閑話その3: 魔法のランプ(上)
埃を被った箱の中に入っていたのは古びた水差しだった。
真鍮で作られているらしいくすんだ金色の水差しで、水差しなのに本体部分は手の平から少しはみ出す程度の大きさしかない。
オルレアは両手でそれを持ち上げると、色々な角度から覗き込むように眺めた。
――なにこれ。どうしてこんな物がここにあるのかしら。
イリス神教、第三支部。
その施設で修道女として暮らしているオルレアはこの日、先輩の修道女とともに倉庫内の掃除を行っていた。
倉庫の掃除と言っても大掛かりなものでは無く、通路を箒で掃いたり棚をハタキで叩いたりといった簡単なもの。
二カ月に一度、若手の修道女が交代でやる決まりになっているのだ。
そして、オルレアが奇妙な水差しを見付けたのはそんな掃除の最中だった。
水差しが入っていた埃まみれの箱は、一番奥の棚のちょっと見ただけでは気付けないような物陰に置かれていた。
誰の目にも止まらず他の荷物に押されて自然とそこへ追いやられた。そんな感じの雑な置かれ方だった。
この棚には施設内の行事などでたまに使う備品が並べられている。
しかしオルレアはこれまで第三支部でこんな水差しが使われているのを見た覚えが無かった。
他に並んだ備品と比べてもデザインも色も違っていて少々異質な感じがする。
珍しい見た目をしているし、ひょっとして土地の名士や商人などから寄贈された品が紛れ込んだのだろうかとも思った。
しかし、失礼ながらオルレアの目にはそれほど値打ちのある物には見えない。
そもそもこんな小さな水差し、一体何に使うのだろう。
普段ならそこまで物に執着しないオルレアだったが、この時は自分でも分からないが無性に気になった。
「どうしたの、オルレア」
オルレアの動きが止まっているのに気付いたらしく、先輩の修道女が声を掛けてきた。
この先輩修道女の名はフェイト。思ったことをそのまま口にするタイプで、年代が近い事もあってオルレアと一緒に行動する機会が多い少女だった。
教会内で一番仲のいい友人であり、また頼りになる先輩である。
オルレアは水差しをフェイトに差し出した。
「フェイト先輩。こんな物を見付けたんですが……」
「なにそのガラクタ。あれ? でもこれどこかで見たような……」
フェイトはどうやら水差しに心当たりがあるようだった。
水差しへ顔を寄せながら顎に手を当ててしばらく唸っていたが、やがて思い出したらしくポンと手を叩いく。
「ああそうか、これ、魔法のランプだわ。しばらく見てなかったけどこんな所に隠れてたのね」
オルレアはその答えを聞いて目を点にした。
魔法のランプ? 隠れてた?
頭にいくつも疑問が浮かんだが、とりあえず一つずつ質問をする。
「これ、水差しじゃなくてランプなんですか?」
「そうらしいわよ。私もどう使うのかは知らないけれど、大昔はこれに火を点ける灯りにしていたらしいわ」
「へえ、そうなんですか……」
オルレアは改めて水差し――ランプを見た。
火を点けるって、どこにどんな風に点けるんだろう。
今のランプと全然違う見た目だが、どうしてこんな形のランプを使っていたんだろう。
古いランプそのものへの知的好奇心が湧いてくる。
ただ、その辺に付いてはまた後で調べるとして、今は先に聞かなければならない事がある。
「それで、あの……『魔法の』というのはどういう意味ですか?」
「言葉の通りよ。このランプ、今は力を失っているけれど、どんな願いでも叶えてくれる魔人を呼び出せる魔法のランプだったらしいの」
「どんな願いでも叶える魔人、だった……?」
「ええ。本当かどうかは分からない……というか多分作り話だとは思うけどね」
「どういう事ですか?」
オルレアは首を傾げた。
するとフェイトは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「知りたい?」
「え、ええ、まあ……」
「宜しい。それでは私がオルレアに伝授してあげましょう。この施設の修道女たちに伝わる第三支部七不思議の一つ、魔法のランプについて。……まあ、私も他の先輩から聞いただけの受け売りなんだけどね」
恐らくランプの事を思い出した時点から話したくて仕方なかったのだろう。
フェイトは芝居めいた仕草を交えながらランプに関する逸話を語り始めた。
※ ※ ※
それは今から百年ほど前の出来事らしい。
ある日のこと、第三支部へ年老いた男が一晩だけ宿を貸して欲しいと訪ねてきた。
一見したところ浮浪者のような身なりの老人で、随分遠くからやって来たらしい。
対応した司祭は快く老人を受け入れ、寝る場所と食事を提供し、翌日老人が出て行く際には心ばかりの路銀を与えた。
老人はいたく感動した様子だった。
そしてせめてもの礼にと手持ちの麻袋の中から何かを取り出して司祭に差し出した。
それが問題の真鍮のランプだった。
そのランプは当時としても一般的には使われていないほど古いものだった。
仮に古道具屋へ持ち込んでも値も付きそうにないし、困窮者からの寄付は禁止されている。
司祭は気持ちだけで十分ですと受け取りを断ろうとしたが、老人は頑として引かなかった。
「お願いだ、受け取ってくれ。確かにこのランプは売り払っても二束三文にすらならないと思うが、これはただのランプじゃないんだ。本当はどんな願いでも叶えられる魔法のランプなんだよ」
「魔法のランプ、ですか?」
「そうだ。やろうと思えばこの世を支配する事だって出来る恐ろしい代物さ。ただし今は使えないし、俺はこのランプのせいでこんなに落ちぶれてしまった。……お礼と言ったが、本音を言うとそれだけじゃないんだ。俺はこいつを手放したい。あんた方のような人にこのランプを始末して欲しかったんだ」
そう言って老人は泣き崩れてしまう。
どうやら余程の事情があるらしい。
司祭は老人から話を聞く事にした。
(後編へ続く)




