死神が忍び寄る その3
「自分は25mくらい泳げるし、大丈夫。
足が届くプールなんか全然危なくないよ。」
そう信じ切っているアナタ。
果たしてそうなんでしょうか?
死神はその姿を現さずにふっと近づいてきて
恐怖の世界へといざなうようなのです。
体育大学を卒業して教師になりたかったけど
当時は熱血教師ドラマの影響らしく
希望者が溢れかえっていた。
1980年代中盤、今年の大阪府での
保健体育科の採用は2人、大阪市では1人、
というような状況で絶望的に狭き門だった。
毎年7月にある教員採用試験に
パスできないままいくつかの高校と
職業訓練校掛け持ちで、体育と保健の
非常勤講師として3年間勤務した。
バイトでスイミングコーチもしていた
ことから1つの高校では弱小水泳部の
顧問代理として指導を頼まれた。
(※※このZ高校でのハチャメチャで
アツい体験は「講師生活奮戦記」
シリーズに連載しましたあ)
赴任して2年目の夏の放課後、
3年の女子5人と2年の男子1人
(これで全員)を指導していた。
3年とは6つしか年が違わないし、
アホな冗談もよく言う俺は彼らに
なつかれていて、個人的な悩みを
相談されたり、家に呼ばれて
お母さんからゴハンをご馳走になったりで
信頼されているようだった。
一生懸命な彼らの泳ぐフォームがよくなって
少しずつタイムが上がって喜ぶ純粋な顔を
見ることでとても充実した気持ちになれた。
休憩時間に何mくらい潜水できるか?
という話になった。
俺が「25mはまあなんとかいけるよ。」
と答えると、みんなが
「エエーーッ! そんなん絶対でけへん!
先生いっぺんやってみてやあ。」
と言った。
「ああ、えーよ。
ほんならキミらあっちで待っとき。」
俺はプールの端に移動して、
反対側のゴール地点に集まった
彼らに向かって手を振る。
みんな日焼けした笑顔を輝かせて
手を振り返してくる。
青空に入道雲がもくもくと拡がっている。
ああ、夏やなあ。
「、、、よし、いくぞっ。」
すうううーーーーっ、、、。
呼吸を整えて肺いっぱいに空気を溜めると
ゆっくり体を沈めて壁を蹴った。
まさかこれからまたまたトンデモナイ体験を
することになるとは思いもせずに、、、、。
水中を平泳ぎで進んでいく。
5m、、、10m、、、
あれ? もう苦しくなってきたぞ。
なぜかいつもより早い。
15m-。
アカン。 苦しい。 なんかおかしいぞ。
まだ残りけっこうあるのに。
友達が相手なら
「今日はあかんかったなあ。」
と20mでギブアップするところだけど、
センセーである今は生徒らの手前
ここはなんとかやり遂げないと、、、。
ペースアップする。
、、、20m-。
ぐ、ぐ、ぐわあーっ! げ、限界やあ!
みんなの脚がすぐそこまで近づいてきてる。
「レオ先生! もうちょっとやあ!」
水の中まで声援が聞こえる。
もう死に物狂いでラストスパートをかける。
あと2m、、、1m、、着いたっ!!!
壁にタッチすると同時にガバッと
顔を上げて息を吸い込む、、、はずが!
喉から
「ヒイイイイイ!!!」
という聞いたことのない奇妙な音が
鳴るだけで空気がほとんど入ってこない。
エエエエエエーーーッ!!!?
ど、どういうことおーーー!!!?
く、苦しいいいっ!
もう1回息を吸おうとしても
また同じことになった。
マ、マ、マジかあっ!!!
生徒らは俺が目を見開いて
奇妙な声を出すのを見て
「まあーた先生ふざけて
何やってるんよおーっ! アハハハハ!」
と大笑いしている。
誰もこれが緊急事態だなんて
まったく思っていない。
突然予期せぬ危機に陥ってパニックになる。
ええ? うそ??
俺はこのままみんなが笑ってる前でまさか
し、死ぬのかっ???
も、も、もう1回や!
でもまたも息が吸えない!!
目の前で大笑いしている生徒らの姿が
現実離れした遠い存在のように感じる。
胸まで水に浸かった状態で絶対に
倒れ込まないように手足を開いて踏ん張る。
お、お、お、落ち着けっ!
やり方を変えるんや!
きっと慌てて勢いよく吸い込むから
気道がくっついて塞がってしまうんや。
「ゆっくり!
とにかくゆっっっくりやあ!」
次アカンかったらほんまのほんまに
もうアウトやあー。
もう苦しくって苦しくってたまらないけど、
まさに命懸けで意識集中してほんの少しずつ、
少しずつ慎重に息を吸い込んでいく。
い、いける、、、いける、、、、。
「ヒ、ヒ、、ヒ、、、ヒア、、ア、、
アアアアアアーーーっ!!!」
たたたたた助かったああああああああ!!!
さすがに異変に気付いた生徒らに
手のひらを向けて制しただけで、
あまりの苦しさと恐怖によるショックで
呼吸が落ち着くまではとても
しゃべる気にれなかった。
死神が忍び寄る その1で書いたように
8才で溺死寸前となり、またもこうして
プールでほとんど死にかけたというのに
なぜか水を避けるようになるわけでもなく、
講師を辞めた後は別のスイミングクラブで
正社員として2年間勤務したのであった。
今も5~9月はバイクで和歌山や奈良へ
川遊びをしに行く。
せせらぎの音を聴くと心が穏やかになり
シアワセを感じる。
きっと水は俺の友達のハズだ。