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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第3部 第1章 呪いの館の日常

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第82話 よくある決着

 ここは館のどの辺りなのだろう。

 コートの男は廊下を足早に進みながら周囲を見回した。

 化け物どもを振り切るのに必死だったため、自分が今どこにいるのか分からなくなってしまった。


 とりあえず、食器と巨人が再び追いかけてくるような気配は無い。

 諦めてくれたのかは知らないが、お陰でコートの男も多少は冷静さを取り戻していた。

 あとは出口を見付けてこの館からさっさと脱出したいのだが……。


 どうやら太陽は完全に沈んでしまったらしく、一定の間隔おきに配置されている窓の外はどれも真っ暗だった。

 ガラスの窓のようだから割れば外に出られそうな気もしたが、出来ればあまり大きな音は立てたくない。

 割れた音を聞きつけてまたさっきのような化け物が現れないとも限らないからだ。


 極力物音を立てないよう行動し、一刻も早く出口を見つけ出そう。

 コートの男はそう考えていた。


 だが突然何かがコートの男の足を掴んだ。

 予想外に不意打ちにコートの男は盛大な音を立てて転んだ。

 何事かと慌てて起き上がると、床から不自然に伸びた紐がコートの男の足に絡み付いていた。

 振り解こうとしたがまるで意思でも持っているかのように巻き付いて離れない。


「何だ、この紐は……」


 コートの男が思わず呟く。

 すると、クスクスクス……と女の笑い声が聞こえた。


「だ、誰だ!」


 コートの男は反射的に叫び、声の方を向いた。

 そして言葉を失った。


 ついさっきまで何もなかったはずの天井に、女の首吊り死体がぶら下がっていた。

 女はガクリと頭を垂れており、長い髪に隠れて顔は分からない。

 しかし、笑い声は確かにその女から聞こえていた。


「ひっ……!」


 コートの男の全身に悪寒が走った。

 懐からナイフを取り出すと足に絡まる紐を急いで切断し、仰向けのような状態のまま床を這うようにして女から離れようとする。


 ところが殆ど進まぬうちに背中が何かにぶつかった。

 ビクッとして振り返る。するとそれは足だった。

 そのまま恐る恐る視線を上に移動させると、優しそうな笑みをたたえた老紳士が立っていた。


「一体どうなさったのですか?」


 冷静に考えると何故こんな場所にいるのか、不自然極まりない老紳士だった。

 しかし極度の恐怖に襲われていたコートの男は老紳士にしがみ付いて叫んだ。


「どうしたって、見ればわかるだろ! 女だ! 女の死体が笑ってやがるんだ!」

「女性の死体ですか? ……はて。どこにそんな物があるのです」


 老紳士は怪訝な顔をして首を傾げる。

 コートの男はそう言われて恐る恐る女の方を振り返った。


「あ、あれ……?」


 女の死体は無くなっていた。

 床から伸びていた紐も、自分の足に絡み付いていた紐の切れ端も、何もかもが跡形も無く消えている。


「随分と怖い思いをしていたようですね。そのせいで幻でも見たのでは?」

「まさかそんなはずは……いや、まさか、そうなのか……?」


 あの死体の生々しさは幻などでは無かったはずだが……。

 コートの男は釈然としなかったが、もはや自分の目で見た物が本物かどうか、自信が持てなくなってきた。

 とりあえず老紳士に手を貸して貰い立ち上がる。


 この時になってようやくコートの男は老紳士に違和感を覚えた。

 どう見ても冒険者などでは無い。この老人は一体どうしてこんな館にいるのか。


 しかし、怪しくはあるものの見たところこの老人は普通の人間で間違いないようだ。

 一刻も早く館から抜け出したくなっていたコートの男としては相手の事情や何者かなどに興味を持つ余裕は無かった。


「ご老人、ちょっと聞きたいんだが、あんたはこの館の出口は分かるか?」

「はい、存じておりますが」


 その言葉を聞いてコートの男は心の中に希望が灯るのを感じた。

 これでようやくここからおさらば出来る。


「そうなのか。それじゃあ悪いんだが俺を外まで連れて行ってくれないか。もちろん時間を割いて貰う分だけ報酬は払う」


 しかし老紳士は申し訳なさそうに首を振った。


「残念ですがそれは出来ません」

「え、どうしてだよ」

「どうしてと申されましても、私もこの館の住人の一人ですので」

「へ……?」


 温厚な表情を浮かべた老紳士の顔がみるみる痩せこけ、目玉がギョロリと飛び出したミイラに姿を変えた。

 両手の指からは獣のような鋭い爪が伸びている。


 コートの男は一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 しかしミイラ男が歯をカチカチ鳴らしながら詰め寄って来るのを見て、嫌でも状況を分からせられた。


