第9話 撃退チュートリアル
「お、おい、本当に大丈夫なのか……?」
「なんだよお前今更ビビってんのか? 化け物が出るなんてただの噂に決まってんだろうが」
「そうそう。むしろ誰も近寄らねえんなら意外なお宝が眠ってるかもしれねえぜ?」
館の玄関を開けて入ってきたのは三人組の男だった。
背が高い猫背な男に、小柄で小太りな男、それから中肉中背だが前歯が一本欠けている男。
三人はそれぞれ手にランタンを持ち、薄暗いエントランスの様子を窺っていた。
猫背な男は不安げな表情を浮かべ、逆に小太りな男は余裕を浮かべたニタニタ顔をしている。
前歯の欠けた男も小太りな男と同じような笑みを浮かべてはいたが、こちらはどうやら虚勢を張っているだけのようだ。目や口元を僅かに引きつらせ、せわしなくランタンを動かして周囲をしきりに気にしていた。
この三人の男たちは冒険者だった。
冒険者というのは、定職を持たず気が向いた時にだけ依頼をこなして日銭を稼いでいるような人間の総称。
依頼の内容は商隊が移動する際の護衛、賞金を懸けられた逃亡犯の捜索、未開の地や新たに発見された遺跡などの立ち入り調査など多岐に渡り、大抵どれも危険を伴うものが多い。
そういった依頼の性質上、この職に就く人間には荒くれ者が多かった。
そしてこの三人組は今回、誰かから依頼を受けている訳ではなかった。
酒場で他の冒険者からたまたまこの館のことを聞き、興味を持ったのだ。
恐ろしい『呪いの館』へ行ったとなれば豪胆さを買われて今後の冒険者仕事にも箔が付くかもしれないし、少なくとも話のタネにはなる。
……それに、ひょっとしたらいくらか遊んで暮らせるくらいの金品が手に入るかもしれない。
そんな安易な皮算用のもと、酔った勢いのままにここまでやって来てしまったのであった。
「それでこれからどうするんだ?」
猫背な男が心配そうな顔で小太りな男に聞いた。
どうやら猫背な男は早くもここへ来たことを後悔しているようだった。
小太りな男は少し考えてから言った。
「そうだな、とりあえず手分けして適当に部屋を漁って行こうぜ」
「て、手分けって別々に行動するのか!?」
「当り前だろ。こんなでかい建物、まとまって調べて行ったらどれだけ掛かると思ってるんだ」
「それは確かにそうだけどさ……」
上手い反論が思い付かず、猫背な男の顔が青ざめていく。
すると前歯の欠けた男が助け舟を出した。
「俺も別行動は止めたほうがいいと思うぜ。ここに来る前に決めただろ? 見つけた宝は山分けにするって。別々に行動したらこっそりくすねてもわからねえじゃねえか」
山分けの事を口にしたのはただの建前だろう。
表情からするとどうやらこの男も一人で歩き回るのは怖いらしい。
しかしあいにくそれは伝わらなかったらしく、小太りな男は真顔でジロリと前歯の欠けた男を睨んだ。
「なんだ? お前は俺が金目の物ちょろまかしたくて別行動提案してるって言いたいのか?」
「い、いやそうじゃなくてだな……」
小太りな男の剣幕に前歯の欠けた男は思わずたじろいだ。
この男は頭に血が上ると手が付けられなくなるのだ。
だが、そんな険悪なムードの中で不意に聞きなれない声がした。
「悪いが、ここにはお前らのような連中が求めるようなもんは何もないぞ」
三人の男はその声に驚き反射的に身構えた。
互いに背を合わせるように立って辺りをカンテラを高く掲げる。
しかし自分たち以外にはエントランスには誰もいない。
「な、なんだよ今の声……」
「どこかに隠れてるのか?」
「おい! 誰だか知らねえがコソコソしてんじゃねえぞ! 姿を見せやがれ!」
するとまた声が聞こえた。
「誰も隠れてなどおらんわい。目の前におるじゃろうが」
前歯の欠けた男がハッとしてランタンを向けると、足元に何かがいた。
それは男だった。
頭の天辺が禿げ上がり、もじゃもじゃの髭を貯えた屈強な体格の男。
ただし、小さい。
鼠ほどの大きさしかない。
ありえないほど小さな男だった。
