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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第3部 第2章 人形の謎

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第87話 毒薬は口に苦し

 その場にいた全員がギョッとしてセシルを見る。

 マリアンデールが言った。


「ちょっと待って。これを飲むって、正気?」

「そこまで驚く事か?」

「そりゃそうでしょ。作った私が言うのもなんだけど、見た目これ地獄の泥そのまんまよ? しかも動くのよ?」


 マリアンデールは薬瓶を指差す。

 それに反応したのか、瓶の中の黒い液体は激しく波打ち始めた。

 だがセシルは顔色一つ変えずに答える。


「問題ないよ。地獄の泥なら模造品どころか本物を口に入れた事あるんだし」

「でも……」

「それに、飲みやすくするための改良がいらなくなるならマリアンデールさんだって楽になるだろ?」

「それはまあそうだけど……」


 マリアンデールが言い淀む。

 すると今度はウェンドリンが心配顔で言った。


「セシル、無理してない? 私たちに気を使ってるとかだったら別に無理に飲まなくてもいいのよ?」


 しかしそれに対してもセシルは首を横に振る。


「別に気を使ってなんかいないよ。いや、気を使ってない訳じゃないけど、どちらかと言うとオレのほうがさっさと飲みたいからさ」

「セシルが?」

「だって薬が改良されるまで待つとなったら、それまでずっと『初代セシル』を本当に呼び出せるのかとか色々気にし続けなきゃいけなくなるだろ? そんな思いをするくらいなら今すぐこの場で疑問を解消しておきたいし」


 この薬を飲めば『初代セシル』を呼び出せる、というのは別に確定事項ではない。

 なんなら地獄の泥を摂取すればいいのではないかという時点から推測でしかない。

 全て状況証拠から組み上げられたただの仮説なのだ。


 ここから半年かけて改良版を作っても、実際に試したら何の意味も無かった、という結果に終わってしまう可能性だってある。

 だから、問題となる障壁が味だけなのであれば今すぐ試したい、半年も悶々としたくない、というのがセシルの言い分だった。


 そしてマリアンデールが許可を出せばセシルは本当にこの気味の悪い液体を飲むだろう。

 今のセシルはそういうセシルなのだ。

 マリアンデールは諦めたように溜め息をついた。


「一応、試作品の段階で話を持ってきたのは、あなたたちに気持ちの整理を付ける時間を与えたかったというのもあったんだけどね。なにしろロレッタに関わる話だから」


 そこで一旦言葉を切ると、怪異たちを見回す。


「でもセシルにこうもあっさり覚悟を決められたらどうしようもないわ。みんなはどう? 異論が出ないようなら今からセシルにこの薬を試して貰おうと思うのだけれど、それで構わないかしら」


 他の怪異たちから反論は出なかった。

 大半は呆気に取られて言葉を失っていただけに見えなくも無かったが……。



 ※ ※ ※



 こうして急遽『初代セシル』の召喚実験が始められる事となった。

 といっても場所はダイニングのままで、ほとんど何も変わっていない。

 先程までとの違いと言えば薬瓶がセシルの前に移動したことと、足元にバケツが用意されたことくらいだった。


「いい? その薬、本物の泥のような毒性は無いけれどまだ飲むのを想定した調整なんかは全くしていない。だから酷い味でしょうし、想定外の反応が起こる可能性も絶対にないとは言い切れない。何かおかしいと感じたらすぐに吐き出すのよ。わかったわね?」

