Prologue
豪華絢爛なお城の中、魔王討伐の褒賞が与えられるというので、私はパーティーの皆と共に謁見の間に並んでいた。頭を垂れているので、カラスのように真っ黒な髪が緩やかな曲線を描いて地面に流れる。腰まである長い黒髪とは対照的な純白の法衣。この衣装とは今日で、きっと、お別れだ。
面を上げよという合図と共に、私は藍色の瞳を玉座に向ける。
「では、聖女ミーティアよ。何なりと願いを言うが良い」
私はこの時をずっと待っていた。
「国王様、魔王を倒したパーティーの皆様。この私、ミーティアが望むのは余暇でございます。故郷である異世界のことを想いながら、そして――」
言え、言うんだ。
私は一呼吸おいて大きな声を絞り出した。
「故郷に置いてきた恋人のことを想いながら、余生を過ごしたいと思います」
横並びになったパーティーの皆、特に右側の金髪碧眼の大型犬のような男から強い視線を感じる。でも、気になどするものか。
「どうか、これからの人生は辺境のお屋敷で誰とも顔を合わせることなく、心穏やかに過ごさせてくださいませ」
周囲のどよめき。奥に控えていた大臣が「十八の小娘が褒賞でねだるにしては余りにも枯れ過ぎている」と小声で呟いたのが聞こえたけれど、お前は後で足の小指を街路樹とかにぶつけろ。「こちらは国中の美男子を集めて一覧を用意していたのに!」といったのはこの世界を代表する仲人と呼ばれているなんちゃら夫人だったかもしれない。でも、もう全部全部どうでも良い。
(だって私はもう、疲れたんだよ)
一年前にこの世界に召喚されて、私は常に命の危険を感じながら戦って来た。一生分のストレスを感じたと言っても過言ではない。これ以上の重荷はもう背負いたくないんだ。
モジャ髭の王様は髭を撫でながら狼狽えている。
「聖女ミーティアよ……。急な異世界からの召喚にも関わらず、この世界のために尽力してくれたこと、感謝する。しかし、その願いは……」
「魔王を倒しても尚、私が元いた世界には帰れないとのことですものね。このささやかな願いすら叶えて貰えないのであれば、私は……もう……自害する他……」
私はありったけの演技力を使って涙を拭う仕草をする。
「ま、待て待て。待たれよ。うむ。わかった。その願い、叶えてしんぜよう」
王様は私を宥めると、誰にも新しい住居を教えないという約束で私に新しい生活を約束してくれた。
(やったーー!! これで引きこもりニート生活の始まりよ!)
*
そして、二年の月日が経過した。
この辺境での暮らしは快適だ。程良く温暖な気候。森に入れば果物が手に入り、必要なものがあれば遠くの小さな街で生活の品を手に入れることが出来る。ちなみに、謁見時には”お屋敷”と言っておいたが、後で”森の中の一軒家と大金”に変更させてもらった。
(まだお屋敷というお屋敷を訪ねて聖女を探している人達も居るらしいわね)
魔王を倒したことで私に興味のある人間は少なからず居るだろうと踏んでいたのだが、街に出るとまだ消えた聖女を探しているという話を聞いた。きっと、教会の象徴だの王国の英雄だのなんだのをさせたいに違いない。私はもう一生分頑張ったのだ。絶対にやってやるものか。
(それに、私の居場所をあの人に知られると面倒なことになる)
最初の家は三ヶ月で手放した。王が本当に約束を守ってくれるかわからなかったからだ。この家は三軒目だが、もうすぐ引っ越す予定である。いつ王の気が変わって私の家を彼にバラしてしまうかわからないからだ。だって彼は――。
私が森でモモに似たモモモモモモナの果実を収穫して家に帰ると、木造のこじんまりとした家屋のドアの前に一人の凛々しい男が立っていた。光沢のある金髪を風に靡かせながら瞑想するように目を閉じている。前の世界でいう自販機くらいの高い身長、目鼻のクッキリとした整った顔、そしてがっしりとした筋肉に私は見覚えしかない。
(えっ――)
一瞬、狼狽えてしまった。その私の仕草で男は目をカッと見開く。パーティーを組んでいた頃と変わらない大きな声で、私に尋ねたのだ。
「聖女よ!! そろそろ休みは終わったか!!」
やっぱり、追いかけて来た。
第二王子レイモンド。彼はきっと、私のことが好きなのだ。