第64話 作戦会議
「……以上がレイミナについての情報よ。関係する部分だけを飛ばし飛ばしに話したから不明瞭な部分もあるかもしれないけれど、余計な話を増やしても煩雑なだけだからそういうものだと思ってちょうだい」
マリアンデールは語りを終えると溜め息を付いた。
ずっと他人の事でも話すような事務的な話し方だった。
自分の感情とは切り離して事実だけを伝えてくれようとしたのだろう。
セシルは言った。
「神ってそんな奴なのか。ちょっとショックだなあ……」
「まあ、碌でもない奴な事は否定しないわね」
マリアンデールが疲れた顔をしながらもくすくす笑う。
オルレアが心配そうに尋ねた。
「あの……私たちに話しても良かったのですか? マリアンデール様にとっては他人に知られたくない事柄だったのでは……」
「気にしなくていいわ。感傷的になるような時期はもうとっくに過ぎてるから。それに、ここの地下の扉が関係してくるなら知っておいて貰ったほうが良いとは以前から思っていたし。ちょっと機会が無くてこんな土壇場の説明になっちゃったけどね」
「それはどういう……」
「先程言ったレイミナの遺体が落ちた地獄の穴というのが、この教会本部の地下にある奴なのよ」
セシルは目を丸くした。
「そうなのか?」
「ええ。だから私に地下の扉の部屋に来いというのも何かしらの意図があるんでしょうね」
「……ちょっと聞きにくい事を聞くんだが、そのレイミナって人が死んだのは確かなのか?」
「間違いないわ。レイミナと戦ったとき私は一切手心は加えず確実に仕留めたわ。実際に会ってみて、もうあの子は駄目だってはっきり分かったからね。それに……ベレンの一件の後でひょっとしてと思ってね。もう一度確認もしたの」
「確認したって、どうやって?」
セシルが怪訝な顔をすると、マリアンデールはオルレアの胸元のブローチに目を向けた。
オルレアが戸惑った様子でブローチに手を触れる。
「これが何か……?」
「そのブローチに組み込んだ術式の複製召喚。それね、元々はレイミナの生死を確認するために組み上げた物だったのよ。まさか悪魔祓いの自作自演に使う事になるとは思ってもみなかったけど」
言われてみれば、とセシルは思った。
大量の魔力と引き換えに、生きている者の複製を短時間だけ召喚する魔術。
セシルたちにとってはとんでもない代物だが、マリアンデールにとっては本来不要なものだろう。
何しろマリアンデールは空間から空間へ自在に移動できるのだ。
魔力を消耗して複製を作るよりも本人を連れて来る方が楽だし早い。
では、マリアンデールは何のためにこの魔術を作り出したのかと考えれば――その目的は、オルレアがセシルの召喚を試みたのと同じ理由だったのだろう。
この術式で召喚できるのは生きている者だけ。
つまり召喚できるかどうかでその対象が現在生きているかどうかが分かるのだ。
そして、マリアンデールがレイミナの死を断言しているという事は……。
「私にはレイミナの複製は召喚できなかった。つまりあの子は間違いなく既にこの世にはいないの」
マリアンデールははっきりと言った。
だがサミーが納得いかない様子で言った。
「ですが……それならば先程ケテル枢機卿が言っていたのは誰のことだったんですか? レイミナという名を口にしていましたが……」
「恐らくレイミナの形をした何かでしょうね。具体的に言うと、ベレンの時と同じくレイミナの身体と知恵を吸収した『この世ならざる者』の特殊な個体。多分、偽のベレンに封印の壊し方などの知恵を吹き込んでいたのもそいつだったんでしょう。魔術の知識を持った個体なんてそうそういる訳がないから」
つまり、以前の偽ベレンの一件の時からずっとマリアンデールが標的だったという事になる。
「そんなおぞましい者が本当に存在するのですね……」
サミーは身震いした。
オルレアとサミーも、呪いの館で地獄の穴の話をされた際にこの世ならざる者や偽のベレンについて簡単に説明を受けて知っているのだ。
マリアンデールは言った。
「とりあえず明日の夜は私一人で行くわ。あなたたちは安全な所で待機していてちょうだい」
「向こうの指定通りに行くつもりなのか? どう考えても偽のベレンより厄介な相手だし、絶対に罠だと思うんだが」
「それはそうでしょうね。でなければ、向こうから正体を明かしに来る理由は無いだろうし」
「分かってるならどうして……」
「だからこそよ。申し訳ないけれどあなたたちを守りながら向こうとやり合う余裕はない。戦力的には私一人の方が小回りが利く。もちろんベレンの時の二の舞にならないように体調は万全にしていくつもりだし」
確かにセシルたちが付いて行ったところで足手まといにしかならないだろう。
オルレアが言った。
「するとマリアンデール様はやはり戦うことになると考えているのですか?」
