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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第2部 第5章 因縁の魔女

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第68話 魔女の秘策

「残念だけどお前を洗脳するのはもう止めだ。代わりにこの場で泥まみれにしてアタシらのお仲間に加わって貰おう。せいぜい神の元への案内役を果たしておくれ」


 『レイミナ』は勝ち誇った顔で言った。

 そうしている間も新しく開いた地獄の穴からは泥が溢れ続ける。


「……まさか、地獄の穴を新しく開けるとはね」

「驚いたか? この女の身体は本当に便利でね。この程度ならいくらでもできるのさ。こんな便利な物を地獄に落としてくれたお前には感謝しないとなあ」


 『レイミナ』はゲラゲラと笑う。

 だがマリアンデールは取り合わず、ただ静かに手にした杖を軽く持ち上げた。


「ええ、驚いたわ……ただし、驚いたっていうのはあなたが穴を開けた事そのものに対してではないの」

「なに?」

「レイミナの身体を利用するのならあなたが魔術を暴走させる可能性はこちらも考えていたの。でもまさか、ここまで予想通りとは思ってなかったって事よ」


 マリアンデールの杖に嵌められた赤い宝石が淡い光を発した。

 そして杖の中央を持ちクルリと一回転させると、宝石の光が赤い輪を描く。


 赤い光の輪は杖から離れ、ふわりと宙に浮かび上がった。

 それと同時に輪の中に大小様々な魔法陣が現れたかと思うと、互いに重なり合いながら増殖し輪の隙間を埋め尽くしていく。


 輪の中が魔法陣で満たされた時、赤い光は静かに消え去った。

 そしてそこに残ったのは、重量感のある巨大な円盤型の魔力の塊だった。


「まさかそれは……封印の扉か?」

「ご名答。ただし簡易版だけどね」


 扉の形こそしていなかったが、それは紛れもなく『封印の扉』と同じ術式で組み上げられた代物だった。

 『レイミナ』は信じられない様子で円盤を見上げた。


「馬鹿な……。封印の術式はアタシでも構築に時間が掛かるんだぞ!? それをこの短時間に、しかも無詠唱で完成させたっていうのか?」

「だから簡易版だと言っているでしょう。いつでもすぐに使えるように予め携帯してたのよ」

「な、なんでそんな都合の良いもの持ってるんだ」

「あら、それはあなたのお陰よ?」

「……なんだと?」

「あなた、呪いの館で『ベレン』をけしかけてくれたでしょう。あれのお陰で色々と反省点が浮き彫りになったからね。もちろん、巡り巡ってこの場で役立つ事になるとは思わなかったけど」


 以前、呪いの館で地下の封印の扉を作り替えようとした際、詠唱中だったマリアンデールは『ベレン』からの不意打ちを受けた事があった。

 口に泥を含まされて詠唱を中断させられた挙句、何の抵抗もできないまま封印の扉を破壊されるという大失態を演じてしまったのだ。

 その時の反省から新たに作り出し、持ち歩くようになったのがこの携帯型の封印の扉だった。


「便利でしょ? こうして非常時でも詠唱不要ですぐに魔術を発動できる。まあ、簡易版だから扉というよりだたの蓋なんだけど……ねっ!」


 マリアンデールはそう言うなり杖を振り下ろした。

 杖の動きに合わせて封印の蓋が地獄の穴めがけ勢いよく落下する。


「――っ!」


 『レイミナ』が思わず後ろへ飛び退いた。

 それとほぼ同時に蓋は穴に叩き付けられ、部屋全体が激しく揺れ動く。

 室内が静まり返った時、地獄の穴は完全に塞がっていた。


 『レイミナ』は愕然として蓋を見下ろしていた。

 だがふと我に返ると、マリアンデールへ引きつったような笑みを向けた。


「中々やるじゃないか。でもいいのか? アタシは構わないが、お前はこの部屋の存在を人間どもに知られたくないんだろう? 今みたいな凄い音出しちまったら確実に気付かれるぜ?」


