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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第2部 第5章 因縁の魔女

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第65話 偽物との再会

 夜も更けた頃。

 マリアンデールは空間転移で教会本部地下の隠し部屋に現れた。


 この部屋の存在を知る者は殆どおらず、基本的にマリアンデール以外が立ち入ることはない。

 だから普段の室内は常に真っ暗で光源を持ち込まなければ何も見えず、石組みの壁や天井には埃の積もった蜘蛛の巣があちこちに張られているような有様だった。


 しかし今は壁に明かりがいくつも掛けられ、苦労なく部屋の中を見渡せる状態になっていた。

 目に付く部分の蜘蛛の巣も取り払われている。

 どうやら相手が事前に簡単に掃除などをしてくれたらしい。


 直方体の殺風景な部屋の奥、封印の扉の手前に二人の人間が立っているのが見えた。

 一人は修道服姿の中年女性。ケテルだ。

 ケテルはマリアンデールの姿を見ると恭しく頭を下げた。


 そしてもう一人は――。

 マリアンデールはその姿を見て思わず息を飲んだ。


 それは栗色の長い髪を後ろでまとめた十代半ばの少女だった。

 黒い瞳に、背の低い華奢な身体。

 そして、昔のマリアンデールも着ていた、今ではもうこの地上には存在しない民族の衣装をまとっている。


 マリアンデールがこれまで片時も忘れることのなかった幼馴染。

 レイミナがかつての姿そのままでそこに立っていた。


「まさか……」


 マリアンデールが思わず声を漏らすと、『レイミナ』は静かに微笑む。

 そして口を開いた。


「久し振りねマリアンデールちゃん。元気にしてた?」


 次の瞬間、『レイミナ』の首が切り落とされて床に転がり落ちた。

 マリアンデールが空間魔術で首を切断したのだ。

 空間魔術は移動だけでなくこういう使い方もできるのである。


 だが突然のマリアンデールの攻撃に対し、『レイミナ』とケテルは特に動揺もしなかった。

 首を落とされた『レイミナ』の胴体が屈み込み、断面からこぼれた泥と頭部を丁寧に拾い上げ、元の位置まで持ち上げる。

 それから切断部をぐりぐりとこすり合わせると首は元通りに繋がった。

 傷跡一つ残っていない。


 修復が終わると『レイミナ』はわざとらしく胸元に手を当てて安堵の溜め息を付いた。

 それから怒る事もなくマリアンデールに笑いかける。


「何をするの? いきなり酷いじゃない」

「あなたとは初対面でしょう。妙な演技は止めて貰えるかしら。次にやったら脅しじゃ済まさないわよ?」

「あら怖い。わかったわ。私もあなたと戦うのは本意では無いもの」


 『レイミナ』は楽しげだった。

 それ対してマリアンデールはニコリともせず『レイミナ』を睨み付けた。


「一応確認するけれど、呪いの館での一件もあなたが裏で糸を引いていたって事でいいのかしら」

「ええそうよ。あなたに私のことを悟られないようにするのは中々大変だったけど、『ベレン』はとても役に立ってくれたわ。お陰でこうしてあなたと話し合う機会も得られたし」


 どうやら呪いの館での出来事も本命はベレンの娘であるロレッタではなくマリアンデールで間違いなかったらしい。

 いや、恐らく『ベレン』の狙いはあくまでロレッタだったのだろうが、それをやらせた『レイミナ』にとっては『ベレン』が敗北するのも織り込み済みだったのだろう。


「話し合いね……。じゃあとりあえず質問させてもらえる?」

「どうぞ」

「あなたは『この世ならざる者』よね? どうやって地獄から出てきたの?」


 マリアンデールが『レイミナ』を見て動揺したのは、レイミナの姿を目の当たりにしたからという理由だけでは無かった。

 本来、『この世ならざる者』は封印の扉がある限りはこちら側へは出て来られないはずなのだ。

 しかしこのレイミナの皮を被った泥人形は現実としてそこに立っていた。

 だから思わず声が漏れたのである。


 封印の扉を破壊したのかと思ったが、見たところ『レイミナ』とケテルの背後にある封印の扉はこれといって何かされた様子はない。

 それならば、こいつは一体どうやって外に出てきたのか。


 マリアンデールが投げかけた問いに対し、『レイミナ』は事もなげに言った。


「ああ、それなら扉を通り抜けるための魔術を作ったのよ」

「……何ですって?」

「ついこの間気付いたばかりなんだけど、この封印の術式って似たような術式でなら無効化できるのよ。だからほら、その術式を身にまとうとこんな風にあっさりすり抜けられるようになるの」


