第79話 告白と懺悔
アルベルトの言葉を聞くなりセシルは部屋を飛び出した。
呼び止める声も構わず廊下を走り、オルレアの寝室へ飛び込む。
「……あら」
ノックもせずに入って来たセシルに対し、部屋にいた人物――オルレアが少し驚いたような声を出した。
オルレアはベッドで上半身を起こし、湯気の立つマグカップを両手で抱えていた。
アルベルトが温かい飲み物を渡したのだろう。
そしてその姿を見た途端、セシルは固まってしまった。
「あ、あの……オ、オルレアさん………」
口を開くが言葉が上手く出て来ない。
オルレアが目覚めたと聞いて夢中で駆け付けたものの、対面してからどうするか全く考えていなかった事にセシルはこの時になってから思い至った。
どんな言葉を掛ければいいのか。
どんな態度で接すればいいのか。
頭が真っ白になり、その場で棒立ちになってしまう。
オルレアはそんなセシルを不思議そうに眺めていたが、やがて悪戯っぽい優しい笑みを浮かべた。
「……おはよう。あなたも元気そうね。良かったわ」
その声は、これまでの『人形のセシル』に対する話し方とはまるで違っていた。
この館で再会するより前の――貧民街で一緒だった頃の口調だった。
その一言でセシルは理解した。
オルレアは間違いなくセシルの正体に気付いている。
セシルは背中に汗がにじむのを感じた。
オルレアの顔色を窺うが、オルレアはニコニコしながらセシルを眺めているだけで感情が読み取れない。
ひょっとして怒っているのだろうか、とセシルは思った。
いや、ひょっとして、ではない。当然怒っているだろう。
何しろ、セシルの行方をずっと捜していたと知った上で今まで誤魔化していたのだから。
「ええと、その……」
セシルが言葉に窮していると、後ろから足音が聞こえてきた。
「もうセシルったらいきなり飛び出すんだから。少しは落ち着きなさいって……」
ウェンドリンは文句を言いながら部屋へ入ってきたが、すぐにセシルとオルレアの間のただならぬ気配を察した。
何度か二人に視線を往復させた後、オルレアに尋ねる。
「……しばらく席を外した方がいいかしら」
「いえ、お構いなく」
そこへさらに足音がやって来る。
リンゲンとサミーだった。
サミーは起き上がったオルレアの姿を認めるなり喜びと心配が入り混じった表情で言った。
「目を覚ましたというのは本当だったのか。体の具合はどうだねオルレア君。痛い所は無いか?」
「はいサミー様、もう平気です。ご心配をお掛けしました」
オルレアの体調は心身共に問題無いようだった。
眠り続けていたせいか多少のだるさは感じるそうだが気になるのはそれくらいらしい。
受け答えもしっかりしている。
ウェンドリンはオルレアが意識を失ってからの教会での出来事などを話して聞かせた。
『ケテル』や地獄の穴との決着や、その後の礼拝堂の片付けについてだ。
その後、サミーが教会関係者が広場に避難していた際の様子や現在の教会本部の状況などを伝えた。
オルレアは時折マグカップを口へ運びながらそれらを真剣に聞いていた。
セシルは部屋の隅で必死に気配を消していた。
話を聞き終えるとオルレアは情報を整理するように何度か頷いた。
「そうですか。想像していた以上に大変な事になっていたのですね」
「ええ。でももう心配はいらないわ。マリアンデールも言葉の数は少なかったけれど『今回の親玉は間違いなく倒したと』言っていたし、今後教会が危険に晒される事は無いでしょうから」
「はい」
「それでね、あなたに尋ねても分からないかもしれないんだけど……マリアンデールが言うには、あなたが今回助かったのはあなたが瘴気に耐性を持っていたかららしいの。人間がそんな特性を持っているのはかなり珍しいらしいんだけど、何か心当たりはあるかしら?」
「その件でしたら、私も皆さんにお話ししたい事があるのです」
そう言ってオルレアは自分が見たという夢について語り始めた。
地獄の穴に落ちて意識を失ってから見た、現実のようにはっきりした夢。
真っ白な世界で『初代セシル』を名乗るセシルと瓜二つの人形と会話をしたという夢の話だった。
セシルはその話を聞いて驚いた。
そして、やはり自分の夢に現れたもう一人のセシルも同じ奴だったのだろうかなどと考えた。
「……謎肉を食って瘴気への耐性がついた、か。冗談みたいな話だが、確かに有り得ないとも言い切れんな」
リンゲンが髭を弄りながら呟く。考え事をする時の癖だ。
ウェンドリンも興味深げに言う。
「『この世ならざる者』に近い存在で、瘴気や泥を糧とする『初代セシル』ねえ……。その話、マリアンデールが回復したらもう一度詳しく話して貰っても良いかしら」
「分かりました」
オルレアは頷いた。
そこへアルベルトが料理皿を台車に乗せて運んできた。
これまで姿が見えなかったがキッチンで調理をしていたらしい。
予めオルレアに食欲の有無を確認していたようだ。
運ばれてきたのは謎肉と芋をトロトロになるまで煮込んだシチュー。
寝起きで胃が空っぽな所に肉はどうなのかと思わなくもないが、今の館には他に食材が無いのだから仕方ない。
「ありがとうございますアルベルトさん。……ただ、それを頂く前に一つ用事を済ませてしまっても宜しいでしょうか」
「用事でございますか?」
「はい。セシルさんと二人きりでお話をさせて頂きたいのです」
オルレアはにこやかに言った。
あくまで口調は穏やかだったが、有無を言わさぬ気迫がこもっていた。
