第78話 顛末
長話が退屈だったのか、ポルターガイストの三兄弟はいつの間にかいなくなっていた。
恐らくどこかへ遊びに行ったのだろう。
そんな訳でオルレアの部屋を後にしたのはセシル、ウェンドリン、リンゲン、サミーの四人。
この人数なら広い部屋を使う必要も無いだろうという事で、セシルたちはオルレアの部屋からそう遠くない別の客室で話す事にした。
セシルはベッドに腰を下ろし、小さなリンゲンは跳ね上がって鏡台の上に陣取る。
ウェンドリンとサミーはそれぞれ備え付けの椅子を引き、四人は向かい合うように座った。
「それで、オレが眠ってから何があったんだ?」
セシルが神妙な様子で訪ねる。
しかしウェンドリンは困ったように笑いながら言った。
「そんな身構えるような事では無いわ。ただ、後片付けが大変だったのよ」
「後片付け?」
セシルはきょとんとしたが、そういえばと思った。
『ケテル』を倒しはしたものの、礼拝堂内は大惨事になっていたのだ。
ステージとその周囲は壊滅し巨大な蓋に変わっていたし、『ケテル』の泥の拳でそこら中の長椅子が破壊されていた。謎肉の肉の山もそのままにはしておけない。
そして何より、巨大な地獄の穴が開いたせいで教会内には瘴気が充満していたはずだ。
「まさかあれ全部マリアンデールさんが元通りにしたの?」
「そうよ。ほとんどマリアンデール一人で……いえ、正確にはマリアンデールとリンゲンさんがね」
「わしは何もしとらんのだがな」
「うん? どういう事?」
リンゲンが首を振るのを見てセシルが困惑する。
ウェンドリンは掻い摘んだ説明を始めた。
セシルが眠って間もなく、マリアンデールが現れた。
見るからに顔色が悪く疲れ果てた様子でウェンドリンは心配したが、それよりも状況を説明して欲しいと言われたので礼拝堂で起きた出来事を話して聞かせた。
するとマリアンデールはまずセシルとオルレアの容態を確かめ、それから礼拝堂の封印の蓋を強固な封印に差し替えた。
そして何か見積もるように室内の惨状を見回した後、杖の宝石から沢山の光る球をポコポコ出し始めた。
床に転がった光球はやがてそれぞれムスッとした小人に姿を変えた。
複製召喚によって大量のリンゲンを作り出したのだ。
「リンゲンさんたちはマリアンデールが指示するまでもなく礼拝堂の修理に取り掛かったわ。どこを見てもリンゲンさんがいるし物凄い勢いで室内が綺麗になっていくしで中々圧巻だったわね」
「ふん。そんな面倒な真似をせずに直接わしを呼べばよかったものを」
「そうは言っても、あの時リンゲンさんたちは館へ誘い込んだ『この世ならざる者』の処理で離れられなかったでしょ? だから仕方なかったのよ」
ウェンドリンがなだめるように言うが、リンゲンはただ不機嫌そうに唸る。
セシルはリンゲンが元通りにしたが何もしていないという意味がようやく分かった。
それにしても大勢のリンゲンさんか。
ちょっと見てみたかった気もするな、とセシルは思った。
サミーが言った。
「私たちイリス教徒は日が昇ってから教会へ立ち入ったのですが、礼拝堂が見違える有様になっていてとても驚きました。夜の間は何度も爆音のようなものが聞こえていたのでどんなに酷い事になっているのだろうと戦々恐々していたので余計にね。……ただ、それが原因でマリアンデール様が倒れたと聞いて申し訳ない気持ちになりました。悪霊の問題を解決して下さったのに、無理をしてあそこまでさせてしまったというのは」
するとリンゲンが言った。
「なに、気にすることはありません。あいつが礼拝堂を修復したのは人間に封印の存在を悟らせないためですからな。むしろきっちり元に戻さず適当に作り替えたのだから文句を言ってやればいい」
「いえいえ滅相もない。確かに元の礼拝堂とは違う印象になっていましたが、新しい礼拝堂のほうが遥かに荘厳で見事な出来栄えです。神の奇跡が起きたのだと皆言っていましたし、涙を流す者さえいたほどでした」
「そ、そうですか」
複製がやったこととは言え自分の仕事を褒められて嬉しいのだろう。
リンゲンはもごもご言いながら顔を逸らした。
ただ誰がやったか知る由も無いとはいえ、教会の人間たちが呪いの館の怪異であるリンゲンの修復したものを有難がるというのは何とも不思議な感じだな、とセシルは思った。
いや、ここの怪異は神の指示で動いているマリアンデールによって生み出された訳だから間接的には神の使いのような物と考えられなくも無いし、別におかしくも無いのか?
