I 山奥の聖女
(うわぁ……)
一番会いたくない相手に会ってしまった。いや、でも、ワンチャン。ワンチャン、この方法が使えるのではないだろうか? 私は声を極限まで高くし、猫背気味で彼を見上げた。
「あの、人違いじゃありませんか……?」
私は聖女をやっていた頃とは見た目を大きく変えている。髪の毛は魔法でミルクティー色に変えて貰ったし、目の色もこの世界に多いチェスナットブラウンに変えて貰った。もし、パーティーのメンバーが私を見ても、一目では私だとわからないはずだったのだ。
「ぬ!? 人違い、だと!? 私としたことが愛しき人を見間違えるなど――大変失礼した。確かに髪の色と目の色は異なるが、その小鳥の囀りのような美しい声は私の想い人によく似ている。そのモモモモモモナの実は重いはず。さぁ、ここで会ったのも何かの縁。その荷物を運ぶのを手伝――」
「間に合ってます」
私は踊るようなステップで家の中に滑り込むと、にこやかにドアを閉めた。
(うわぁ……)
ドアに付いている丸窓に十字の格子から外の様子を伺う。一応、人違いなのは理解してもらえたのか、レイモンドは去っていったように見える。少しだけ、私の顔が赤いのは彼のことが好きなわけではない。動揺。そう、これはきっと動揺しているだけなのだ。
(愛しい人、とか今まで言われたことなかったんだけど、本当の本当に私のこと好きなんだ)
パーティーを組んでいたときから、レイモンドからは熱い視線を感じることはあった。休日には何度も買い出しに誘われたし(結局安全上の理由でパーティー全員で買い出しに行くことになった)、恋愛に絡んだお祭りである花祭りの時には告白である花の交換こそされなかったけれどなんかこう、ムズムズした感じの雰囲気になったし。
(いやいやいやいや。だから、ダメだって)
私はレイモンドとどうこうなりたいという欲求はないし、むしろ関わりたくない。レイモンド、顔は良いけどちょっと変だし、なんか重いし、第二王子だし。
《聖女よ、私を救ってくれた貴方のために、私はこの命を捧げたいのだ》
私はふと、レイモンドと初めて出会ったときのことを思い出しそうになって、記憶に蓋をした。そんな場合ではない。私はまだまだダラダラ、ぐーたらして聖女休暇を楽しむのだ。
その為にはレイモンドに住んでいるところを知られているのは非常にまずい。両手でパチンと顔を叩いた私は、こんな日のためにまとめておいた荷物を手に取る。
「引っ越そう」