閑話その1: 雨の夜の訪問客(上)
第3部のプロットを練り込む時間がもう少し欲しいので、これから半月ほどの予定で本編とは無関係な閑話を投稿させて頂こうと思います。
本編の続きを楽しみにされている方には申し訳ありません。宜しくお願いします。
呪いの館。
工房の窓ガラスを雨粒が激しく叩き、音を立てている。
セシルはうんざりしたように窓を見上げた。
「いつまで降るんだろう、これ」
「さあな。この時期は毎年こんなもんだ」
作業台の上で小人のリンゲンが陶器の破片の立体パズルを組み立てながら返事をした。
三日ほど前に侵入者を撃退した際、ポルターガイストの三兄弟が壊してしまった残骸だ。
いつもの食器類だけでなく、今回はダイニングに置いていたティーポットや二階の廊下に飾っていた壺の破片なども混じっている。
侵入者が予想外に逃げ回ったために被害が拡大したのだ。
セシルはと言えばリンゲンの横に座り、組み上げ前の破片の汚れを布巾を使って一枚ずつ拭き取っていた。
本当なら今日は中庭で農作業を進めるつもりだったのに、雨が強いせいで諦めざるを得なかったのだ。
ここ二週間ほど、ずっと雨の日が続いていた。
たまに止んで晴れ間が覗く事があっても、気付けばまたすぐに降り始める。
「これだけ雨ばかりだと雨漏りとかが心配だな」
セシルが溜め息を付く。
するとリンゲンがジロリとセシルを見る。
「ふん、この程度の雨で雨漏りなどする訳がなかろう。例え滝のように降り続けても館の中には水滴一粒入って来んわい」
「そりゃリンゲンさんが保守管理してくれてるからそうなんだろうけどさ。何て言うか、気分的にね」
セシルは綺麗になった破片をリンゲンに渡すと破片の山から次の破片を手に取った。
その時、身体中を痺れるような感覚が襲った。
「ひゃうっ!」
セシルは思わず声が出た。
この刺激だけは何度経験しても慣れない。
というか毎回不意打ちで来るのやめて欲しい。
リンゲンが言った。
「また侵入者か。こんな雨の夜にご苦労な事だ」
「みたいだね。……ただ、侵入者にしても何か変だな」
セシルは不審げに言った。
この呪いの館の周囲にはマリアンデールによって結界が張られており、外部から侵入者がやって来ると今のようにビリっという感覚で館内の怪異たちに知らせる仕組みになっている。
そして、呪いの館の怪異を続けていて気付いたのだが、痺れの強さは結界に触れた侵入者の大きさで変わるらしい。
大柄な人間が複数でやってくれば強くなるし、逆に小柄な人間が一人であれば弱い。
声を上げておいて何だが、今の刺激は普段と比べるとかなり弱かった。
侵入者は幼い子供……いや、それよりも小さい何かのような気がする。
「念のため様子を見に行くか」
作業を止めたリンゲンが作業台から飛び降りる。
セシルもその後に続いて工房を出た。
※ ※ ※
エントランスへ行ってみると、ポルターガイストのポール、タガー、イストの三兄弟が玄関扉のすぐそばの床で何やらひと塊になっていた。
「お前ら、何やってるんだ?」
セシルが声を掛けると三人が同時に顔を上げる。
「あ、セシル。あのねあのね」
「……猫がいた」
「にゃーにゃー言うんだよ!」
近付いて覗き込むと、それは確かに猫だった。
灰色一色の猫。雨のせいかずぶ濡れでポタポタと雫を垂らし、全身の毛も身体に張り付いてしまっている。
恐らく子猫だろう。生まれたばかりという訳ではなさそうだが、かなり小さい。
まん丸の目で不思議そうに三兄弟を見上げ、ニャー、ニャー、と小さく鳴いていた。
「鳴き声がしたから玄関を開けたら入って来たんだ」
「……かわいい」
「ねえねえ、名前つけよう!」
三兄弟がわいわいと口々に言う。
いつの間にか人間くらいの大きさになっていたリンゲンが猫の顔を覗き込みながら言う。
「随分と小さいな。親猫とはぐれたのか?」
「この辺の森って猫なんていたのか」
「猫以外にも犬やら鹿やらリスやら鳥やら、他にも色々な動物がいるぞ。館の近くを熊が歩いていたこともあったな」
「熊までいるのか」
「ああ。何しろ呪いの館の森だからな。狩りに入る人間が滅多にいないからか、動物にとっては随分住みやすいらしい」
「そうなのか」
犬と猫、そしてリス辺りはセシルも知っているが、鹿と熊は話に聞いたことがあるだけで実際に自分の目で見た事は無い。
鹿は角が生えていて熊は物凄く大きいらしいが、どんな姿をしているのだろう。
館の近くに来る事があるというなら今後は時々窓の外を観察するようにしようか。
セシルはぼんやりとそんな事を考えたが、ふと気付いた。
「あれ? この猫、ポールたちが見えてないか?」
ポルターガイスト、と呼ばれるだけあってこの三人は幽霊みたいなものである。
普通の生き物には見えないし声も聞こえないはずなのだ。
しかしリンゲンは特に驚く様子もなく言う。