まあ他人が信じて喜んでいる事に対してあれこれ考えても仕方ないか。
「じゃあその複製召喚でリンゲンさんを大量生産したのが原因でマリアンデールさん倒れたのか」
「大きな理由はそうでしょうね。他にも教会内の瘴気を除去したり謎肉ちゃんの肉を焼き払ったりもしていたけれどそっちはそこまで大変そうでもなかったし」
「全く、無茶をしおって」
リンゲンが再び顔をしかめる。
本人の預かり知らぬ所とは言え自分のせいでマリアンデールが寝込んだようなものだから気にしているのだろう。
不機嫌な理由の半分、いや八割くらいはマリアンデールへの憂心なのかもしれない。
「そういえばサミーさんはどうして呪いの館に? 教会のほうは大丈夫なの?」
ふと思い至ってセシルは尋ねた。
教会でそんな状態ならそれなりに混乱が起きているだろう。
そんな時に抜け出してここへ来て大丈夫なのか。
というかそもそも、教会本部から遥か遠くにあるはずの呪いの館へただの人間のサミーがどうやってここへやって来たのか。
するとサミーは安心させるように微笑んだ。
「心配ありません。私はオルレア君の様子を窺うためにちょっと抜け出して来ただけですから。教会本部の方々は私がいない事にも気付いていないはずです」
「そうなの?」
聞いてみると、マリアンデールが事前に教会本部のサミーの部屋のクローゼットの中と呪いの館の一室とを空間の穴で繋げておいたらしい。
それでサミーはこの三日間、定期的に呪いの館を訪れてはオルレアの状態を聞いたり教会の様子を報告したりしていたのだそうだ。
そして教会の方はというと、初日こそ混乱が起きていたものの、三日経った今ではほとんど普段通りに戻っているらしい。
一夜のうちに別物のようになった礼拝堂について深く考える人間もいないし、悪霊の噂の正体や封印の扉の存在に気付いたような者もいない。
ただし上層部の間ではケテルの扱いをどうするかで揉めているらしい。
ある程度以上の肩書きの人間は今回の騒動をケテルが引き起こしたと知っているが、信者たちを安全に避難させるために「ケテル枢機卿は悪魔と戦うために教会に残った」と広めてしまった。
そしてケテルは既にこの世にはいないという。
信者たちに伝えた通りにケテルを正義のために殉職した使徒として葬儀を執り行うか、それとも悪魔の使いだったという事実を明かしてしまうか。
どちらの扱いにするべきか意見が割れているのだそうだ。
「ケテルか……」
セシルはあの夜のケテルの事を思い浮かべた。
『レイミナ』の手下をしていたという話だったが、セシルは最後まで彼女から敵意や悪意を感じなかった。
魔術の暴走を起こし地獄の穴を開けたのは間違いない。
だが、その直前にセシルたちに逃げろと忠告までしていたのだ。
「あの人はどうしてあんな事をしたんだろう」
セシルは呟いた。
ケテルについては結局何も分からないままだ。
「あの方が凶行に及んだ事情は私どもにも分かりません。悪い噂が立ったこともありませんし、関係者に尋ねても常に微笑みを絶やさない聖母のような方だったという証言ばかりでしたから」
サミーが言った。
表情から察するにサミー自身未だに完全には飲み込めていないようだった。
ただ……とサミーは続けた。
「オーウェン枢機卿……セシルさんも一度会ったと思いますが、あの方が気になる事を仰っていました」
「気になる事?」
「はい。オーウェン様はケテルさん――申し訳ありませんが、呼び捨てにするのは気が咎めるのでさん付けをお許し下さい――がイリス神教に入信なさる前に一度だけ言葉を交わした事があったそうなのです。もう二十余年も前だったそうですが……」
オーウェンがケテルを見掛けたのはとある墓所だった。
その日は体の芯まで冷えるような寒い冬の雪の日だったのだが、ケテルは外套も傘も持たず、ある墓の前で立ち尽くしていた。
身体に積もった雪の量から察するに随分長い間そこに留まっていたらしい。
気になったオーウェンはどうしたのかと声を掛けた。
するとケテルは虚ろな目でオーウェンを見つめたあと、自分は許されない罪を犯してしまった、だからここから動けないのだ、と答えた。
