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第62話 声

 集落を追われたマリアンデールとレイミナは、森の中を転々としながら生活するようになった。

 飢えることはなかったが、いつ追手がやって来るか分からないと思うと気持ちが安らぐ暇は無かった。


 そして、数日経った辺りからレイミナの様子がおかしくなった。

 マリアンデールと話している時はそれほど変わったところは無かったが、手分けして食料を集めている時などに誰もいない方向を見つめながら聞いたことのない言葉で何かを呟いているのを度々見掛けるようになった。

 不安になったマリアンデールが尋ねると、レイミナは「声が聞こえるの」と言った。


「あいつらに復讐する方法を教えてやるって。そう言っているの」

「誰が?」

「わからない」


 冗談などを言える状況では無かったし、実際レイミナは冗談を言っている様子は無かった。

 だが、マリアンデールにはレイミナ以外の声は聞こえなかった。


 恐らく心が不安定になって幻聴でも聞こえているのだろう、とマリアンデールは思った。

 どう対応すればいいのか分からなかったので、その場は流し、以降はあまり触れないようにした。

 気持ちの整理が付けば治るかもしれない、と思ったのだ。

 しかしそれが幻聴などでは無かったということをマリアンデールは後に思い知ることになった。




 森での生活が始まってしばらく経ったある日の夜、マリアンデールはふと目を覚まし、レイミナがいなくなっていることに気が付いた。

 用を足しにでも行ったのかと思ったが、いくら待っても戻って来ない。


 まさか何かあったのかと心配していると、向こうの方から声が聞こえた。

 レイミナの声だった。

 月明りだけの真っ暗な森の中で、レイミナが笑っていたのだ。


 不審に思いながらもマリアンデールは声のする方へ向かった。

 そこにはレイミナらしい人影が立っていた。

 マリアンデールが何をしているのかと声を掛けると、笑い声が止まった。


「マリアンデール、やったわ。ついにやったの」


 その声は嬉しそうだった。

 だがマリアンデールは気味の悪さを感じた。


「やったって、何が……?」

「見て」


 人影は片手を掲げたようだった。

 すると、近くに生えていた木の一本が突然巨大な炎の塊に変わった。

 文字通り一瞬の出来事だった。いきなりその木全体が激しく燃え始めたのだ。


 マリアンデールは驚愕し、レイミナを見た。

 揺らめく炎で赤々と照らし出されたレイミナの顔は満足げに喜色を浮かべていた。

 そんな笑い方をするレイミナをマリアンデールは初めて見た。


「なんなの、これ……」

「魔術だよ。生き物を生きたまま燃やす魔術。凄いでしょ? 何度も教えてもらって、やっと出来るようになったんだ」


 マリアンデールはレイミナが何を言っているのか分からなかった。

 とにかく火を消さなければ、と思った。

 この勢いでは間違いなく他の木に燃え移る。

 そうなったらこの森は終わりだ。

 だが、マリアンデールが行動を起こす前にレイミナが言った。


「大丈夫だよ。この炎は燃え移ったりしないから」

「え?」

「私が燃えろと命じたのはこの木だけだから。他の木が燃える心配は無いわ」


 言われて見てみれば、確かにそのようだった。

 隣の木々は燃えている木と枝や葉が完全に接触していたが一向に火が点く気配がない。

 だが、それはそれで不気味な光景だった。


「どういうこと? これは一体何なの? 教えてもらったって一体誰に?」

「前にも話したでしょう? 声が聞こえたって。その人たちからよ。その人たちはこれを覚えればあいつらに復讐できるって言ってた。確かにこれならいける。だからマリアンデール、朝になったら出掛けましょう?」

「出掛けるって……どこへ?」

「決まっているでしょう、私たちの集落を襲った奴らの国へ。この木のようにあの国の連中を一人残らず燃やしてやる。集落のみんなと同じ目に遭わせてやるんだ」


 レイミナは炎を見上げながら笑った。

 どう見てもまともな精神状態では無かった。


 今にして思えば、この時が最後のチャンスだった。

 レイミナを殴り飛ばしてでも正気に戻すべきだったのだ。

 だがこの時のマリアンデールはレイミナに恐怖を覚え、ただ立ちすくんでしまっていた。


 そして、異変は起きた。

 レイミナが突然咳込み、大量の血を吐いた。

 木を包み込んでいた炎が大きく広がり、周囲の木々に次々燃え移る。辺り一面があっという間に火の海に変わった。


 レイミナは何が起きたのか分からない様子で、茫然とマリアンデールに顔を向けた。

 マリアンデールも状況は飲み込めなかったが反射的にレイミナに駆け寄ろうとした。

 しかし彼女の元へ辿り着く前に、突如地面が激しく揺れ始めた。


 レイミナを中心に地面に亀裂が走り、巨大な穴が開いた。

 何かが勢いよく噴き出し、マリアンデールはその衝撃で吹き飛ばされて頭を強かに打ち、そのまま意識を失ってしまった。



 ※ ※ ※



 セシルが言った。


「その穴ってまさか……」

「地獄への穴よ。ベレンの時と同じ。レイミナは魔力の制御に失敗した結果暴走し、空間に穴を開けてしまったの。もちろん当時の私にはそんなこと分かるはずも無かったんだけどね」

「マリアンデールさんとレイミナさんは大丈夫だったんですか?」


 オルレアが尋ねた。

 マリアンデールは首を振った。


「どちらも全く無事では無かったわ。その時に私は一度死んじゃったしね」

「え……?」

「本来は私はその時点で死んでいたはずなのよ。でも、レイミナを止めるために魔女として蘇ることになった」

「それが神だか魔王だかと契約したってやつか」

「そういうこと。――魔王の話が済んだらこの長い昔話もほぼ終わりになるから、申し訳ないけどもう少し付き合ってね」


 マリアンデールはそう言うと話を再開した。


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