ひっ、と猫背な男が短い悲鳴を上げて飛びずさる。
小太りな男と前歯の欠けた男もギョッと目を見張ったが、小太りな男は相手が小人一人だと気付くとやがて余裕ぶって口端を吊り上げた。
「これがこの館の怪異って奴か」
「そ、そうみたいだな……」
前歯の欠けた男が小人を見つめながらコクコク頷く。
小太りな男は思い付いたように言った。
「本当に出るとは思わなかったが、てんで弱そうじゃねえか。なあ、こいつを捕まえようぜ」
「な、何言ってんだお前。呪われるかもしれねえぞ」
「そんなビビるなよ。どうせこんなちっこいの一匹なら大したことねえさ。それにこんな珍しい奴、見世物小屋にでも持って行けばきっと高く売れるぜ?」
「………」
金の話を聞いて前歯の欠けた男の目から恐怖が若干薄らいだ。
確かに言われてみれば軽く握っただけで潰せそうな小人一匹。そこまで恐れることはなさそうだ。
捕まえて持ち帰れば、間違いなく大金になる。
前歯の欠けた男はゴクリと喉を鳴らすと、小人が逃げられないようじりじりと背後のほうへ回った。
小人はそんな様子を黙って見つめていたが、やがてやれやれと首を振った。
「見た目でしか相手を判断できん馬鹿どもとはな。つくづく救いようが無い」
「なんだと?」
「違うのか? ならばこれでも同じ顔をしていられるかな」
小人はそう言うと胸を張り大きく息を吸い込み始めた。
すると小人の身体がみるみる膨らみ巨大化していく。
男たちの背丈をあっという間に追い抜き、気付けばエントランスの天井に頭が届きそうなほどの巨体に変わってしまった。
「………」
三人組はただ口をあんぐり開けて小人だった巨人を見上げた。
前歯の欠けた男の手からランタンが滑り落ち、床でガシャンと割れた。
「おい、気をつけろ。火事になったらどうする」
巨人の足がランタンを踏み潰した。
その衝撃でエントランス全体がズシンと揺れる。
足を戻すと、そこには火が消えてぺちゃんこに潰れたランタンの残骸が転がっていた。
三人組は頭の理解が追い付かずその場に棒立ちになった。
巨人はそんな三人組をしげしげと眺めていたが、やがてニタリと笑みを浮かべた。
「そういえばお前たち言っていたな、わしを見世物小屋に売るとかなんとか。ならばわしがお前らを捕まえて喰っても文句は言うまいな?」
言うが早いか巨人は小太りな男へ手を伸ばした。
「なっ!? ちょ、ちょっと待て!」
小太りな男は面食らいながらも捕まる間際に跳んでその手から逃れた。
ゴロゴロと転がり、大急ぎで起き上がる。顔を上げると巨人がさらに腕を伸ばして来るのが見えた。
「ええい、うろちょろするな」
「ひぃっ!」
小太りな男はなんとか逃げ延びようと必死の形相で館の奥へと駆けだした。
猫背な男も悲鳴を上げてその後に続いた。
「ま、待ってくれ!」
前歯の欠けた男も後を追おうとしたが、あまりに慌てていたために足がもつれてその場に倒れた。
慌てて立ち上がろうとしたところ、突然辺りが暗くなると同時に背中を押さえつけられて動けなくなった。
巨人の足に踏みつけられているのだと気付くのに時間は掛からなかった。
必死にもがいて抜け出そうとする前歯の欠けた男の目に、ぺちゃんこに潰れたランタンの残骸が映る。
前歯の欠けた男は半狂乱になって叫んだ。
「や、止めて、助けて! ゆ、許して下さいいいぃぃ!!」
しかし巨人は呆れたように言う。
「往生際が悪いな。今更後悔してももう遅い、諦めろ」
圧迫感が強くなる。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
前歯の欠けた男は館中に響き渡るほどの悲鳴を上げた。
そしてそのまま白目を剥いて気を失った。
※ ※ ※
必死で廊下を走る二人にも前歯の欠けた男の悲鳴は届いた。
「あいつの声だ。あいつどうなったんだ」
「知るか! それよりさっさと逃げるんだよ!」
背後から地響きが近付いてくる。
あの巨人が追ってきているのだ。
どうする? どうすりゃいい?