どうも放っておいてはいけない様子だったので、オーウェンは宜しければ私と一緒に教会へいらっしゃいませんか、と伝えた。そこであれば他の者に聞かれることなく懺悔を聞いて差し上げる事もできますから、と。
それに対してケテルは言った。
「そんな事をして何になるのです」
「罪を告白し熱心に祈れば、私を介してそれが神に伝えられます。そうすればきっとあなたの心を楽にして下さるはずです」
「祈りを捧げれば神が私を断罪して下さるのですか?」
「それはあなたの心持ち次第です。何があったのかは存じませんが、贖罪の意思があるならば神はいつかあなたに救いの手を差し伸べて下さるでしょう」
「分かりました。では、決心が付いたらお伺いさせて頂きます」
ケテルは深々と頭を下げるとその場から立ち去って行った。
しっかりした足取りだったので一先ずは問題無いだろうと判断し、オーウェンもその場を後にしたのだ。
ケテルがオーウェンを訪ねてくる事は無かった。
だがしばらくしてから、オーウェンは一般の信者たちの中にケテルの姿を見つけた。
最初は同じ人物とは分からなかった。あの日の無表情が信じられないような柔らかい笑みをたたえていたからだ。
その後、ケテルは見る間に頭角を現した。
どんなに辛い状況でも不平不満を言わず、他の者が躊躇うような疫病の蔓延する土地への慰問なども自分から進んで行う。大勢の人間を救い、絶大な支持を集め、十数年という成人してから入信した一般信徒としては異例の速さでオーウェンと同じ枢機卿の地位まで登り詰めた。
オーウェンの事をケテルは覚えていないようだったがオーウェンは構わなかった。
今更蒸し返すような事柄では無いと思ったし、ケテルの様子を見る限りでは抱えていた問題も消化できたのだろう。そう思い安心していたからだ。
「――でも、実際はそうでは無かったのね」
ウェンドリンが言った。
サミーは頷いた。
「今回の事態を引き起こしたという事はそうなのでしょうね」
「『地獄に落ちる方法を教えて欲しい』。……マリアンデールの話では『この世ならざる者』にそう尋ねたらしいな」
リンゲンが独り言のように言った。
全員が何となく口をつぐむ。
――神が私を断罪して下さるのですか?
――どうか私に地獄に落ちる方法を教えて下さい。
ケテルはずっと罪を償う機会を――自身が悲惨な最期を遂げる方法を求めていたのだろうか、とセシルは思った。
それならばあの礼拝堂での全てを諦めたような態度にも一応は納得がいく気がする。
そこまで思い詰める程の罪というのが一体どんな物だったのかは想像も付かないが……。
ただし、これはあくまで推測でしかない。
本人と二度と話せない以上、真相を確かめる術は無い。
何にせよ、これ以上部外者が掘り返してはいけない事柄のように感じられた。
「ところで、私たちもセシルに聞きたい事があるんだけど」
ウェンドリンが場の空気を振り払うように切り出した。
セシルもそれに応じた。
「どんな事?」
「セシル、礼拝堂で人形に戻ってくれたでしょ? あのお陰で事態の収拾が付けられたという所はあるんだけど、どうしてあの時『魂の交換』が発動したの? 思い返すとタイミングが良すぎたように思えるのだけど、何か思い当たる節はある?」
「ああ、その事なんだけど」
セシルもそれについては気になっていたのだ。
セシルは夢の中でもう一人のセシルに出会いオルレアからの伝言を託されたこと、複製召喚の際に召喚候補の中に謎のセシルが混じっていたことなどを話して聞かせた。
他の三人は興味深げに耳を傾ける。
リンゲンが思案顔で言った。
「マリアンデールが起きたらその話をした方がいいかもしれんな」
「そうね。無関係ではなさそうだし」
その時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ。鍵は開いてますよ」
「失礼いたします」
やって来たのはアルベルトだった。
セシルは尋ねた。
「どうしたんですアルベルトさん」
「つい先程オルレア様がお目覚めになりまして。それをお知らせに参りました」




