V 恋人の設定
その後、風がないのに回り続ける魔法力風車を見たり、虹色の花畑を見たりと平穏な時間を過ごした。時々、心臓が音を立てて鳴ったけれど、それはきっと全部初めてのデートに舞い上がっているせい。
ベンチに座っている私に、レイモンドは青いしゅわしゅわのドリンクを持ってきてくれた。ドリンクに入っている透明な丸い実はふにふにしていて美味しい。これも私が話したタピオカドリンクの話を再現してくれているらしい。
(幸せを……感じてしまっている)
レイモンドは悪い人ではないし、どちらかと言えば魅力的で、何よりも私のことを大切にしてくれる。だからこそ、怖い。
(私は釣り合わないのに。好きになってしまったら困る)
そんな私の心の中も知らないで、レイモンドは悩ましい表情をしてドリンクを握っている。眉間の皺が洗濯板のようになっていて、私は思わず声をかけた。
「どうされました?」
「君が異世界に置いてきた恋人というのは、どのような相手なのだろうかと思って」
「恋人……?」
私はゆったり三十秒ほどフリーズして思い出した。
(しまった。そういう設定だった)
二年前王城で確かに私は「故郷に置いて来た恋人のことをしのぶ」みたいなことを言ったではないか。
本当は恋人なんていない。レイモンドから離れたくて、兎に角この世界の全てから隠れたくてついた嘘だった。
「聖女の心を射止めたとあれば、さぞかし素敵な人なのだろう。今日のデートはとても楽しかった! 楽しかったからこそ、私以外に聖女とこのような時間を過ごしたと思うと羨ましくて爆発しそうだ……」
一体何が爆発するのだろうか。
(頭?)
もう爆発していそうだ。
かと言って、今更「嘘でしたごめんなさい」とは言いづらい。国立公園を私の名前にしてしまう相手だからこそ、なんというか、非常に言いづらい。
「えっと。こういうデートは私もしたことがなくて。むしろ、その恋人というのは私の誇大妄想だったかもしれません!」
「誇大……妄想……?」
「えぇっと、なんいうか、その……」
「いや、大丈夫だ。聖女に気を遣わせるなどあってはならない。私が今日その相手を過去の男にするそう誓ってこの場に来ているのに弱音を吐いてしまった」
(重っ)
私は話題を変えようとベンチの横に立てられていた国立公園の地図の案内板を眺めた。この辺りは隣国との境になっていたはずだ。何か、何か違う話をするとっかかりはないかと視線を泳がせていると、気になることがあった。
「あれ? この地図、おかしくないですか? このアルカール国の記載も隣国のメルル国の記載もないし」
二年前の地図には確かにこの国立公園の近くは国境の太い線で区切られていたはずだ。
「あぁ、昨年隣国はこの国に併合されたんだ」
「え?」
レイモンドは何事もなかったかのようにサラリと重大事項を発表する。
「国名も変わって、今はこの国と隣国を併せてミーティア連合国という」
(なんて?)
「我が国の王族は国名を家名とする。つまり、今の私の名前はレイモンド=アルカールではなく、レイモンド=ミーティアなのだ。勿論、私が決めた」
最早何を言っているのかわからない。
「しかし、これは拙速だったかなと今では思っている」
(そうだよね、正気になって)
「君が私との結婚を受け入れてくれたとき、君の名前がミーティア=ミーティアになるのは非常にいただけない」
(気にするのそこか!)
私が引きこもっている間に色々やりすぎだと思う。それに。
「あれ、でもレイモンド様は私のこと名前で呼んだことありませんよね? いつも聖女って……」
「恥ずかしいからに決まっているだろう! だが、君が呼んで欲しいというのなら、いつだって君をミーティアと呼ぼう」
レイモンドは私の目の前に跪くと、小さな小箱を取り出した。
「ミーティア、結婚して欲しい」