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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
閑話

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閑話その2: 山奥の悪い魔女

「どこだろう、ここ……」


 グレーテは途方に暮れた様子で呟いた。

 周囲を見回すが、どの方向も無数の木々が生えているだけで全部同じ景色に見える。

 そもそもまだ七歳の少女であるグレーテの背丈では少し伸びた草でさえ視界を妨げる要因になるため、見回すと言えるほど周囲の状況を把握する事が出来なかった。


 この少女が立ち往生していたのはとある山の中腹だった。

 どうしてそんな所にこんな小さな子供が一人でいたかというと、グレーテ本人としては一応ちゃんとした理由があった。

 父親の病を治すための薬草を摘みに来ていたのだ。


 グレーテはこの山の麓にある村の娘だった。

 そしてグレーテの父親は猟師をしていて、日頃からこの山に入っていた。

 そんな父親が数日前に高熱を出して倒れたのだ。


 その病についてグレーテは以前に父親から聞いていた。

 この地域特有の病で、山に生えている薬草を煎じて飲ませれば症状を軽く出来る。

 そしてグレーテはこれまで父親に連れられて何度か山に入った事があり、その薬草も見せて貰っていた。

 だから倒れた父親のために自分が山へその薬草を取りに行こう。そう思ったのだ。


 父親の看病をする母親を心配させたくなかったのと、すぐに戻ってくるつもりだったのでグレーテは誰にも告げずこっそり山へ入った。

 ところが目当ての薬草は中々見つからず、薬草を探して山道から逸れたのがいけなかったのか、気付けば帰り道も分からない。


 遅くても昼過ぎまでには戻るつもりだったのに、空は夕焼け色に変わり始めている。

 グレーテは焦り、とにかく山を下りようと思い地面が低い方へと進んで行った。


 しかし、それからどれだけ歩いても周囲の景色は変わらなかった。

 時間だけが無情にも過ぎ、不安と疲れが膨らんで行く。


 グレーテは泣きたくなってきた。

 勝手に山に入った事は両親にもとっくにばれているだろう。

 帰ったら大目玉を食らってしまうに違いない。

 でも、どれだけ怒られてもいいから今はとにかく家に帰りたかった。


 そして、グレーテが奇妙な物を見つけたのはそんな時だった。


「……なにあれ」


 それは扉のようだった。

 石か何かで出来ているらしい、とても硬くて重量感のある、見上げるほど巨大な扉。

 そんなものが茂みを掻き分けた向こうに姿を現したのだ。


 周りには建物どころか門すらない。半円型で両開きの扉だけがそこにあった。

 しかも、違和感を覚えて近付いてみると、なんと扉は宙に浮いていた。

 まるでそこに貼り付けられているかのように微動だにしない。


 なんだろう、これ。


 泣きべそをかいていたのもすっかり忘れ、グレーテはポカンと口を開けて扉を見上げていた。

 試しに触れてみると見た目通りに硬い。

 押してみるがびくともしない。


「なんだろう、これ」


 グレーテは今度は口に出して呟いた。

 そしてふと、前に父親から聞いたこの山の怖い話を思い出した。


 この山の奥深くには黒い服に身を包んだ悪い魔女が住んでいる。

 魔女は一人でいる子供を見つけると連れ去って食べてしまう。

 だから子供は絶対に一人では山に入ってはいけないよ。


 そんな話だった。

 グレーテはそんな話は信じてはいなかった。

 おとぎ話に似たような話があるのを知っていたからだ。


 だからこの山に魔女がいるなどというのは子供に勝手に山に入らせないように大人が考えた嘘だろう。

 最近ちょっとおませになっていた事もあって、そんな風に考えていたのだ。


 しかし今グレーテの目の前にあるこの扉はどう考えても非現実的な代物だった。

 こんな物、普通の人間には作れないだろう。


 ひょっとして、本当に魔女がいるのだろうか。

 早くここから立ち去ったほうがいいかもしれない、とグレーテは思った。

 だがグレーテが後退りしようとした矢先、不意に背後から声がした。


「……なんでこんな山奥に子供がいるの?」


 驚いて振り返るとそこには一人の女が立っていた。

 二十歳くらいの若い女だった。

 こんな森の中だというのに黒いドレスを身に着けている。

 長い銀髪と白い肌、赤い瞳。

 そしてその手には瞳と同じ赤い色の大きな宝石が付いた杖が握られている。


 魔女だ、とグレーテは思った。

 父親が言っていた魔女の容姿は鷲鼻で背中の曲がった老女のはずで、目の前の女とは似ても似つかない。

 しかしどう見ても普通ではない空気を漂わせているし、何より魔法使いみたいな杖を持っている。


 間違いなく魔女だろう。

 自分のことを攫いに来たのだ。


 グレーテは恐怖で声も出せずその場から動けなくなった。

 魔女のほうもしばらく何も言わず、品定めするような目でグレーテを見下ろしていた。

 グレーテから何か言い出すのを待っていたのかもしれないが、グレーテがいつまでも無言のままだった為かやがて屈み込み、目線を合わせてから尋ねた。


「あなた、どこの子? どうしてこんな所にいるの?」


 安心させるような丁寧な言い方だった。