 しかしマリアンデールはケロリとして言った。


「それなら別に問題無いわよ?」

「は?」

「この建物、今はもぬけの殻のはずだから」



 ※ ※ ※



 ルシベーラ公国のほぼ中央部に位置する、教会本部が置かれた都市アインエル。

 本部から少し離れた場所にある教会所有の広場に、大勢の修道服の人々が集まっていた。


「今、何か聞こえませんでしたか?」

「聞こえましたとも。教会本部の方から、何か振動のようなものが……」

「では、悪魔との最終決戦という話は本当なのでしょうか」


 それぞれ不安だったり、あるいは好奇心、または奇跡を目の当たりにした興奮といった表情を浮かべている。

 広場に集まっていたのは、普段であれば現在は教会本部内にいるはずの人々だった。


「静かにしろ! 誇り高きイシス神教に仕える者がこの程度の事で狼狽えるな! 騒げば周辺住民の方々の迷惑になるだろうが!」


 集団の中で一人の若い男が統率を取ろうと声を張り上げていた。

 声の主はカルセド。枢機卿の一人であり、セシルたちに対して不遜な態度を取っていたあの男だった。

 周囲の声よりも本人の怒鳴り声の方が余程大きく近所迷惑になりそうではあったが本人は気付いていないらしい。


 そんなカルセドの元へ男が一人近付いた。

 小太りで小柄な中年男。オルレアの上司のサミーである。


「カルセド様」

「ん? ……何だ、貴様か。また何か問題でも起きたのか?」

「いやまさか、そんな事はありません。ただ、お礼を申し上げておかなくてはと思いまして。あなた様のお陰でこうして本部の皆さまに安全かつ穏便に避難して頂けましたので」

「ふん、礼など言われる筋合いはない。私は必要だと思ったからやったまでだ。……実際、貴様らの助言が無かったら今頃どうなっていたか分からんからな」


 そう言いながらカルセドは教会本部へ目を向けた。

 教会からは再び何かが爆発でもしたかのような重低音が響いてくる。


「神の御使いと悪魔の戦い、か。まさか本当の事とはな」

「ええ、そのようです……」


 サミーも緊張した面持ちで同じ方向を見上げながら頷いた。

 あの現場に人が残っていたら多少なりとも被害が出ていたかもしれない。

 期待通りに事が運んでよかった、とサミーは心底思った。



 マリアンデールが『レイミナ』との対決中に教会内に人がいると困ると言った時、サミーが思い付いたのは教会本部の人間を外へ避難させることだった。

 ただし、教会本部はイリス神教の総本山。施設の規模も抱える信者の数も他の支部とは比べ物にならず、夜間でも相当な数の人間が留まっている。


 それら全員を避難させるというのはかなり大掛かりな事になるし、さらにその大移動を『レイミナ』と繋がりのあるケテル枢機卿に悟られてはいけない。

 それを可能にするには最低でも枢機卿くらいの力を持った人物に話を通す必要があった。

 しかしサミーが日中に他の枢機卿に目通りを願えばケテルにもほぼ確実に気付かれる。


 そこでサミーが考えたのが、カルセドに相談する事だった。

 オルレアたちの話によれば、カルセドは地下の悪霊騒ぎの担当を外された後も自主的に深夜の見回りを行っているという。

 ならばその時にセシルとオルレアが声を掛ければケテルに気付かれず接触できるはず、と考えたのだ。


 まともに取り合って貰えないのではないか、とセシルは余り気が進まない様子だったが、実際に声を掛けてみたところ態度は悪かったものの思いの他しっかりと話を聞いてくれたらしい。

