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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第2部 第3章 教会本部

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第58話 召喚術と隠し事

「弟の召喚……」


 セシルは背中に汗が滲むのを感じた。


 考えてみれば当然の発想ではあった。

 自分に縁のある者を、どんなに離れていようと複製して召喚できる魔術。

 行方不明の人間を探すのにこれほど都合の良い手段はない。

 恐らくオルレアは呪いの館で今回の計画を聞いた時点で考えが浮かんでいたのだろう。


 問題は、その召喚対象が実は目の前にいる、という事だった。


「や、止めておいたほうが良いんじゃないかなあ……?」


 セシルは露骨に挙動不審になりながら言った。

 オルレアは怪訝な顔をする。


「どうしてです?」

「だって……そうだ、ほら、昨日だって二回も召喚しただろ? 今夜も地下を調べる時に誰かしらを召喚して貰うつもりだし、あまり何度もやったらオルレアさんの負担が……」

「その事なら心配ありません。昨日で負荷の具合も分かりましたし、夜の仕事に差し支えるようなご迷惑はお掛けしませんから」

「し、しかし……」


 セシルは言い淀んだ。

 オルレアに自分の正体がばれるのは避けたい、というのもあったが、それとは別の不安もあった。


 今のセシルは人形と入れ替わった上でさらに別人と入れ替わっているというかなり特殊な状態である。

 それを呼び出そうとした場合、召喚されるものは一体何なのか。


 元々の少年だった頃の自分だろうか。

 それとも人形のセシルか、あるいはオルレアの身体になった現在の自分か。

 ひょっとすると、セシルの元の身体を奪って館から逃げて行った旧セシルかもしれない。


 まあ、何が召喚されるか自体はこの際どうでもいいのだ。

 セシルが心配だったのは、妙なものを召喚した反動でオルレアに悪影響が出ないか、という事だった。


 マリアンデールは平然と操っているが、魔術というのはかなり繊細な代物のようなのだ。

 さすがにベレンのように地獄の穴が開くような事態にはならないだろうが、正常ではない変な物を召喚すれば想定外の事が起こる可能性はある。


 ただでさえセシルのせいで人形になってしまっているというのに、これ以上トラブルの種になりそうな事をオルレアにはやらせたくなかった。

 しかしそれを説明しようとすれば、何故妙なものが召喚される恐れがあるのかという話になり、また何故それをセシルが知っているのかという話になる。


 そこを詰められればセシルの正体を明かさなければいけなくなるだろう。

 それでは本末転倒だ。


 どうしたものか、とセシルは悩んだ。

 するとオルレアが何かを察したように言った。


「大丈夫です。私も覚悟はできていますから」

「え?」

「召喚できるのは生きている者だけだ、とマリアンデールさんが仰っていたのは私も覚えていますから。あの子がもう呼び出せる状態では無いと分かったらその時点で召喚は中断しますし、その後で取り乱したりもしないと誓います。……だからどうか、許可を頂けませんか?」