「――ひ、ひいいいいぃぃぃ!」


 コートの男は叫び声を上げると無我夢中でその場から駆け出した。


 それから後は、どこをどう逃げたのかは覚えていない。

 食器、巨人、首吊り女、ミイラ。

 何かの化け物に遭遇するたびに全力で回れ右をし、階段を駆け上り、誰もいない通路へ曲がり、物陰に隠れ、階段の手すりを滑り降り……とにかく相手を振り切るために逃げ回り続けた。


 そして――。


「……ここは台所か?」


 食器をやり過ごすために咄嗟に飛び込んだ部屋でゼェゼェと肩を上下させながら、コートの男は呟いた。

 そこは確かにキッチンのようだった。

 室内は見渡すほどに広く、調理台や釜戸、流し台などがある。


 棚や壁には綺麗に手入れされた料理器具などが並んでおり、室内には肉でも焼いたような脂と香辛料の残り香が漂っていた。

 そして流し台には何かのソースで汚れた皿が重ねて置かれていた。

 ソースはこびり付いているような様子はなく、ついさっき食事に使われたばかりの皿のように見える。


 コートの男は戸惑った。

 随分この館の中を走らされたが、人間の姿など全く見なかった。

 一体誰がこの皿で食事をしたというのだろう。


 まさか、あの怪異どもが自分で肉を調理して食ったとか……?

 コートの男の頭にふとそんな考えが浮かんだが、すぐに首を振った。


 ありえないだろう。

 怪異をこの目で見るのは初めてだが、いくら何でも怪異が自分で調理をして食事を取ったり、ましてや食後の皿洗いまでしようとしているというのはちょっと想像できない。


 しかしその一方で、この館に入った瞬間から違和感があったのも事実だった。

 何百年も放棄されている廃墟だと聞いていたのに、館の中は驚くほど綺麗で埃やカビの臭いもしなかった。

 誰も住んでいないと言うには不可解な事だらけなのだ。


「全くどうなってんだよ、この館……」


 まあこんな事を考えていても仕方ない。

 コートの男は頭を切り替えるとキッチンの奥へと進んで行った。


 ここまで大きな館ならきっとキッチンに勝手口があるだろう。

 そこから外に出られるかもしれない。そう思ったのだ。


 だが、勝手口を見付ける前にコートの男はふと足を止めた。

 キッチンの奥、食糧庫らしい部屋の方から、奇妙な音……いや、声が聞こえてきた。


「ム゛ー……ム゛ー………」


 それは唸るようなくぐもった声だった。

 明確な言葉という感じは無いし、鳴き声に近い気もする。


「今度は一体何だよ……」


 長年の勘が近付くなと危険信号を発していたが、気付いてしまった以上は安全のために確かめない訳にはいかない。

 コートの男は声のする方へ歩いて行き、そっと中を覗き込んだのだが――。


「………」


 そこには予想だにしない光景が広がっていた。


 部屋の中央に、人間よりも一回りほど大きな、得体の知れない肉の塊があった。

 その謎の肉塊には目が付いていた。

 唸り声を発していたのもその肉塊だった。

 声を出しているだけでなく、肉塊全体が脈打つように動いている。


 そして……その肉塊の口らしき部分からは、足がはみ出していた。

 幼い少女のものらしき、赤いスカートに包まれた下半身。

 肉塊が少女を咀嚼するように口を動かすたび、ボコリ、ボコリと肉塊の背中から部分的に肉が噴き出し身体が大きくなっていく。


 少女が喰われているのだ。


 コートの男はこれまでに冒険者として様々な荒事を経験していたが、ここまでおぞましい物は見た事が無かった。

 思わず後ずさりをする。

 その拍子にすぐ近くの台にぶつかり、台の上にあった金属の容器が床に落ちてけたたましい音を立てた。


「しまった!」


 コートの男は思わず声を上げ、それから慌てて肉塊のほうへ向き直った。

 肉塊の瞳がコートの男をじっと見つめていた。気付かれたのだ。


 逃げなければ、とコートの男は思った。

 だが実際に逃げ出そうとした矢先、コートの男はさらに恐ろしい物を目の当たりにした。


 肉塊に喰われていた少女の足がジタバタと藻掻き始めたのだ。

 しかも肉塊に遮られて聞き取れないが、何かを喋る声も聞こえる。


 少女は生きたまま喰われている。

 俺も捕まったらこうなるのか?


 コートの男は頭が真っ白になった。

 叫び声を上げて駆け出そうとしたが、その矢先に先程落とした金属容器を踏ん付けて体勢を崩し、そのまま床に顔面を強打した。


 緊張と恐怖が限界を超えた所に頭への激しい衝撃。

 コートの男はぐったりして動かなくなり、そのまま意識を失った。

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