 そして翌日カルセドは枢機卿の中で最も経歴が長く権力も大きいオーウェンにその話を持っていき、オーウェンは教皇に相談。

 それから間もなく教皇の名で以下のような通達がなされた。



『今夜、教会本部内に置いて神の御使いが地下の悪霊を退治なされるとの神託が下った。

 我々の中から、ケテル枢機卿がその戦いに参加されることになった。


 ケテル枢機卿はその事について皆には語らず、普段と変わらぬ態度で皆に接するだろう。

 だがそれは皆に心配を掛けまいとする為だ。


 我々は彼女の足を引っ張ってはならない。

 彼女の集中力を削いではならない。


 そのため、今夜は何人たりとも教会本部に留まってはならない。

 ケテル枢機卿に悟られる事なく、日が落ちてから各自教会本部から静かに広場へ退避せよ』



 そういった経緯により現在こうして人々は広場に集まり、教会本部内は見事に無人となっていた。

 カルセドが言った。


「ところであの人形と少女はどうした。姿が見えないようだが」

「彼女たちは残っている者がいないか最後に教会内を見て回ると言っていました。問題が無ければもうすぐこちらに来ると思います」

「そうか」


 カルセドは頷いた。

 だが、その場から動こうとしなかった。

 ひょっとしてまだ何か言いたい事でもあるのだろうか。

 サミーがそんな事を考えていると、カルセドが再び口を開いた。


「もう一度聞くが、ケテル枢機卿が悪魔の手先だというのは本当なのか」

「手先かどうかはわかりません。ですが、味方をしていたのは間違いありませんでした」

「そうか……」


 カルセドの声はそれまでと比べると幾分か沈んでいた。

 人から聞いた所によると、カルセドがこの道に進んだのはケテルに助けられた事が切っ掛けだったらしい。それだけにかなりの信頼を寄せ、また尊敬もしていたようだった。

 気丈には振る舞っているが、相当にショックを受けているのだろう。


 正直なところ、サミーもケテルについては判断が付きかねていた。

 マリアンデールは間違いなくケテルは普通の人間だと言っていたし、サミー自身もケテルに悪い印象は持っていなかった。


 それに、枢機卿にまで登り詰める程だから当然ではあるのだが、ケテルはこれまで教会に対し多大な貢献をし、数多くの人々を救ってきた人物だった。

 その名声はサミーが所属する第三支部にまで届く程だったし、逆に悪い噂が立った事は一度たりとも無かった。

 そんな人物がどうして地獄の泥に組するような事になったのか。


 ――とりあえず、それを確かめるのも全てが片付いてからか。


 サミーはそんな事を考えながら教会本部を再び見上げた。



 ※ ※ ※



「……という訳で、現在この上には誰もいないわ。だからどれだけ騒ごうが気にする必要も無いの」


 マリアンデールが説明をすると、僅かではあるが『レイミナ』の顔に焦りの色が浮かんだ。

 やはりこの場所を選んだのはマリアンデールの力を制限したいという目的もあったらしい。

 だが、『レイミナ』はすぐに笑みを浮かべて言った。


「ふーん、そうなのね。でもお前が不利なのは変わらないでしょ?」

「というと?」

「悪いけどアタシはいくらでも地獄の穴を開けられるの。そしてお前が穴を塞ごうが、穴を開ければ開けるほどお前の敵は増えていく。たった一人でお前はどこまで持ち堪えられるのかしらね?」


