第80話 それぞれのその後
その後、教会本部ではケテル枢機卿の葬儀が盛大に執り行われた。
協議の結果、教会としては今回の騒動におけるケテルの一切を闇に葬る事にしたのだ。
真実を公にする事によって生じるであろう混乱を避けるため、そして教会の権威を維持するためである。
ケテルは事前に身の回りの整理を済ませていたらしく、寝起きしていた私室には遺品になるような物は残されていなかった。
また、『この世ならざる者』として消滅してしまったため遺体も存在しない。
そのため葬儀や埋葬には空の棺が使用された。
今後ケテルは聖人の一人として名を刻まれ、イリス神教が続く限り永久に敬い語り継がれていく存在となる。
断罪を望んでいた彼女にとっては不本意極まりないだろう。
彼女に与えられる罰としてはこれ以上のものは無いのかもしれない。
また、ケテルの名声が信者たちに広まるにつれて、人形を使役して悪霊払いを行っていた謎の修道女の存在は次第に忘れ去られて行った。
人の噂というのはそういうものだ。
より衝撃的な出来事が起これば、それまでの話題など記憶から消え失せてしまうのである。
※ ※ ※
イリス神教の第三支部でもちょっとした変化があった。
サミーが施設のトップである司教に就任する事になったのだ。
それはオルレアとサミーの二人が帰還して数日後の出来事で、前任の司教からの名指しによる唐突な人事発表だった。
恐らくはリディア司教補佐が裏で何かやったのだろう。
思い返してみれば、リディアからの案件を成し遂げられれば司教に出世させてやる、と持ち掛けられたのがサミーが今回の一件に関わった切っ掛けだった。
様々な事件があり過ぎてサミー自身は吊るされた人参の事などすっかり忘れていたのだが。
そんな訳で、現在のサミーは司教の職務に勤しんでいる。
事前の準備も碌にない状況での昇格だったので覚える事が多く、目の回るような忙しさの日々のようだが、それなりに充実はしているようだ。
オルレアは呪いの館から戻ってから印象が変わったと言われる事が多くなった。
以前はどちらかと言えば物静かな方だったのが何か吹っ切れたというか、随分と明るくなったらしい。
本人にはまるで自覚は無かったが、周囲が揃ってそう言うのだから多分そうなのだろう。
元々要領がよく真面目に職務に励んでいた所へ明るさと積極性も加わり、もう誰からも見習いではなく一人前の修道女として扱ってもらえるようになった。
教会内だけでなく周辺住民からの評判も上々で、将来はかなり有望だろうと囁かれている。
一体どんな切っ掛けでそんな風に変わったのか。
サミー司祭(当時)の付き添いで呪いの館へ行ったというが、そこで何かあったのか?
オルレアの同僚たちは度々そんな事を尋ねた。
しかしオルレアは多くは語らなかった。
「あの呪いの館には恐ろしい怪異など一人もいませんでしたよ」
ただそう答え、どこか寂しそうに微笑むのだった。
※ ※ ※
一方、呪いの館。
教会本部での騒動からしばらく経ち、館内は何事もなかったように元の雰囲気に戻っていた。
たまに物思いにふけったりしていたセシルもほとんど立ち直っている。
そしてこの日、久々にマリアンデールが館を訪ねてきた。
『この世ならざる者』に取り込まれていたとはいえ旧友を自ら手に掛けたマリアンデールも当時は随分参っていたように見えたが、もうすっかり調子を取り戻しているようだ。
例によって怪異たちはダイニングで食卓を囲んでいた。
また謎肉の在庫が増えたからだ。
マリアンデールは一緒にどうかという誘いを断ってから、セシルに声を掛けた。
「セシル、ちょっとお願いがあるのだけど良いかしら。それ食べてからでいいから」
「何をすれば良いの?」
「礼拝堂で『もう一人のセシル』を召喚しそうになったって言ってたでしょう。それが今も呼び出せるか試して欲しいのよ」
マリアンデールはブローチを取り出しながら言った。
複製召喚の術式が組み込まれたブローチ。
騒動の後マリアンデールに返していたのだ。
リンゲンが言った。
「その言い方からすると何か分かったのか」
「ええ、あくまでも仮説の段階だけどね。詳しい事は召喚に成功したら話すわ」
結論から言うと、セシルは『もう一人のセシル』――恐らくはオルレアが夢で話をしたという『初代セシル』――を召喚する事は出来なかった。
燻製肉で魔力を飽和させて集中しても、今回は心の中にあの人形の姿が浮かんで来なかったのだ。
仕方が無いのでセシルは魔力を消費するために謎肉の複製を召喚した。
謎肉は自分の複製を不思議そうに眺めていたが、やがて意気投合したのか横に並んでぴょんぴょんどこかへ跳ねて行く。