 油断させたところを連れ去るつもりなんだろうかという考えが脳裏を過ぎったが、それでも優しく声を掛けられて多少緊張が緩んだグレーテは思わず返事をしてしまった。


「ち、近くの村から来ました。薬草を探しに来たんだけど、見つからなくて……」

「なるほど。迷子になっちゃったのね」


 グレーテはコクンと頷く。

 すると魔女は少し迷った様子で数秒くらい間を開けてから、さらに聞いてきた。


「それであなた……この扉、見ちゃったのかしら?」

「え? は、はい」


 否定して欲しかったようなニュアンスを感じたが、こんなに目の前にあるのだ。見え見えの嘘を付く方が後が怖い。

 グレーテは戸惑いながらも再び頷いた。


 見たと答える事で魔女が怒り出すかもしれないとも思った。

 だがグレーテの予想に反して魔女は頭を抱えた。


「そうか、見ちゃったかあ。ま、そりゃそうよねえ……」


 それから魔女は、なんでメンテの後で認識阻害の魔術掛けるの忘れたかなあ……とか、でもあの日は巡回する場所多くて大変だったしなあ……とか、見られたのが子供なのがまだ不幸中の幸いかしら……とか、頭を抱えたまま何やらブツブツと呟き始めた。

 こちらに危害を加えてきそうな素振りは無い。


 グレーテには魔女が言っている言葉の意味は分からなかったが、その様子を眺めている内に、ひょっとしたらこの人は子供を食べる悪い魔女では無いのかもしれない、と思えてきた。

 そこでその予想を確かめるため、グレーテはおずおずと尋ねた。


「あなたは、悪い魔女では無いんですか?」


 グレーテの言葉で女は我に返ったらしく独り言を止めて顔を上げた。

 それから少し迷ったように上を向いて考えていたが、やがて事もなげに言った。


「まあ、そうね。悪いかどうかは知らないけれど、私は魔女よ」

「………」


 なまじ希望を持ち掛けていたところを落とされたため、グレーテを襲った衝撃が大きかった。

 どうやら本当に魔女らしい。

 やっぱり自分はこれから連れ去られて食べられてしまうのだ。


 そう思った途端、グレーテの顔が強張り、みるみる血の気が失せていく。

 それを見た魔女がギョッとした。


「ちょっとあなた、どうしたの!?」

「……食べないで下さい」

「は?」

「お願いです、食べないで下さい」


 グレーテは涙をぽろぽろ流しながら懇願する。


「食べないわよ! ていうか今の会話の流れで何故私があなたを食べると思ったの!? ほ、ほら、食べたりしないから、とりあえずちょっと落ち着きなさい。ね?」


 魔女は混乱しながらも慌てた様子でグレーテをなだめた。



 ※ ※ ※



「ほら、これでも食べて落ち着きなさい」

「なんですか、これ」

「クッキーよ。知り合いに貰ったの。美味しいわよ」

「太らせてから食べるんですか?」

「だから食べないって。いい加減信じなさいよ」


 魔女が苦笑いしながらクッキーの袋をグレーテに渡す。

 グレーテは一枚摘まんで口へ運んだ。

 口の中に広がる甘い味と香りで、そういえば朝から何も食べていなかったのを思い出した。

 途端にお腹がグー、と音を立てる。


「気に入ったのなら全部食べて良いわよ」

「良いんですか?」

「ええ。私はそんなにお腹空いてないから」


 日はすっかり傾き、夜になっていた。

 グレーテと魔女は山の少し開けた場所へ移動し、魔女が用意してくれた焚き火を囲んで座っていた。

 辺りは真っ暗で何も見えないが、焚き火の暖かさと魔女のお陰で心細さは感じなかった。


「……なるほど、山奥に住む悪い魔女か。それで私があなたを食べようとしていると思ったのね」

「はい。でもあなたが悪い魔女で無いのなら、悪い魔女は他にいるんですか?」

「さあねえ。私は会った事は無いわね」


 クッキーを食べながらグレーテは魔女と話をした。

 父親から聞いたこの山の悪い魔女の話や、その父親が病に伏せっている事、病を治せる薬草を探しに来たけれどまだ見つけられていない事。


 他にも色々な話をしたはずなのだが、朧げにしか覚えていない。

 グレーテは話している途中から次第に眠くなり、いつの間にか横になって寝てしまったのだ。


 ただ、一つだけはっきり覚えている事があった。

 眠りに落ちる直前に、魔女は確かにこう言っていた。


 私とあの扉の事は二人だけの秘密にしてね、と。



 ※ ※ ※



 目を覚ますとグレーテは自分の家のベッドにいた。

 聞いた話では、グレーテは村の外れの道の真ん中で倒れていたらしい。

 それを村人の一人が見つけて家に送り届けてくれたのだそうだ。


 そして、グレーテの手には薬草が握られていた。

 あれだけ探し回っても見つけられなかったはずのあの薬草が。

 きっとあの魔女が持たせてくれたんだろう、とグレーテは思った。


 魔女に言われた通り、山で見た事は誰にも話さなかった。


 薬草のお陰で父親は快方に向かっていった。

 父親の食欲が戻り、体力が回復し、猟師の仕事に復帰すると、グレーテは父親にお願いして何度か山へ連れて行って貰った。

 あの魔女にもう一度会って薬草のお礼を言いたかったからだ。


 だが、いくら探してもその後グレーテは魔女に再会する事は出来なかった。

 そして次第に記憶も曖昧になっていき、やがてあの日の不思議な出来事はすっかり忘れてしまったのだった。

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[気になる点] 魔女に再開→再会かな
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