幸せそうな笑みだった。


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