II 国立公園の名前は
すみません、先程更新していた分が切れていたので足しました!
次の日。
私は旅装になって、山奥の小屋から街へと降り、更に隣町へと歩みを進めた。早朝から起きて荷物を運びながらの歩みであったため、私の肩も足もクタクタである。目指すのは住居を扱う、日本でいうところの不動産屋に値するお店屋さんだった。とはいえ、ここは異世界。契約さえすれば、住む家まで魔法でワープさせてくれるので、異世界様々である。
次々に出される新居(小屋)の候補に胸をワクワクさせながら新しい生活を想像する。絶景の孤島、温泉のある山奥。どれも胸が高鳴るロケーションだ。ふと、渡されたとある住居の情報に目が留まる。
「ネネネモフィラの傍の……家」
ネネネモフィラはネモフィラに似た青い美しい花である。魔王を倒す旅の途中、多くの土地を巡った中でも記憶に残っている。何故なら、レイモンドをパーティーメンバーに迎えたのはこの花畑だったからだ。
(あの頃のレイモンドは――確か命をかけて魔王軍を退ける結界を張っていたのよね)
魔王が居る間、この国の空は暗く閉ざされ、晴れた日であっても薄暗く、日差しを見ることはなかった。
第二王子レイモンド、彼は国を代表する剣士であった。魔王の復活から五年間も国境付近で魔王の軍勢を撃退していた彼は、とある戦いで利き手である右腕を失って戦えなくなってしまった。王子としての責務と国を思う気持ちから、彼は自らにまじないを掛け、この辺りの塔に籠り、血を代償に命が尽きるまで魔王の軍勢からこの国を守る結界を張っていたのである。
腹を左手で持った剣で突き刺し、眠るように固まった彼の姿を初めて見た時は、私はその覚悟に震える思いがした。
彼の血からは美しいネネネモフィラの花が咲き、この辺りはネネネモフィラに溢れていたが、彼が死ぬ時はこのネネネモフィラが全て枯れるだろうと国の魔術師が言っていたのも印象深い。
(それを私が聖女の力で結界を上書きした上で、命をかけたまじないを解いたのよね。その上、レイモンドの腕を治癒術で治して魔王と戦えるようにしたから、こう、結果的に命を救っちゃったみたいになって)
塔の上で一年の間も一人で国を守っていたレイモンドは、まじないが解けて事情を理解した途端、私に膝をついた。
《この命が尽きるまで、貴方様にお仕えいたします》
私は聖女という役目上、仕事でやっただけだ。レイモンドが何かしようとする度に私は辞退することにした。王子様に敬われるのは不敬だと思ったので、敬語もやめてもらった。
――その結果。
『聖女よ! この辺りでは珍しい木の実が採れるから、これを食べて欲しい!』
『聖女よ! 夜は冷える。さぁ、この外套を羽織って』
『聖女よ! 眠れないのなら話し相手になるぞ!』
(主人に付いてくる大型犬みたいに……なっちゃったのよね……)
レイモンドは顔が良いしそこそこ有能なのに、私に絡むとその全てを台無しにしてしまう。だから、私に関わらない方が良いのだ。
「……。」
私は被っていたベレー帽に触れる。
「すみません、この家にします」
「最近できた国立公園の傍だね。ここ、凄く良いところだよ」
おじいさん店員さんに話しかけると、トントン拍子に話が進んでいった。ガラスペンで羊皮紙の契約書に必要事項を記入していく。
「お嬢さん、流行りに乗っかった名前なんだね。聖女様と同じ名前だなんて」
「〜〜〜〜!!」
ミーティアは本名じゃないのに。こう言われると恥ずかしい。噂では魔王を倒したことで聖女にあやかってミーティアと名付けられた女の子が増えているらしい。
《本当の名前は名乗らなくて良いよ。もしかしたら元の世界に帰るときに必要になるかもしれないから》
私を召喚した神官は私に『流れる希望の星を捕まえた』という意味で「ミーティア」の名前を授けてくれた。だから、私はミーティアを名乗っているだけなのだ。
(なんかこの場所国立公園になってるし、国立公園の名前もミーティア国立公園ってなってるし、ミーティア国立公園のすぐ傍に住むミーティアってなんかちょっとアレだけど……!)
悶々とする私を放って、おじいさんはペラペラとセールストークをする。
「ミーティア国立公園は良いよ。最近整備された公園で、ネネネモフィラの花も綺麗だし、恋人の聖地だし、犬の散歩とかにもぴったり!」
「はぁ」
「まぁ、君には恋人の聖地は必要ないか。ところで、その部屋の狭さで足りるのかい? 二人で住むんだろう?」
「え?」
私は後ろを振り返る。何故か私の座っている椅子の後ろには、満面の笑顔の金髪の男が気配もなく立っていたのだ。勿論、彼である。
「レイモンド……さま?」
何故、ここにレイモンドが立っているのだろうか。