第63話 神
森で倒れたはずのマリアンデールは、気が付くと見知らぬ場所にいた。
何もない真っ白な空間で、自分の姿も見えなかった。
マリアンデールは誰に言われるでもなく、何故か自然と理解した。
恐らく自分の姿が見えないのは、見えないのではなくもう存在しないためなのだろう。
ここはいわゆるあの世という奴で、自分はもう死んだのだ。
そう自覚したマリアンデールはふと目の前に気配を感じた。
自分同様に姿は見えないが、間違いなく誰かがいる。
「そこにいるのは誰?」
マリアンデールは尋ねた。
すると相手は答えた。
『僕は君たちの世界の管理を任されている者さ』
妙に響く、少年のような無邪気な声だった。
「それは、神様ってこと?」
『君たちが考える神様とは大分違うと思うけど、まあそんなものだね。神でも悪魔でも魔王でも、好きなように呼ぶといい。部下の多くは僕の事を魔王と呼んでいるよ』
何が面白いのか知らないが神はそう言って笑った。
とらえどころのない、良く分からない相手だった。
でも目の前にいるこれは間違いなく神なのだろう、とマリアンデールは思った。
先程自分がもう死んだのだと理解したのと同じ感覚だった。
理屈ではなく事実としてこいつは神なのだ。そう感じた。
ふと疑問が湧き、マリアンデールは尋ねた。
「レイミナが聞こえたという声の主はあなただったんですか?」
『いいや、僕は何もしてないよ。彼女が聞いたと思ったのは単なる幻聴さ。ただ、幻聴は幻聴だったけど彼女の力自体は本物だったから困った事になっているんだけどね。だから君をここへ招いたんだ』
神の言葉が終わると同時に白一色だった空間に大きな丸い穴が開いた。
そしてその穴の向こうにはどこかの街らしい景色が広がっていた。
いや、街だった景色というべきか。
その街は炎に包まれていた。
露店や木製の建物からは激しい火が噴き出し、火だるまになった人間たちが逃げ惑っている。
中には赤子を抱えた母親の姿もあったが、それらも例外なく燃えていた。
目を覆いたくなるような地獄のような光景だった。
「なにこれ……」
『君の友達のレイミナがやったのさ』
「う、嘘よ! あの子がこんな酷いことするはずがない! それにあの子はあの時凄い血を吐いてた。私と同じようにあの子も死んでいるはず……」
『いや、君と違ってレイミナは奇跡的に助かったんだ。ついでに言うと、今は君が死んでから君たちの時間で既に二カ月ほど経っている』
「え……」
『ちなみにこれ、君たちの集落を襲ったのとは無関係な人々の街だよ。どうやら彼女、不可抗力とはいえ君の命を奪ってしまったせいで完全に壊れてしまったらしい。目に入った物を全て焼き尽くしながら宛てもなく歩き続けていてね。僕らもすっかり困ってしまっているんだ』
いやあ参った参った、と神は事もなげに笑う。
マリアンデールは穴を見つめたまま言った。
「どうしてこんなことに……」
『彼女は魔術に目覚めてしまったのさ。魔術というのは自然の摂理から外れた力で、本来であれば僕らから使い方を教わらないと使えないはずなんだけど、希にあんな風に自力で編み出しちゃう天才がいるんだ。まあ僕もあそこまでの才能を持った子は初めて見たんだけど――』
「そんな事を聞いてるんじゃありません! どうしてずっと放っておいたんですか、早くあの子を止めて下さい!」
マリアンデールは叫んだ。
レイミナは本来は絶対にこんな事をする子ではなかった。
それ以上にマリアンデールがこれ以上こんな光景を見ていたくなかった。
だが神は言った。
『それがね、悪いけど僕は手を出せないんだ』
「どうして」
『僕が直接手を出すと影響が大きくなり過ぎるからさ。それに今はちょっと他の用事も立て込んでいて部下たちも手が回らない状況でね。しばらくは見守る事しかない』
「そんな……」
『だからちょっと提案なんだけど、君は魔術を覚えるつもりは無いかな?』
「私が……?」
『ああ。僕の見立てではどうやら君はあの子に劣らず素質に恵まれているようだ。実はこの世界は裏方が万年人手不足な状態でね。君さえ良かったら僕と契約して魔女として生まれ変わって欲しいんだよ』
「………」
『もちろんそうなれば君も自然の摂理から外れてしまうから、契約が切れるまでは普通の生き物のように生まれ変わって新しい人生を歩む事も出来なくなってしまう。でも逆に言えば君は僕との契約中はずっと君のままでいられるんだ。見方を変えれば不老不死だね。だからどうかな。あの子の事を止めたいんだろう?』
神の言う事は殆ど理解できなかったし全く頭に入らなかった。
ただ、神が自分に何を求めているのかだけは分かった。
「私に……レイミナを殺せというんですか?」
『うん。有り体に言ってしまえばそうだね』
神はあっさりと認めた。
マリアンデールに提示された道は二つだった。
一つは神の申し出を断り、全てを忘れて新たな命として生まれ変わること。
そしてもう一つは、神と契約して魔女となり、レイミナを止める力を得ること。
神はどちらでも構わないと言ったが、マリアンデールにとっては選択肢が存在しないのも同じだった。
森が炎に包まれたとき、レイミナは救いを求めるような目をしていたのだ。
あれを見なかった事にして自分だけが逃げるなど出来なかった。
マリアンデールは神と契約し、魔女になった。
そして魔術を覚え、最初の仕事としてレイミナを止めに向かった。
レイミナは完全におかしくなっていて、マリアンデールの事もわからなかった。
説得どころかまともな会話すら出来ないまま戦闘になり、勝負はあっさりと決着した。
レイミナが使用する魔術は強力ではあったが、対策を立てていたマリアンデールには一切届かなかった。
ただ、散り際に再びレイミナの魔術が暴走し、彼女は二つ目の地獄の穴を開けた。
マリアンデールは急いで手を伸ばしたがあと一歩で届かず、レイミナの遺体は穴の中へと落ちていった。
地獄に落とされた者は『この世ならざる者』に肉体も魂も残らず食い荒らされてと同じ泥となり、二度と新しい命としては生まれ変われない。
レイミナのために魔女になるという選択をしたにもかかわらず、マリアンデールは結局彼女を助けることは出来なかったのだった。




