IV 二人きりのデート
私は20年生きてきてデートなんてしたことがない。だから、当然のように繋がれる手には免疫はないし、隣に恋人のように立って歩かれるのも、デートだと言われるとドキドキしてしまう。
(そういえばレイモンドは今24歳だったっけ。こう見えて王子様だし、女慣れしててもおかしくないよね!?)
私の目線に気がついたレイモンドは私の考えを読んだかのようにこう言い出す。
「私は魔王が復活してからは戦に明け暮れていたから、こうして穏やかな時間を過ごせて嬉しいんだ」
魔王が復活した頃のレイモンドは16歳。そこから22歳になるまでずっと前線に居たり塔に居たりと慌ただしい日々を送っていたはず。
(いや、私。あれだけ避けてたのにレイモンドの恋愛遍歴が気になるとか、おかしいよ!?)
愛しの、とか心を射止めたい、とか言われて舞い上がっているのではないだろうか。そんな心はとっくに捨てた筈なのに。私は彼に幻滅するために情報を仕入れる。
「レイモンド様はこの二年はいかがお過ごしでしたか?」
「寂しかったぞ!!」
あの、そんな花畑の中心で大きな声で叫ばないでください。
「君が居なくて私はとても――はっ、聖女! 見てくれ!」
レイモンドは私の質問には答えずに、空を指差す。雲一つない真っ青な空には不思議な球体が浮かんでいた。
「シャボン玉……?」
しかも、かなり大きなシャボン玉だ。中には人が一人まるっと入っていて、空から花畑を鑑賞できるらしい。
「魔法で大きなシャボン玉の中に入れるんだ! いつか君が言っていた異世界のシャボン玉の話を再現してみた」
おそらく立ったまま大きなシャボン玉の中に入る話と、ウォーターバルーンの話が混ざっているのだと思う。そういえばレイモンドに異世界の話をして欲しいと言われたときに、昔家族で行ったテーマパークの話をしたのを思い出した。
(あ……でも、私の話、覚えててくれたんだ)
「さぁ、聖女も体験してみてくれ!」
あれよという間に私は列に並ばされ、魔法使いの杖の前に居た。魔法使いが優雅に杖を回すと、私の身体は透明な虹を抱える球体に包まれて宙に浮く。
「綺麗……」
どこまでも続く青い空に、青い花畑。
魔王を倒した後のこの世界はとても美しく、私はそんな世界に背を向けて引きこもっていたことを思い出す。
「こんなに綺麗な世界だったんだ」
元の世界に帰れないならばと、この世界のことを深く知ることを避けていた。本当はもっともっと、素敵なところがいっぱいあるはずなのに。
(あれ? これ、降りるときどうするんだろう?)
私が地上から五メートルくらいの地点でそのことに気がついたとき、シャボン玉は急にパチンと空中で弾けた。
「きゃっ」
(落ちる!!)
私が両目をきゅっと閉じたとき、下に立っていたレイモンドがお姫様抱っこをして受け止めてくれた。
「これは普段は係の人がキャッチするのだが、聖女のことは私が受け止めたくて……」
「ありがとうございます」
私を軽々と抱き上げるレイモンドに胸がきゅっとなったのは、きっと怖い思いをしたからだ。