怪異たちはセシルとオルレアの事情は承知しているし、サミーもオルレアの話を聞いてオルレアが探していた弟というのがどうやらセシルらしい事は察していた。
だから拒否する理由はない。
一同は二つ返事で頷いてさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたのはセシルとオルレアの二人。
「さて、それじゃあじっくりとお話ししましょうか、セシルさん」
「は、はい……」
オルレアは相変わらず優しそうな笑みを浮かべていたが、セシルにはその背後に鬼が見えたような気がした。
※ ※ ※
セシルは床に正座をしながら白状した。
呪いの館の話を聞いて興味を持ち、街を抜け出して館へ向かい、怪異に追い回された挙句に身体を乗っ取られ、現在に至るまで過程の全てをである。
オルレアは黙ってセシルの話を聞いていた。
ただし、セシルの話が進むにつれて次第に顔から笑顔が消えて行く。
途中からセシルはオルレアの顔を見るのが怖くなり、床を見つめながら証言を続けた。
さながら尋問を受ける犯人か何かのようだ。
「……すると、あなたはその姿からもう元には戻れないの?」
「う、うん……。マリアンデールさんはそう言ってた」
室内を重苦しい沈黙が包む。
やがてオルレアがポツリと言った。
「バカ」
「………」
「バカ」
「………」
「おバカ!」
「……ごめん」
シュルリとシーツが擦れる音がした。
オルレアがベッドから降りて立ち上がったのだ。
殴られるのかな、とセシルは思った。
正直それくらいされても仕方ない立場ではある。
セシルは身体を強張らせたが、覚悟を決めてただギュッと目を瞑った。
しかし、セシルは殴られることはなかった。
代わりにふわりとした感触がセシルを包む。
恐る恐る目を開けると、オルレアに抱き締められていた。
「本当に心配してたんだからね。突然いなくなっちゃって、ひょっとしたら私のせいなのかなって思って……あなたに何かあったらどうしようって考えながらずっと探してた。姿は変わってしまったけれど、本当に元気で、無事で……本当に良かった」
オルレアは涙声だった。
セシルは自分で思っていた以上に心配を掛けてしまっていたのだと思い知った。
これまで以上の後悔と罪悪感が胸を締め付ける。
「ごめん。本当にごめん」
セシルは謝ったが、その声も潤んでいた。
自覚は無かったが、セシル自身もいつの間にか泣いていたらしい。
それからしばらくの間、オルレアはセシルを抱きしめたまま静かに泣き続けた。
やがて落ち着くとセシルを放し、赤くなった目から涙を拭いながら照れるように笑った。
「あなたはその身体になってしまった事、後悔はしていないのね」
「うん。こうなったのはオレのせいだからね。責任は取るよ。それに皆も良くしてくれるし」
「そうね。私も短い間ではあったけど経験したからそれは十分わかってる。皆さん、良い人たちばかりだわ」
オルレアはホッとしたような、しかしどこか寂しそうな顔をした。
「私ね、もしもあなたを見つける事が出来たら何があろうとあなたを連れて帰るつもりだったの。今の私は教会の一員だし、サミー様に頼み込めば弟一人くらいどうにかして貰えると思っていたから。……でも私が教会に拾われたように、あなたも自分の新しい居場所を見つけていたのね」
「……うん」
「それならもう私は何も言わない。その代わり約束して。私は教会のお仕事をしながら幸せを掴んでみせる。だからあなたも絶対に幸せになって。いつも笑顔でいて欲しいの。わかった?」
「うん」
「良い返事ね。それじゃこれで難しい話はお終い。さて、いい加減お腹が空いたわね。これ以上アルベルトさんを待たせるのも悪いし、用意をお願いしましょうか。良かったらあなたも一緒に食べない?」
「食べる!」
それからセシルとオルレアは二人で食卓を囲んだ。
食事をしながら色々な話をした。
貧民街で一緒に過ごしていた頃の思い出話や、これから叶えてみたいお互いの夢の事。
下らない冗談なども言い合ったりして、ようやくかつての姉弟のような関係に戻れたような気がした。
※ ※ ※
翌日、マリアンデールがベッドから脱出してきた。
ウェンドリンの紐を自力で解ける程度には回復したようだ。
マリアンデールはオルレアから真っ白な夢の世界の話を聞いた。
それに関して何か思い当たる事があったらしい。
軽い食事を済ませて早々、マリアンデールは館の地下の封印の扉の部屋で何かを調べ始めた。
セシルが気になって尋ねたが、はっきりしてから話すからと言って教えてくれなかった。
オルレアはそれから何日か療養と経過観察の為に呪いの館に滞在した。
その間セシルと話したり、ウェンドリンに裁縫を習ったり、中庭での畑仕事を眺めたりしていた。
しかし体調もすっかり回復し後遺症なども見られないからもう問題ないだろうという事になり、迎えにやって来たサミーとともに自分の世界へ――教会の第三支部へと帰ることになった。
「もし何か困った事があったらすぐに知らせてくれ。ここの怪異総出で助けに行くから」
「そんな事したら大騒ぎになっちゃうでしょう。でもまあ、その時はお願いね」
セシルとオルレアは笑顔で握手をして別れた。
少なくともセシルはオルレアが見えなくなるまでは泣かなかった。
オルレアは周囲に広がる森を歩きながら、一度だけ呪いの館を振り返った。
しかしそれはほんの数秒だけで、すぐに前を向き、先を進むサミーの後を追った。
自分の胸に秘めていたセシルへの想いには最後まで自覚する事は無かった。