「うん、わかってる」


 マリアンデールの何度目にもなる念押しにセシルは頷いた。

 それから薬瓶を手に取ると、瓶の中の液体は傾けてもいないのにセシル側に寄って来る。

 明らかにセシルに反応して動いていた。


 だがセシルは気にする様子もなく封を切り、栓を抜いた。

 そしてマリアンデールや怪異たちが見守る中、躊躇いもなく瓶を傾けた。

 ドロリとした黒い液体がセシルの口の中へ流れ込んでいく。


「本当に飲んでる……」

「……凄い」

「セシルかっこいい」


 三兄弟が呟く。

 格好良いかはともかく、セシルはそのまま薬を飲み干した。

 それから眉間に皺を寄せながら瓶を無言でテーブルに置く。

 アルベルトが心配そうに尋ねた。


「セシルさん、お身体の方は問題ありませんか?」

「うん、大丈夫そう。……地獄の泥の味がしっかり再現されてて死ぬほど不味かったけど」


 セシルは苦渋の表情を浮かべながら答えた。

 しかめっ面になり過ぎて顔のパーツが中央に寄ってしまっている。

 ウェンドリンが持って来てくれたコップの水で一息つくと、セシルはマリアンデールに言った。


「そしたらこの後は複製召喚を試してみればいいのかな」

「そうね。『初代セシル』が現れるか確認して貰える?」

「わかった」


 セシルはマリアンデールから青いブローチを受け取った。


 複製召喚。

 使用者の大量の魔力と引き換えに縁の深い者のコピーを作り出す事ができる疑似的な召喚魔術。

 この青いブローチにはその術式が組み込まれているのである。


 セシルはブローチを胸元に付けると、それを手で軽く押さえた。

 そして静かに目を閉じる。


 複製召喚を行うためにはまずその対象を強く思い浮かべる必要がある。

 召喚したい対象の姿、性格、思い出……その対象に関係する事だけをひたすら考えるのだ。


 そうやってしばらくの間集中していると、次第に心の中にうっすらとしたシルエットが浮かび上がって来る。

 これが召喚の第一歩である。


 今回セシルの心の中に浮かび上がって来たのは呪いの館の関係者たちだった。

 魔女マリアンデールと、セシル以外の怪異たち。

 そして――。


「……出てきた。あいつだ」


 セシルは目を閉じたまま言った。

 マリアンデールや怪異たちに交じって、人形のセシルの姿が浮かび上がっていた。


 複製召喚では死者や使用者本人は召喚対象に選べない。心の中に浮かんでくることも無い。

 つまりこの人形は間違いなくセシルではないセシル――『初代セシル』だろう。


 マリアンデールが緊張した様子で言った。


「上手く行ったって事ね。それじゃセシル、一度中断して貰える? 召喚可能と分かっただけで十分な成果だし、実際に呼び出すのは休憩を取ったあと十分に魔力を補充してからにしましょう」

「そうだね」


 必要となる魔力が足りなければ対象を万全の状態で召喚できない。

 それでは不都合が生じる可能性がある。


 セシルは複製召喚の魔術を解除しようとした。

 ところがその矢先、セシルの身体が淡い赤い光を放ち始めた。

 セシルの魔力が許容量を超えるほど飽和した時に現れる現象だった。


 ウェンドリンが戸惑いの声を上げる。


「ちょっと、どうしてセシル光り出してるの?」

「え、オレ光ってる? 何でだ? 今日はまだつまみ食いもしてないのに」


 召喚魔術の途中のため目を開けないセシルが慌てながら言う。

 マリアンデールも驚いた顔をしたが、やがて思い当たったように言った。


「ああそうか。薬の原料が謎肉だから身体に吸収されると魔力に変換されるのね。考えてみれば当たり前の反応ではあるけどこんな風になるのか」

「じゃあ特に問題は無いのか」

「ええ、恐らく。魔力の増加量もそこまで異常でもなさそうだしね」


 マリアンデールは胸を撫で下ろしながら答えた。

 試作品をいきなり飲ませる危険性に今更ながら気付いてすっかり肝が冷えているようだった。

 ところが気持ちを落ち着ける前にセシルが言う。


「魔力が増えたのなら丁度いいし、このままあいつを複製召喚してみてもいいかな」


 マリアンデールは迷った。

 セシルの思い切りの良さの影響で計画がどんどん前倒しになっている。


 しかし、『初代セシル』を召喚できた後の対応はそれなりに考えてある。

 それにどちらにせよ、飽和してしまったセシルの魔力も消化する必要があるのだ。


「そうね、試しに呼び出して貰っていいかしら」

「わかった、やってみる」


 セシルは再び集中し、意識を心の中に向けた。

 やがてセシルを包んでいた魔力の光がブローチに集まり、ブローチが強い光を放ったかと思うと、ブローチから青い光の塊が飛び出した。


 光の塊は床に転がり、飴細工のように変形し始める。

 球形が細長くなり、頭と胴体に別れ、髪と手足が生え、各パーツが細かいディテールを成型していく。


「セシルだ……」


 ポールがポツリと呟いた。


 それは確かにセシルそっくりの姿をしていた。

 赤いドレスを身にまとった、翠の眼にブラウンのショートヘアの人形。


 複製召喚が完了し、全身を包んでいた光が消え去ると、召喚された人形は興味深げにその場の一同を眺めた。

 それからスカートの裾を持ち、恭しく挨拶をした。


「お招きいただきありがとうございます。いやあ、まさかこんなに早く皆さんに会えるとは思わなかった」


 姿はセシルそのものだが、雰囲気はまるで異なっている。

 戸惑いと警戒を浮かべる怪異たちに対し、人形は感情の読み取れない微笑みを浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初代セシルも現代セシルがゲテモノ食いって分からないなら、あんな物(やべー薬)をすぐ飲むとは思わなかっただろうな……
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