第89話 令嬢の呪いの正体
「ロレッタが魔術の儀式の影響で不安定な存在になってしまった、というマリアンデールさんの推察は当たっているよ。ただし正確には、ロレッタがいるのはこの世と天国だけじゃない。地獄にも同じように存在してしまっているんだ。あの子の魂の破片とでもいうべきものがね」
『初代セシル』は言った。
マリアンデールが険しい表情で尋ねる。
「それは確かなの?」
「この場でそれを証明する方法は無いな。だから信じて貰うしかない。ただ、ロレッタの事をずっと調べてくれていたマリアンデールさんなら思い当たる節もあるんじゃない? この館にいるあの子が不安定な原因は本来あるべきパーツが欠けているからだ、というのはもう気付いているんだろう?」
「………」
怪異たちが不安げにマリアンデールを見る。
マリアンデールは何も言わず額に手を当てて目を閉じた。
どうやら考えを整理しているようだ。
ただ全く反論する様子がないのを見ると、マリアンデールも『初代セシル』が話した内容に実際心当たりがあったのかもしれない、とセシルは思った。
つまり、ロレッタから分離したもう一人のロレッタが地獄にいるらしい、という話はそれなりに信憑性が高いようだ。
「……はあ。次から次へと衝撃の事実を並べられて、頭がパンクしそうだわ」
やがてマリアンデールは溜め息を付いた。
『初代セシル』がマリアンデールを気遣うように首を傾げる。
「少し休憩を取ろうか?」
「結構よ。それよりもあなたの今の話をとりあえず信じるとして、地獄にいるロレッタは現在どういう状態なの」
「他の泥に存在を悟られないよう、私の本体に取り込むような形で保護しているよ。あの子の魂には一切傷は付けていないし、いつでも私から分離させられる。だから受け取りに来てさえくれたらすぐにでも引き渡す用意は出来ている」
「引き渡す、だと?」
「そうさ。もう一人のロレッタを無事に地獄から連れ出す事が出来れば今の不安定な状態もきっと解決できる。あの子を元通りの普通の魂に戻して天に還してあげることも可能になるはずなんだ。私はその事を伝えるためにここへやって来たんだよ」
「それじゃあ、あなたが私たちに協力して欲しい事というのは……」
ウェンドリンが驚いた顔をする。
それに対して『初代セシル』は肯定するようにコクリと頷いた。
「地獄にいるもう一人のロレッタの回収さ。あの子を天国へ返すために手を貸して欲しいんだ」
その言葉を聞いた怪異たちがざわつき始めた。
ロレッタを救う事は自分たちの悲願でもあるとは言え、いきなり提案されて動揺しているようだ。
セシルも少なからず驚いていた。
そんな中でポールがおずおずと言った。
「でも、地獄へ取りに来いって言われてもどうすればいいの?」
アルベルトもポールの言葉に加えて言った。
「そうですね。封印の扉を開けなければ我々は地獄へは入れませんし、入れたとしても無事にあなたの本体の元へ辿り着くのは難しいでしょう。それに魂の回収というのは我々に可能なものなのですか?」
この世と地獄とは本来繋がってはいけないため、地獄への穴はどこも封印の扉で閉ざされている。
封印を解けば瘴気と泥が噴き出してくる以上簡単には開けられない。
そして、地獄の内部は大量の泥で溢れ返っている。
人間など普通の生き物に比べれば怪異は瘴気や泥に耐性があるとは言え、完全に影響が無い訳ではない。
長時間泥の中にいれば恐らく無事では済まないし、最悪の場合『ベレン』や『レイミナ』のように取り込まれて『この世ならざる者』と化してしまう可能性だって無いとは言い切れないのだ。
ロレッタの回収にしてもそうだ。
先程『初代セシル』は他の泥に気付かれないように保護していると言った。
逆に言えば下手にロレッタを動かせば周囲に存在を察知される危険があるという事だろう。
それではロレッタの元まで辿り着けても連れ帰るのは難しいように思える。