 『レイミナ』は封印の扉に駆け寄って手を伸ばした。

 するとその手が扉の中に音もなくスルリと沈む。

 ポルターガイストの三兄弟が壁をすり抜けるのと同じような感じで、扉自体には全く影響を与えていないようだった。


 どうしてそうなるのか、理屈そのものはマリアンデールにも分かった。

 封印の扉の術式はあらゆるものを通さないように出来ている。

 ただ、例外として封印の術式だけには反応しないようになっているのだ。

 理由は簡単で、そうしなければ扉という形を維持出来なくなるからだ。


 そしてどうやらその仕様には、封印の扉の術式と同じ術式で包んだ物を素通りさせてしまう、という穴があったらしい。

 『レイミナ』は振り返り得意げに言う。


「ね、凄いでしょ?」

「へえ、そんなやり方があったのね」


 マリアンデールは態度には出さなかったが内心驚いていた。

 『レイミナ』は何でも無いことのように言ったが、封印の扉の術式は数え切れないほどの術式を積み重ねて構成されている。

 いわば高密度に圧縮された魔力の塊のようなものなのだ。

 それを自分の身体を包むように形成するというのは言葉でいうほど簡単ではない。

 今のマリアンデールに再現できるか分からないし、そもそもマリアンデールはそんな発想自体をした事がなかった。


 どうやらこの『レイミナ』の個体は想像していた以上に技量が高いらしい。

 『ベレン』に封印の扉の壊し方を教えたり、教会本部の建物全体に洗脳魔術を展開したり――生前のレイミナが知らないはずの魔術知識を持っている時点で予想は付いていたが、どうやらこの個体はレイミナの肉体と知識を取り込んだだけでなく、得られた魔術の知識をずっと進化させ続けていたのだ。


 この場で仕留めるつもりだったけれど相当厄介そうね、とマリアンデールは思った。

 今の説明からすると相手は封印の扉と同じ性質を持った鎧を着ているようなものなのだ。

 こちらの攻撃はほぼ通らない。


 先程首を刎ねる事が出来たのも不意打ちが成功した訳では無かったのだろう。

 わざと挑発するような事を言ってわざと攻撃を受けたのだ。

 その方がマリアンデールが受ける衝撃が大きくなる。

 あれは油断ではなく余裕であり、戦略だったのだ。


 その証拠に、マリアンデールはもう一度『レイミナ』の身体を切断しようとしてみたが魔術が上手く発動しなかった。

 『レイミナ』はそれを見透かしたようにニヤニヤ笑っている。

 マリアンデールは魔術の発動を諦めると口を開いた。


「すると、あなたから瘴気が漏れ出していないのもその術式をまとっているせいなのね」

「さすが理解が早いわね。その通りよ。意図したものでは無かったんだけどね。でも、お陰でこうして面と向かって話をしてもケテルを殺さずに済んだわ」


 『レイミナ』はそう言いながらケテルに振り返る。

 ケテルのほうはただ無言で笑みを返した。


 『レイミナ』は特殊な個体ではあるものの『この世ならざる者』には違いない。

 そして『この世ならざる者』は身体から瘴気を発生させる。

 瘴気はこの世の生き物にとっては猛毒で、人間も例外ではない。


 だから『レイミナ』のすぐ近くに立っているケテルなど、本当なら数秒も経たず絶命しているはずだった。

 だが、瘴気を遮断する封印の扉と同じもので身体を包んでいるのであれば、瘴気が外に漏れ出すことも無く、周囲への被害も出ない。

 ただしあくまでも密封しているだけなので、恐らく術式を解除すれば一気に溜まっていた瘴気が溢れ出す事になる。


 つまり今回の相手はこちらの攻撃のほとんどが通用せず、もし通用したとしても溜まりに溜まった瘴気が噴き出す爆弾のようなもの。

 考えて立ち回らなければ簡単に大惨事に繋がる。


「ねえねえ、他には? 他に私に聞きたい事は無いの?」


 『レイミナ』はおねだりでもするようにマリアンデールに尋ねた。

 先程から感じていたが、脅威度に対して態度が妙に軽い。

 まるで本物の人間の子供のようだった。


 少女の容姿に合った言動と言えなくも無いが、少なくともレイミナはこんなぐいぐいくるような性格では無かった。

 『この世ならざる者』には未だに良く分からないところが多い。


 マリアンデールは少し考えてから言った。


「それじゃあ次の質問だけど……私をここに呼び出した理由は何?」

「それはケテルが伝えたでしょ? 私はあなたと話がしたかった。正確に言えば相談かしら」

「相談?」

「そう、相談。――マリアンデール、私たち協力できないかしら」

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