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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第2部 第5章 因縁の魔女

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第71話 地獄の礼拝堂

 その時、ほとんど悲鳴に近い叫び声が上がった。


「セシル!」


 同時に複数の紐が伸び、地獄の泥に落ちたセシルたちを掴んで引き上げる。

 泥まみれで床に転がった二人の元へ、礼拝堂に入って来た女が慌てた様子で駆け寄った。

 紐使いの怪異ウェンドリンである。


 ウェンドリンには状況が全く呑み込めていなかった。

 マリアンデールからは『レイミナ』と地下で対決すると聞いていたのに、空間転移で教会本部へやってきた矢先に全く別の方向から異様な気配を感じた。

 それで何事かと駆け付けたところ礼拝堂らしき場所に巨大な地獄の穴が開いており、さらにセシルとオルレアがそこへ落ちていくのを目の当たりにしたのだ。


「セシル! オルレアさん! 返事をして!」


 ウェンドリンは二人に付いた泥を出来る限り払いながら必死に声を掛けた。

 だが二人とも反応が無い。


 普通の人間は瘴気を少量吸っただけでも致命傷になる。

 すぐに引き上げたとはいえ、地獄の穴に落ちたとなるとひょっとしたら泥も飲み込んでしまったかもしれない。

 もしも、瘴気どころか瘴気の発生源である泥を体内に入れてしまっていたとしたら……。


 人形の姿のオルレアはまだしも、現在人間であるセシルの方はもう絶望的かもしれない。

 そんな考えがウェンドリンの脳裏を過ぎった。

 しかしだからといって放ってはおけない。


「謎肉ちゃん、お願い」

「モー」


 ウェンドリンの肩に乗っていた謎肉が床にぴょんと飛び降りた。

 倒れているセシルとオルレアの様子を窺うように周りを跳ね回ったあと、その小さな身体からは信じられないほど大きく口を開け、二人を頭から丸呑みにする。

 水晶玉のような見た目をしているが思いのほか伸縮性があるのだ。


 謎肉は瘴気を無害化して謎の肉に変換する。

 そして地獄の泥は瘴気の元のようなものなので、一応は泥も無害化できる。

 できるのだが――。


 謎肉はセシルたちを口に入れた途端、あっという間に見上げるほど大きな肉の塊に変わってしまった。

 地獄の泥は瘴気の毒素を濃縮したような物なのだ。

 当然ながら毒素の量も桁違いなため、無害化しようとすれば生産される肉の量も桁違いになる。


「ム゛ー……」


 謎肉は口を閉じたまま唸り、身体を何度か揺すった。

 どうやら跳ねようとしたらしかったが、まともに身動きが取れなくなっているらしい。


「ありがとう、上出来よ。苦しいだろうけどもう少しそのまま我慢してね。全部片付いたらそのお肉ちゃんと切り落としてあげるから」

「ム゛ー」


 謎肉は返事を返すがそうしている間にも肉はどんどん増えていく。

 それはセシルたちの毒が未だに抜け切れていないという事を示していた。


「………」


 ウェンドリンは不安げに謎肉を見上げた。

 だが今のウェンドリンがセシルとオルレアに対して出来る事は無い。

 治療は謎肉に任せて、ウェンドリンはウェンドリンの役割を果たさなければならないのだ。

 ウェンドリンは唇を固く結ぶと厳しい表情で地獄の穴へ振り返った。


 穴の中央付近に妙な個体が立っている。

 サミーやオルレアが着用していた修道服に似た衣装をまとった個体だった。

 地獄の穴から絶えず這い出している他の『この世ならざる者』たちはロレッタの気配に誘われて空間転移の穴がある書庫のほうへと向かっているのに、その修道服の個体だけはこちらをじっと見つめたまま動かない。