そもそも、先程から聞く感じではもう一人のロレッタは魂だけの状態で実体はないようだ。
そんな存在の回収など果たして可能なのか。
だがそういった懸念を投げ掛けられるのは『初代セシル』のほうも想定していたらしい。
アルベルトたちの言葉を頷きながら聞くと、慌てる様子もなく返事をした。
「もちろんその辺については考えているさ。とりあえず地獄への侵入と道中の安全確保、この二点に関してはもう障害は無いはずだ。そうだよね、マリアンデールさん」
「……そうね。その二つを解決する方法なら私も知っているわ」
「魔女さま、そんな事まで出来たの?」
三兄弟の末っ子、タガーが目を丸くする。
マリアンデールはどこか沈んだ声で言った。
「ええ。扉の封印を解かずに地獄とこの世を行き来できるようにして、尚且つ泥や瘴気の影響を遮断すればいいって事だからね。まあ再現は出来ると思うわ」
「再現?」
不自然な言い回しにセシルは怪訝な顔をした。
しかしマリアンデールは軽く首を横に振る。
「詳しい話は後で説明する。それよりも問題なのはそれ以外の点よ。ロレッタの魂の回収というのは具体的にどうやるつもりなの? まさかあなたの本体ごと地獄から運び出せと?」
「まさか。私は地獄から出るつもりは無いよ。何しろ本体はこれだからね、身の程は弁えているさ」
『初代セシル』は泥のセシルをポンポン叩きながら困った顔で笑う。
現在は魔術によって再現された姿なので無害だが、ロレッタを守る意思があるらしいとはいえ『初代セシル』も『この世ならざる者』には違いないのだ。
地獄から外に出せば瘴気を発生させて被害をもたらしてしまうから出す訳にはいかない。
本人もそれは十分自覚しているらしい。
「それならどうやって回収しろと?」
マリアンデールがさらに尋ねると、『初代セシル』はセシルのほうへ振り向いた。
「セシル君を寄こして貰えばいい」
「オレを?」
「君のその人形の身体は魔術の暴走の影響で『この世ならざる者』である私を格納するように作り替えられている。だからこそ私の手を離れてから『魂の交換』なんておかしな現象を引き起こすようになってしまったんだけどね。……まあそれはさておき、『この世ならざる者』というのは地獄の泥、つまり穢れた魂の集合体なんだ。基本的な性質的には普通の魂とさほど変わらない。だからその身体は魂を収納して運ぶにはうってつけなんだよ」
「セシルの中にロレッタ嬢ちゃんの魂を突っ込んで地獄から運び出すという事か」
「その通りさ、リンゲンさん」
『初代セシル』は頷いた。
ウェンドリンが言った。
「それは大丈夫なの? 今の人形の中にはセシルの魂が入っているのよ? そこへさらにロレッタの魂まで入れたりして何か影響が出たりしない?」
「容量的には全く問題無いよ。少なくとも私から提案できる救出方法の中ではこれが一番安全だと思う」
「オレが地獄へ行って、この身体の中にロレッタさんの魂を入れて戻ってくればいいって事か……」
セシルは自分の身体を見つめた。
突然重要な役を頼まれたためさすがに一抹の不安を覚えた。
だがこれまでの言動から考えるに、『初代セシル』がロレッタを守ることを最優先にするというのは嘘ではないようだった。
それならこの方法もきっと問題は無いのだろう。
「……さて、そろそろ私は退場の時間のようだ」
唐突に『初代セシル』が言った。
セシルが驚いて顔を上げる。
「もう?」
「ああ。とりあえずこちらが伝えたかった情報は全て提供できた。あとは皆さんでどうするか決めて欲しい。もし私の案を受けてくれるなら実行する時また私を呼んでくれ。喜んで地獄を案内させてもらうよ」
『初代セシル』はセシルやマリアンデール、それから他の怪異たちをぐるりと見回した。
そして現れた時と同様に、戸惑う一同を残して煙のように消えてしまった。