「もちろん。ただ話し合いをして解散なんて事にはならないだろうし、少なくとも私はあちらを逃がすつもりは無い。……ただ、ある程度は力を抑えて戦わないといけないからそれなりに厳しくはなるだろうけど」
「どうしてだ?」
「だって、派手な音を出したらここの人たちに気付かれるでしょ?」
優先順位は下がるものの、今回の一件でのマリアンデールの目的には地下の扉の存在を人間たちに知られないまま終わらせたいというのもある。
例え偽のレイミナを倒せても、その際に激しくやり合い過ぎて再び地下が注目される事態になったら目も当てられない。
それに、場合によっては相手が教会本部の人間たちを盾のように扱う可能性も考えられる。
そうなるとかなり面倒なことになる。
正直なところマリアンデールにとってはここの人間の命などどうでも良いのだが、寝覚めは悪くなるし隠蔽工作の手間も格段に跳ね上がるのだ。
レイミナ側が教会本部の地下室を指定したのには恐らくマリアンデールに全力を出させないようにする狙いもあるのだろう。
するとそれを聞いたサミーが言った。
「では明日の夜は教会内は無人であった方が都合が良いのですか?」
「それができるならね。でも向こうにはさっきのケテルがいるし、下手に動けばきっと裏を掻かれるわ」
教会本部には居住棟があり、多くの修道士が住み込みで生活している。
また、夜間の見回りを行う職員なども少なからず詰めている。
それら全員を一時的に退避させるとなればそれなりに騒々しい事になるし、ケテルにも間違いなく気付かれる。状況によっては却って面倒な事態を引き起こしかねない。
だがサミーは思案顔で言った。
「いや、恐らくどうにかなるのではないでしょうか。ケテル枢機卿に気付かれずに全員を教会の外に出すことは可能だと思います」
「サミー様、何かお考えがあるのですか?」
「ああ。オルレア君やセシルさんから聞いた話が本当ならね」
「オレたちが言った話?」
セシルには何の事か分からなかった。
ここへ来てからサミーとは何度か情報交換はしていたが、セシルたちから話した事といえば悪魔祓い中に見かけた変わった出来事くらいで、ほとんど雑談に近かった。
役に立つ内容など無かったはずだが……。
マリアンデールが聞いた。
「どういう案ですか?」
「それは……」
サミーは自分の策を話した。
それを聞いたオルレアはポンと軽く手を合わせた。
「そうか、言われてみれば確かにそうですね」
「……そういうものなのか?」
セシルの方は少し釈然としない様子だったが、多分サミーとオルレアが行けそうだと言うなら成功する可能性は高いのだろう。
教会の事に関しては二人の方が詳しいのだ。
マリアンデールは言った。
「では、それを頼んでもいいでしょうか。上手く行きそうなら後で教えて下さい」
「わかりました」
サミーが頷く。
するとマリアンデールは軽く杖を振った。
空間が揺らめき、マリアンデールの姿が溶けていく。
セシルが尋ねた。
「どこか行くのか?」
「ええ。私もちょっと思い付いた事があってね。すぐに戻るわ」
そう言い残すとマリアンデールは完全に姿を消した。
※ ※ ※
空間を移動したマリアンデールがやって来たのは呪いの館だった。
いつもの出入りの座標に指定しているエントランスである。
別にここ以外の場所にだって現れる事は出来るのだが、気分的に何となく入口から入るようにしているのだ。
「ここも久々ね。さてと……」
ふわりと床に降り立ち、辺りをキョロキョロと見回す。
すると天井から声が響いてきた。
『あら、誰かと思ったらマリアンデールじゃない。教会のほうは一段落付いたの?』
声の方へ顔を向けると、天井から一本の紐が垂れ下がっている。
紐使いの怪異、ウェンドリンの通話紐だ。
館の耳を担当しているだけあって真っ先にマリアンデールに気付いたらしい。
「一段落というか、ようやく相手の姿が見えてきた感じでね。それであなたたちにちょっと相談があって来たのよ」
『私たちに?』
「ええ。だから他の子たちをここへ呼び集めて貰えるかしら」
『わかったわ。ちょっと待ってて』
ウェンドリンが他の怪異たちに声を掛け、間もなく全員がエントランスに集合した。
マリアンデールは一同を見回したあと、セシルたちの現状や敵の正体などについて簡潔に話して聞かせた。
そして、万が一の時の保険のための「ある作戦」を持ち掛けた。
マリアンデールの提案した策に対し、怪異たちの何人かは最初難色を示した。
だが、マリアンデールがどうしてそんな保険を掛けたいのかは分かったし、それはセシルたちの安全確保にも繋がる。
そのため最終的には全員がその作戦に納得した。
「ありがとう。じゃあ明日の夜、もしもの時はお願いね」
マリアンデールはそう言うと慌ただしく姿を消した。
それから日付は変わってやがて朝になり、教会本部ではいつも通りの日常が始まった。
そして何事も無く時間は過ぎ、日が落ちて夜になり――マリアンデールとレイミナの『話し合い』の時間がついに訪れたのだった。