 状況的には確かに『レイミナ』の言う通りだった。

 マリアンデールは力を抑える必要は無く、地獄の穴を塞ぐ手段もある。

 しかし『レイミナ』が開けた穴をマリアンデールが塞ぐまでにはどうしても時間差があり、その間に瘴気や泥が溢れ出してしまうのだ。


 噴き出した泥は『この世ならざる者』へと姿を変えてマリアンデールの敵となる。

 現に『レイミナ』の周囲には先程の穴から出現した数体の『この世ならざる者』が立っていた。


 通常の『この世ならざる者』からは瘴気が発生するのを考えると、マリアンデールとしては『レイミナ』よりも通常の方への対処を優先せざるを得ない。

 そしてその間『レイミナ』が黙って待っていてくれるはずもなく、新たな穴を開けるか又はマリアンデールに直接攻撃を仕掛けてくるだろう。


 どう足掻いても対応は後手に回る事になり、マリアンデールが追い詰められた状況にあるという事実は何も変わっていないのだ。

 そのはずなのだが……マリアンデールは落ち着き払って言った。


「大丈夫よ、そっちについても手は打ってあるから。というかあなたまだ気付いてなかったのね」

「……何よそれ。強がりのつもり?」


 『レイミナ』が訝し気にマリアンデールに聞き返す。

 だが、間もなく『レイミナ』も違和感に気付いた。


 地獄から現れた『この世ならざる者』たちが、一向にマリアンデールに襲い掛かる気配がない。

 それどころかマリアンデールを見てすらおらず、全員が全員、全く別の方向を揃って向いていた。

 そしてやがて、ふらふらとそちらへ歩き始めてしまった。


「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!」


 『レイミナ』が慌てて呼び止めるがその足は止まらない。

 『この世ならざる者』たちが向かった先には狭い階段があった。

 この隠し部屋へ辿り着くための唯一の出入口だ。

 そしてその階段を抜けた先は教会の書庫に繋がっていた。

 普段は隠し通路への入り口は本棚で塞がれているが、この時は解放されていた。


 書庫の中央には、奇妙な穴が出来ていた。

 空間を切り裂いて作られた丸い穴。

 マリアンデールが事前に用意しておいた空間転移用の穴で、穴の向こうには全く別の風景が――どこかの館の廊下が映っていた。


 『この世ならざる者』たちは誘われるようにその穴へと入って行く。

 そして穴を通り抜けた途端――ある者は巨大な拳に叩き潰され、またある者は一瞬の内に身体を細切れにされて消滅した。


「……やれやれ、本当に現れたぞ」

「マリアンデール様の危惧した通りになってしまったようですね」


 『この世ならざる者』を迎撃した巨人と礼服の老紳士が言った。

 体の大きさを自在に変えられる怪異のリンゲンと、執事の怪異アルベルト。

 マリアンデールは教会本部と呪いの館を空間転移の穴で繋げておいたのだ。


 今回の相手はレイミナの肉体を乗っ取っている。

 レイミナが持っていた魔術の知識と経験、そして魔術の暴走を二回も引き起こした過去を考えれば、新たな地獄の穴を開けるという可能性は十分に予想できた。


 それでマリアンデールが考えた対策が、教会本部に呪いの館を繋げてしまう事だった。

 呪いの館には『この世ならざる者』を引き寄せるベレンの娘、ロレッタがいる。

 ロレッタの気配があれば通常の『この世ならざる者』は本能に従いそちらへ向かうのだ。


 要するにロレッタを囮に使って『この世ならざる者』の処理を怪異たちに任せる、という作戦なのである。


 人員配置はこの間の『ベレン』襲来時とほぼ同じだった。

 リンゲンとアルベルトが『この世ならざる者』の処理を行い、ポルターガイストの三兄弟ポール、タガー、イストの三人はもしもの為にロレッタの部屋で待機している。


 ただ、紐使いの怪異ウェンドリンと、瘴気を無毒化するピンク玉の謎肉については別の役割を任されていた。

 二人(一人と一匹?)の役割は教会本部内の瘴気の無力化。

 人払いしたとはいえ、教会の外に瘴気が漏れ出したら大惨事になるからだ。


「それじゃ、ここは任せたわよ」

「ふん、言われんでもやってやるわい」

「ウェンドリン様もお気をつけて」

「ええ。――それじゃ謎肉ちゃん、行きましょうか」

「モー」


 ウェンドリンは謎肉を手の平に乗せると教会本部へと繋がる空間転移の穴へ入って行った。


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