「それは別に不思議でもない。人間にはこのガキどもが見える奴は滅多にいないが、動物の場合は認識できるのがこれまでも割といたからな」
「へえ……」
本能とかそういう物なのだろうか。
セシルは猫をしげしげと見つめた。
「どうしたの? 何の騒ぎ?」
階段を降りてくる音とともに声が聞こえた。
振り返るとウェンドリンだった。
どうやらセシルたち同様に様子を見に来たらしい。
セシルは言った。
「大した事じゃないよ。ちょっと珍しいお客さんが来たもんだから」
「珍しいお客さん?」
ウェンドリンが小首を傾げる。
その声に反応したのか、猫がトコトコ歩き出して前に出るとウェンドリンを見上げてニャーと鳴いた。
ウェンドリンが気になったのだろうか。
何だか微笑ましいな、とセシルは思ったのだが――。
「ひっ!?」
猫を一目見た途端、ウェンドリンは小さく悲鳴を上げ顔を強張らせた。
降りて来た階段を凄い勢いで駆け戻り、廊下を走る音が遠ざかっていく。
それから最後に、バタンと扉が閉まる音が響いた。
「……一体どうしたんだ?」
セシルは呆気に取られた。
ウェンドリンがあそこまで取り乱すのを見たのは初めてだった。
ポールが思い出したように言った。
「そういえば姉ちゃん、猫嫌いだったっけ」
「そうなのか?」
意外な一面にセシルが眉を上げると、リンゲンが言った。
「嫌いというか、ちょっとしたトラウマがあるんだ」
「トラウマ?」
「昔にも一度ここに猫が紛れ込んだ事があったんだよ。といっても、その時の奴はこんな子供ではなく気質が荒い感じの大柄な猫だったんだが、そいつがウェンドリンの部屋で大暴れして、あいつが大事にしていた生地やら糸やらを滅茶苦茶にしてしまってな。それ以来、猫を見ると身体が勝手に拒絶反応を起こすとかでずっとあの様なんだ」
ウェンドリンは紐を操る能力を持った怪異で、その関係か裁縫を趣味にしていた。
セシルは何度か部屋に招かれた事があるが、ウェンドリンの部屋にはリンゲンが作ったという大きな棚が置いてあり、その中には様々な色や材質の生地や毛糸玉が並べられていたのを覚えている。
大切に扱っているのはセシルにも伝わったし、それを滅茶苦茶にされたというなら猫がトラウマになるのも無理はないような気がした。
リンゲンは肩をすくめる。
「あの一件が起こる前はむしろこういう小さい生き物は誰よりも可愛がっていたんだがな。……まあ、そういった訳だからあいつの事は気にしなくていい。ただしあいつの部屋に猫を近付けるなよ」
「わかった」
セシルは頷いた。
ニャー、と猫が鳴いた。
リンゲンはちらりと猫を見たあと、三兄弟に言った。
「それでその猫はどうするんだ。満足したのならさっさと外に放り出せ」
「ええ? まだこんなに雨が降ってるのに?」
「……かわいそう」
「晴れるまで一緒にいる!」
「それならちゃんと世話をしてやれ。いつまでも濡れたままにしておいたら風邪を引くかもしれんぞ」
猫からはポタポタと未だに雨水が垂れている。
そして、くしゅんとクシャミをした。
確かにこのままにしておくのは良くなさそうだ。
「タオル取って来る!」
ポールが慌てた様子で飛んで行く。
すると他の二人も自分がタオルを用意するんだと騒ぎながらポールの後を追って行った。
リンゲンが呆れたように言う。
「まったく、一人くらいは残ってこいつを見ておかんといかんだろうに。……セシル、悪いがしばらくこの猫に付いていてやってくれ。あの三人だけじゃ危なっかしくて任せられん」
「ああ、そうする」
セシルは笑いそうになるのを堪えながら答えた。
さっさと放り出せとか言っておきながらリンゲンもこの猫が心配なのだ。
「リンゲンさんは工房に戻るの?」
「そのつもりだ。何かあったら声を掛けろ」
「了解」
リンゲンが立ち去って間もなく三兄弟がタオルを取り合いしながら運んでくる。
セシルはタオルを受け取ると猫を拭いてやった。
野良猫なので触れるのを嫌がるかとも思ったが随分と大人しい。
とりあえず水気を拭き取ってやると猫はお礼を言うようにニャーと鳴いたが、すぐにくしゅんとまたクシャミをした。
ポールが心配そうな顔をした。
「まだ寒いのかな」
「……暖炉を使う?」
「でも今から暖炉は時間掛からない?」
季節的に現在は暖炉は使用していない。
薪を運んで火を起こすところからになるので、暖かくなるまで時間が掛かってしまう。
出来ればすぐに温めてやりたいのだが……。
「そうだ、キッチン行くか」
セシルは思い付いて言った。
「キッチン?」
「今日もさっき食事しただろ? もう時間は経ってるけど調理に使った釜戸はまだ暖かいんじゃないかな。もし冷えててもあれならすぐに火を入れられるし」
「……なるほど」
「キッチンに行こう!」
そんなこんなで話はまとまり、猫を包んだタオルをセシルが抱えると四人はキッチンへ向かったのだった。
(中編へつづく)




