VI 私の想いは
帰宅後。ベッドに寝転がりながら私は指輪を掲げる。結局、私は荷物を持って今の家に戻って来たのだ。一回ひねりが入っただけのシャープな指輪のデザインは、レイモンドとお揃いのペアリングらしい。
(貰ってしまった……)
私はプロポーズを受け入れたわけではないけれど、レイモンドから守護の魔法を掛けているから持っていて欲しいと言われて根負けしてしまった。
《聖女に今返事を貰おうとは考えていない。だが、私が君のことを一番に考えていることを知って欲しいんだ》
重い。重い重い重い。
そんな風に想いを寄せられて、私は一体どうしたらいいんだろう。私はそんなに良い相手じゃないのに。
二年前、魔王を倒してから沢山の人に私とレイモンドが結婚するんじゃないかって噂を流された。レイモンドのことを好きな人や、彼に憧れる人は沢山居たから、私は連日嫌がらせをされた。
《ごめんなさい、白い服は平民かと思って蹴ってしまったわ》
《あら、この世界の常識も知らないのに第二王子妃になんてなれるの?》
《よく見たら顔はイマイチね。戦いが終わったら元の世界に帰ったらいかが?》
仲間達や良識のある人達はこういった対応に怒ってくれたけれど、一部の女性には世界を救ったパーティーの一員であることと人気のあるレイモンドと結婚することはまた違うらしく嫌がらせは止まなかった。
レイモンドに相談しようとは思わなかった。
まだ私は彼のことを好きかどうかわからなかったし、魔王を倒した後の彼は国政のアレコレでとても忙しそうにしていたから。それに、本当に彼の隣に立てるような女の人は、自分で障害を突破するような人だと思ったから。
(でも……私は、結局自分の気持ちもハッキリさせないまま、疲れて、逃げちゃった)
そんな私にレイモンドの隣に立つ資格はないと思うのだ。
だって彼はいつだって国のためを思えて、戦うことだって出来て……カッコよくて……考えたら胸がキュッとなって……。
(私……もしかして……)
その時、古びた小屋の中に一筋の風が沸き起こった。光の魔法陣が空間を繋げる。私は思わず半身を起こした。
(! 神聖魔法!)
神聖魔法の魔法陣は術者ごとに異なる。この魔法陣には見覚えしかない。まばゆい光から現れたのは、高位の神官にしか許されない金の装飾の付いた白い神官服をまとった細めの二十代半ばの男だった。整った顔なのにいつも若干の疲れを隠せていないクマが彼の多忙さをよく表していた。
「ふぅ、婦女子の家に突然現れるようなことはしたくなかったのですが……。流れ星、元気にしていましたか?」
「サクト!」
彼の名はサクト=メメント。この世界における巨大宗教ソマリクリア教の司祭である。彼は銀色の長い髪を大きな三つ編みにしているのが特徴的で、髪の色と同じ銀の瞳をしている。
(そして彼は、私をこの世界に召喚した人)
彼は神聖魔法の中でも転移を得意とし、国王からの要請で秘術とされている異世界召喚魔法で私をこの世界に召喚したのだ。
(よく私、サクトに八つ当たりしてたよね……)
当時の私は突然お姉ちゃんや両親と引き離されて知らないところに連れてこられた不安を全てサクトにぶつけていた。《どうしてこんな世界に連れて来たの! 責任をとって!》と。根が真面目な彼は早々に私に元の世界に帰る手段がないことを告げ、私を大泣きさせるなどしたのだ。
本来は私を召喚したところでお役目は終わりだったはずなのに、魔王討伐までパーティーとして一緒についてきてくれた彼には感謝しかない。よって、私はサクトのことをかなり信頼しているのだ。
「あぁ、突然現れてお元気でしたかとかそう聞かれても困りますよね」
「元気にはしてたよ。サクトはこの二年間どうしてた?」
「どうもこうも。戦後処理で大変でしたよ」
そう言って、サクトは半ば愚痴のようにこの二年間のことを話し出した。サクトの所属する教会は第一王子派で、第二王子のレイモンドの派閥とどちらがこの国を継承するのか揉めていること。レイモンドはもう帰ってこないと誰もが思っていたのに、帰ってきたことで、国王がレイモンドを後継に指名したいと考えていること。板挟みになって胃が痛いこと。
(私が逃げている間も、ちゃんとサクトは現実に向き合っているんだ)
急に情けなくなってきた。サクトは弱音は多いけれど、きちんとやるべきことは出来る男なのだ。サクトは一通り話し終えると私にジャラジャラとした装身具を渡してきた。
「そんなことは良いのです。今日は貴方にこれを届けに来たのです」
細いチェーンのような金属に大きな魔石の付いたこれは――。
「指輪?」
「はい、これを嵌めると貴方を元の世界に帰すことが出来るのです」