 何者かは知らないが、あれがこの地獄の穴を開いた張本人だろうとウェンドリンは直感した。

 服を着ている以外は普通の『この世ならざる者』と変わらないようだったが、明らかに自我のような物を持ち合わせている。

 どうやって湧いて出たのかは知らないが、恐らく『ベレン』に近い個体だろう。


 そしてその予想は当たっていた。


「ヒャヒャヒャッ!」


 修道服の個体が突然笑い声を上げた。

 視線を向けて来たウェンドリンの事を新しい玩具と認識したらしい。

 楽し気に叫びながらおもむろにウェンドリンへ腕を向け、高速で拳を撃ち出した。


「!?」


 ウェンドリンは目を見張ったが咄嗟に複数の紐を張り巡らせた。

 軌道を逸らされた拳がウェンドリンの横をすり抜け、背後の椅子の背もたれに激突する。

 チラリと確認すると背もたれは見事に砕けていた。

 今の拳、見た目以上に破壊力があるらしい。


「……よりによって遠距離攻撃か」


 参ったわね、ウェンドリンは思った。

 これでは迂闊に近寄れない。

 そして拳の弾丸以上に厄介なのは、修道服の個体が地獄の穴の中央から動く気配が無いことだった。

 あれでは遠すぎてウェンドリンの紐では決定打が与えられない。


 ――この穴さえどうにかなれば、いくらでもやりようがあるのだけど……。


 ウェンドリンは苦い顔で地獄の穴に目を向けた。

 地獄の穴は周囲の空間をじわじわ侵食し、現在進行形で広がり続けている。

 問題の個体だけでなく、この穴も放っておくのは不味い。


 地獄の穴を封じるのはマリアンデールにしか出来ないが、先程から何度か足元に地響きが伝わって来る。

 どうやらマリアンデールは彼女が想定していた通り地下で戦っているようだ。


 振動の様子から考えて相当激しくやり合っているのだろう。

 仮に助けを求めたところで、すぐこちらへ駆け付けてくれる事は期待できない。


「ヒヒヒ……」


 修道服の個体が再び拳の弾丸をウェンドリンに放つ。

 ウェンドリンは紐で軌道を逸らしつつ横に跳んで移動した。

 元の位置で戦い続けては謎肉に流れ弾が当たりかねない。


 相手の強さは恐らく『ベレン』相当。

 ウェンドリン一人で立ち向かっていい相手ではない。

 さらに地獄の穴のせいで足場は限られ、こちらの攻撃は届かず、相手は好き放題に弾を撃って来る。

 状況は劣勢もいい所だった。


 しかし、やるしかない。

 身動きの取れない謎肉や治療中の二人を守る必要があるし、この特殊な個体を礼拝堂から出す訳にはいかないのだ。


 不幸中の幸いというべきか、この礼拝堂の出入り口はウェンドリンが入って来た扉以外は全て閉まっていた。

 今すぐに教会の外へ大量の瘴気や泥が溢れ出す心配は無いだろう。

 まあ時間の問題ではあるが、そこは手遅れになる前にマリアンデールが来てくれると信じるしかない。

 ウェンドリンは覚悟を決めると両手から紐を出し、身構えた。



 ※ ※ ※



 一方、謎肉の口の中。

 『ケテル』の拳をまともに受けて昏睡状態のオルレアは不思議な夢を見ていた。


 オルレアは真っ白な空間で仰向けに横たわっていた。

 まぶたは閉じていて身体も動かせないが、何故か自分の周囲の様子が手に取るようにわかる。


 朧げだった意識も次第にはっきりしてきて、これは夢だな、と自覚できるようになった。

 しかしいつまで経っても夢は醒める様子が無い。

 いつまでこうしていればいいのだろう。オルレアは呑気にそんな事を考えていた。


 そんな矢先、突然すぐ近くで声がした。


「ねえ、そろそろ起きられる?」


 誰もいなかったはずなのに、いつの間にかオルレアの傍に誰かが屈み込んでいた。

 そして不思議な事に、その声を聞いた途端オルレアは自分の身体を自由に動かせる事に気が付いた。


 目をパチリと開き上半身を起こす。

 オルレアはもう見慣れてしまった赤いドレスに身を包んでいた。

 そして両手は白い陶器。

 夢の中だというのに人形の身体のままのようだ。


「あ、やっと起きた」


 声が再び聞こえた。

 そう言えばこの声のお陰で動けるようになったのだ。

 オルレアは声のする方へ向き直った。

 そして、ポカンと口を開けた。


「え……?」


 そこにいたのは赤いドレスの人形だった。

 翠の眼にブラウンのショートヘア、髪にはドレスと同じ赤のリボン。

 自分と全く同じ姿をした人形のセシルがそこにいた。


「あなたは……誰?」

「あれ、わからない? 私はセシル。ずっと一緒にいたでしょ?」


 人形は言った。

 だがオルレアは訝しんだ。

 この子はオルレアと魂が入れ替わった『あの子』ではない。

 雰囲気も喋り方も違う。


 ただ、何故かはわからないがどこかで会った事があるように感じられた。

 一体どこだっただろうか。


 人形はオルレアが無言のままでいるのを不思議そうにしていたが、やがて何かに思い至ったらしい。

 ポンと手を叩き、一人納得したようにウンウン頷きながら言った。


「ああそうか。セシルって言っちゃうと君はあの小僧を思い浮かべちゃうのね。それならこう言えば伝わるかな。私は人形のセシルそのものなんだ」

「人形そのもの……?」

「そう。君たち人間の魂を閉じ込めていた器としての人形。言ってみれば『初代セシル』。それが私なのさ」


 そう言って人形――『セシル』はニコリと笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マリアンデール側が長引いてるうちに、ケテル側でこんなことが起きるとは。 そして初代セシル!? 謎だった存在の登場に驚きです。 入れ替わりには"前"の存在が必要なのですが、初代はどうだったの…
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