ポルターガイストの三兄弟も面白がってそれに付いて行った。
「やっぱり駄目だったか」
マリアンデールは複製召喚が失敗しても特に残念がらなかった。
最初から成功しないだろうと予想していたようだ。
アルベルトが腕を組み顎に手を当てる。
「我々と違って召喚に何か条件があるという事ですか?」
「多分ね。『初代セシル』は自分は『この世ならざる者』寄りだと言っていたんでしょう。だから多分だけど、セシルの周囲か体内に瘴気や地獄の泥が無いと呼び出せないんだと思う。礼拝堂で呼び出せそうだったのは、あの時の周りの瘴気の密度が濃かったためね」
ついでに言うと、とマリアンデールは付け加えた。
人形のセシルの『魂の交換』の呪いも恐らくセシルの体内に一定程度の瘴気が溜まる事で発動するのだろう。
今のセシルはこれまでのセシルと違って執務室に引き籠らず館の中を走り回っていた。
それに『ベレン』の一件もあったから瘴気が蓄積するのも早かった。
だから半年などという短い期間の内に『魂の交換』が発動したのだ。
そう考えればある程度の辻褄は合うし、根本的な仕組みが違うならセシルの呪いが魔術で解析できないのも一応納得はいく。
「てことは、あの『セシル』を呼び出すためにはオレが瘴気か泥を飲めばいいのか?」
セシルは思った事をそのまま口にする。
ウェンドリンがペチッとセシルの頭を叩いた。
「危ない真似はやめなさい」
「いや冗談だよ」
「あなたの冗談は冗談に聞こえないのよ」
ウェンドリンが眉を寄せながら肩をすくめる。
マリアンデールはしばらく何か考えている様子だったが、やがて言った。
「とりあえず召喚できない件については私が何か対策を考えるわ。今日はありがとうね。また協力してちょうだい」
思案顔のままそう言い残し、マリアンデールは空間に溶けるように消えてしまった。
セシルは不満げな顔をした。
「何も話さずに帰っちゃった。分かった事があるなら少しくらい教えてくれてもいいのに」
するとリンゲンが言う。
「なに、あいつが話さなかったのならそれなりの理由があるという事だ。時期が来れば向こうから話してくるだろうし気にしても仕方なかろう」
「まあマリアンデールさんだからそうなんだろうけど……」
「それよりほれ、行くぞ」
リンゲンは手招きするような仕草をするとさっさと歩いて行く。
セシルは怪訝な顔をした。
「行くって、どこへ」
「今日の皿洗い当番はわしらだったろうが」
「あ、そうか」
食事を終えてすぐ召喚の実験を始めたので食器類がダイニングのテーブルにそのままなのだ。
そして今日の当番はセシルとリンゲン。
思い出したセシルは急いでリンゲンの後を追いかけて行った。
※ ※ ※
「……いやあ、あの小僧は期待以上の活躍をしてくれたね」
空も大地も、どこまで果てしなく真っ白な世界。
セシルとオルレアが夢の中で見た世界である。
そんな空間に二つの人影があった。
一方は『セシル』。
オルレアに『初代セシル』と名乗ったセシルと瓜二つの人形である。
そしてもう一方は人形ではなく、人間の少女だった。
年齢は十五歳くらい、前髪の長いやや暗めの金髪で、シンプルな黒いドレスを着た小柄な少女。
かつてベレンが蘇らせようとした娘であり、怪異たちが現在呪いの館で守り続けているはずの娘。
ロレッタが何故かそこにいた。
「まさか怪異の身の上で魔女を召喚するとはね。ある程度は戦局を動かしてくれるかなと思ったけれど、あそこまでやってくれるとは思わなかったよ」
『セシル』は楽し気に笑っている。
だがロレッタは地面に横たわったまま微動だにしない。
館にいる時と同様に眠り続けているようだった。
だが『セシル』は気にする様子もなく、その後も取りとめのない雑談をロレッタに語り続ける。
その仕草はまるで人間のようだった。
人形である『セシル』が人間のように振る舞い、人間のはずのロレッタは人形のように眠っている。
それはどこか奇妙な、しかし喜劇とも悲劇とも取れそうな不思議な光景だった。
やがて『セシル』は喋るのに飽きたのかロレッタの傍らに腰を下ろした。
そしてしばらくぼんやりと白い空を見上げていたが、やがて呟くように言った。
「ロレッタ。随分待たせてしまったけれど、もうすぐだ。きっとあの小僧なら私たちの願いを叶えるための鍵になってくれる」
その声はそれまでの軽い調子ではなく、別人のように真剣なものだった。
次回より新展開、『幽世編』。
以上で第二部は終了です。
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