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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第3部 第1章 呪いの館の日常

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第84話 黄昏の魔女

 太陽もそろそろ沈もうかという夕暮れ時。

 人里離れた山の奥深く、草木の生い茂った獣道すらない場所に、一人の女がぽつんと立っていた。


 女は見たところ二十歳くらい。

 銀色の長い髪に赤い瞳、白い肌。

 露出の高い黒のドレスを身にまとい、左手には赤い宝石が埋め込まれた杖を握っている。


 およそこんな山奥まで入って来られるような服装ではないし、そもそも若い女がこんな所に一人でいるのは少々奇妙ではあった。

 だが、それもそのはず。この女は普通の人間ではない。


 彼女の名はマリアンデール。

 人智を超えた力を操ることが出来る、魔女と呼ばれる存在だった。


「……よし、ここも異常無いわね」


 マリアンデールは軽く上げていた手を下ろすと、安心したように息を吐きながら言った。

 彼女の目の前には巨大な扉があった。


 右も左も自然に囲まれたこんな山の中には不自然な、人工的で巨大な分厚い扉。

 しかもその扉は何の支えも無いというのに倒れないどころか宙に浮かんでおり、微動だにしていなかった。


 この扉は『封印の扉』と呼ばれる物だった。

 大昔、ある人間が偶然魔術に目覚め、暴走し、地獄と呼ばれる異空間へ繋がる穴を開けてしまった。

 その穴を塞ぐために魔術で作り出した強固な蓋。それがこの封印の扉だ。


 封印の扉はここだけでなく世界各地に点在しており、マリアンデールは『神』と呼ばれる存在からその扉のほとんどの管理を任されていた。

 今こうしてこの扉の前に来ていたのも定期的な見回りのためだ。


 扉に異常が見つからなかったのを確認すると、マリアンデールは静かに呪文を詠唱し始めた。

 それに従って封印の扉が透明になっていき、やがて完全に見えなくなる。

 認識を阻害する魔術である。


 詠唱を終えるとマリアンデールは手にした杖を軽く振った。

 すると周囲の草木が動物のように移動し、封印の扉があった場所を覆い隠してしまう。


 本来ならば認識阻害の魔術を掛けておけばわざわざ草木で隠す必要は無い。

 だが、この扉は昔うっかり魔術を掛け忘れたせいで人に見られたことがあった。

 そのため何となく他の扉よりも念入りに隠蔽するのが習慣になっていた。


 まあ何はともあれ、点検が必要だった扉はこれで最後。

 今回の定期点検巡回も終わりだ。


「それじゃ、さっさと帰るとしますか」


 マリアンデールは再び杖を振った。

 今度はマリアンデールの周囲の空間が水面のようにうねり始めた。

 次第に彼女の姿も同様に溶け、おぼろげになっていく。


 マリアンデールが得意とする空間転移の魔術。

 空間に干渉することで一時的に穴を開け、長距離を瞬時に移動する高度な術式だ。


 空間のうねりはやがて治まった。

 そしてそこには既にマリアンデールの姿は無かった。

 周囲の草木は何事も無かったように風に揺れてさらさらと音を立てた。



 ※ ※ ※



 マリアンデールが移動した先は、一見しただけでは廃屋のような小屋の前だった。

 先程まで居たのとは別の山の奥地にある、入り組んだ岩場の先に建てられた小さな小屋だ。

 ここがマリアンデールが拠点として使用している家だった。


 見た目はみすぼらしいが、それは外観を魔術により偽装しているだけ。

 実際はそれなりの広さのある建物である。

 その上に認識阻害の魔術も重ね掛けしているから他の人間が誤って入ってくるような心配もない。


 鍵を開けて扉を開けると十分な奥行きがあり、また造りも近代的でしっかりしている。

 生活に必要最低限な物しか置かれていないせいで室内はやや殺風景に感じなくもないが、どうせ寝るためだけに帰って来るような場所なため本人は気にしていない。


「はあ、疲れた……」


 マリアンデールは手にしていた杖を机の傍の壁に立て掛けると、うーん、と思い切り身体を伸ばした。

 それから台所の棚の菓子類を適当に摘まんだ後、部屋を出て風呂へ向かった。

 そしてのんびり入浴を楽しむと、バスタオル一枚の姿で戻って来て水を一杯飲み、そのまま着替えもせずベッドにゴロンと横になる。


 ここまでがこの家に戻って来たとき行う行動の大体の流れである。

 どうせ誰も見ていないのだから思い切りだらけてやるのだ。


「さて、そろそろご飯の準備しないとな……」


 マリアンデールは呟いた。

 しかし身体は一向に起き上がろうとしない。


 どうやら食欲を満たすよりももう少し休んでいたいらしい。

 思えば、ここ最近ずっと食事も睡眠も碌に取らず動き回っていたのだ。

 それなら仕方ない。あとちょっとだけこのまま横になっておこう。


 マリアンデールはそれからしばらく死んだ魚のような目でボーっとしていた。

 何もしない時間というのはどうしてこんなに幸せを感じるのだろう。

 こんな時間が永遠に続けばいいのに……。


 だが、そんな時間は長くは続かなかった。

 ふと机の上に置かれた瓶に目が留まったのだ。


 厳重な封を施された、黒い色の液体入りの瓶だった。

 この半年、マリアンデールが仕事の合間を縫って試作を繰り返していた調合薬。

 セシルが『初代セシル』を召喚できるようにするための薬である。


 まだ実用できる段階には程遠いが、とりあえずの形にはすることは出来た。

 そろそろ呪いの館の怪異たちに今後の方針を話しておくべきかもしれない。

 マリアンデールはそう思った。


 『ベレン』や『レイミナ』を撃退して以降は大きな騒動は起きていない。

 だから半年前の騒動の際に現れたという『初代セシル』については、気になりはするものの本来そこまで急いで調べる必要はない。


 ただ、『初代セシル』という者の正体がマリアンデールの推測通りであれば、それはセシルだけでなく他の怪異たちにとっても重要である可能性が高いのだ。

 だからこそ、これまで迂闊な事は話せなかったのだが。


「……思い立ったが吉日、か」


 ちょうど時間に余裕があるんだし、今の内に済ませておくのも良いか。

 マリアンデールはベッドから起き上がった。

 基本的に今やれる事を後回しにすると気持ち悪くなる性分なのだ。


 それまでの鈍重さが嘘のようにテキパキと身支度を済ませると、マリアンデールは立て掛けていた杖を手に取り、転移魔術で呪いの館へと移動して行った。

 結局ほとんど休みらしい休みを取らない束の間の帰宅だった。

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[良い点] マリアンデール、お前休め……(白目)
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