小太りな男は走り続けながら必死で辺りを見回した。
すると猫背な男が叫ぶように言った。
「お、おい、あれ!」
猫背な男が指し示したのは二人が進んでいる方向に並んでいる部屋のうちの一つだった。
その部屋の扉が僅かに開いているのだ。
これ幸い、と二人はその部屋に飛び込み即座に扉を閉めた。
「ざ、ざまあ見やがれデカブツが! お前のその図体じゃここには入って来れねえだろ!」
小太りな男は扉に向かって罵った。
そんな事をしても何の意味もないのはわかっていたが、興奮状態のために自分でも何がしたいのかわかっていない。
猫背な男はそんな小太りの男を横目に見ながら額の汗を拭った。
それから部屋の中へ目を向けて――。
「ひゃああぁっ!?」
猫背な男が悲鳴を上げたので小太りな男はギョッとして振り返った。
「な、何だ、いきなり大声上げんじゃねえ!」
「あれ……あれ、あ、あれ……」
猫背な男は口をパクパクさせながら部屋の中央を指差していた。
小太りな男はその様子に嫌な予感を覚えたが、ゆっくりとそちらへ顔を向け――思わず自分も声を上げそうになった。
部屋の中央に、女の首吊り死体があった。
頭は下を向き、だらりと垂れた長い髪に隠れて顔はわからない。
ただ着衣はズタズタに引き裂かれ、女を吊るす紐は赤黒い血でまだら模様に汚れていた。
恐らく自分の意志で首を吊ったのではなく、悲惨な目に遭った挙句何者かに殺されたのだ。
ただ奇妙なのは、その女の死体の状態がやけに新しく見えることだった。
長年放置されていた館と聞いていたのに、女の身体はどこも朽ちている様子はなく、室内には腐臭もない。死体の足元に汚物も溜まっていない。
まるでついさっき吊るされたばかりであるかのようだ。
「に、逃げよう。早くここから出よう」
猫背な男が半泣きで言った。
だが小太りな男は扉を遮るように立った。
「馬鹿言うな、外にはまだあのデカブツがいるんだぞ!」
すると、声がした。
「あら、もう行っちゃうの?」
若い女の声だった。
同時に、ギシ……と音がした。
ロープが軋む音。
二人の男は顔を見合わせたまま硬直した。
聞き間違いであって欲しい、と願った。
しかしそうではなかった。
「急ぐ必要なんて無いじゃない。もっと私と一緒にいましょう?」
先程よりもはっきりと女の声が聞こえた。
二人は錆びた扉のように小刻みに首を回し、女の死体のほうへ顔を向けた。
「やっと私をほうを見てくれたわね。嬉しいわ」
死んでいるはずの女が頭をもたげ、二人を見つめていた。
顔には不気味な笑みを浮かべている。
「ほら、あなたたちの分もあるの。好きなのを選ばせてあげるからずっと一緒にいましょう?」
女はそう言うとケタケタと笑いだした。
同時に天井から十数本の紐が降ってきて蛇のように揺れた。
それらの紐の先には絞首刑用の輪が結ばれていた。
「………」
猫背な男は気を失い、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
小太りな男は悲鳴を上げて部屋を飛び出した。