「ひょっとして……オルレアさんは既に弟はこの世にいないと思ってるの?」

「はい。行方不明になってもう半年ですからね。頭では分かっているんです」


 オルレアは寂しそうに笑った。


 どうやらオルレアは、セシルがオルレアを落胆させない為に召喚を試させるのを躊躇している、と勘違いしているらしい。


 だが考えてみれば確かにもっともだった。

 セシルは自分が生きているから思い至らなかったが、半年前に姿を消した浮浪児が今も生きている可能性など普通はゼロに近い。


 オルレアは弟を呼び出したいというより、弟の生死をはっきりさせたいのだろう。

 聞いた話によれば、この半年間ずっと探し続けてくれていたらしいのだから。


「………」


 セシルは咄嗟に言葉が出て来なかった。

 自分でも良く分からない感情が身体の中で暴れていた。


 これ以上、姉にこんな顔をさせておきたくなかった。

 しかし、他人の振りをして慰めの言葉を掛けられるほどセシルの心は強くなかった。

 セシルは気を紛らわす為に別の質問をした。


「複製召喚って中断なんて出来るの?」

「ええ。感覚的なものなので言葉では上手く伝え辛いのですが、召喚をするかどうかは自分で決められるんです」


 複製召喚というのは次のような段階を踏むらしい。

 まずは目を瞑り、召喚したい相手の事を考える。

 すると、それが召喚可能な者であれば心の中にはっきりとその姿が浮かび上がって来るのだそうだ。

 そしてその像を自分の元へ引き寄せるようなイメージをすると実際に召喚が発動する。


 対象の姿を思い浮かべられなければ召喚は出来ないし、術者の意志で対象を引き寄せなければ召喚は発動しない。

 召喚のブローチへの魔力移動は対象を引き寄せる段階で発生するので、それまでであればいつでも中断できる。


「そういうものなのか」


 セシルは興味深げに頷き、同時にそれならばセシルが危惧したような問題は起きないかもしれない、と考えた。

 姿を確認してから召喚できるのなら変なものを召喚する心配は無いだろう。


 それに、先程の表情を見せられてこれ以上止める気は起こらなかった。

 オルレアから見ればセシルはただの怪異でしかない。

 これ以上オルレアのする事に口出しする資格は無いだろう。

 ひょっとしたら正体がばれる可能性もあるが、その時はその時だ。


「どうしても召喚を試したいんだね」

「はい」

「わかった。ただし、少しでもおかしいと感じた時はすぐに中断してくれ」

「ありがとうございます」




 こうしてセシルが見守る中、セシルを召喚する儀式が始まった。


 燻製肉を口に含んだオルレアの人形の身体が、次第に赤い光を放ち始める。

 オルレアは胸元に付けたブローチを確認した後、静かに目を閉じ、そのまま動かなくなった。


 それからしばらくの間、室内はしんと静まり返り、人形の全身から放たれる赤い光だけが揺らめいていた。

 だが、不意にオルレアは僅かに眉をピクリと動かし、小さく呟いた。


「え……これ、どういう事……?」


 なんだ? とセシルは思った。

 だが間もなく、オルレアを包んでいた光がブローチに吸収されていく。


 複製召喚が始まったのだ。

 ただ、セシルはオルレアの先程の反応が気になっていた。


 あの時、どう見てもオルレアは戸惑っていた。

 本来の浮浪児のセシルが思い浮かんだのならあんな反応はしないだろう。

 それでも召喚に移行したのだから問題無いと判断したのだろうが、一体どんな姿のセシルが見えたのか。


 やがてブローチは目が眩むほどの輝きを放ち、光の塊をポンと吐き出す。

 塊は空中でぐにぐにと変形し、やがてそこに現れたのは――。


「モー」


 謎肉だった。


「……は?」


 セシルは目を点にした。

 オルレアは屈み込んで謎肉を拾い上げるとセシルに振り返って言った。


「どうやらこの召喚術では人間を呼び出す事はできないみたいです」

「あ、そうなのか」


 セシルはとりあえず頷いた。

 それでは先程の「どういう事」というのは「人間の像が浮かんでこない」という意味だったのだろう。

 緊張の糸が切れたセシルは半ば倒れるようにベッドに腰を下ろした


「なんていうか……ごめんな」

「どうしてセシルさんが謝るんです?」

「いや、その……召喚術なんて期待させるようなもの使わせちゃったから」

「それはセシルさんのせいでは無いでしょう。それに最初から駄目元のつもりでしたから。私の事なら心配いりませんよ」

「それなら良いんだが……」


 落胆しているかと思いきや、オルレアは意外にも平然としていた。

 心なしか召喚をやる前より元気にさえ見える。

 どうしたんだろう、とセシルは少し気になったが、その時オルレアの手に乗っていた謎肉が大きく跳ねてセシルの顔にべちっと当たった。


「へぶっ!? おい、いきなり何するんだよ!」


 セシルはベッドの上をピョンピョン跳ねて逃げ回る謎肉を笑いながら追いかけた。


 セシルの正体はばれなかったし、召喚も無事に終わった。

 結局セシルの生死は不明のままだが、オルレアもそんなに落ち込んではいないようだ。

 目下の問題は解決だろう。

 そう思って安堵し、それ以上考えるのを止めていた。




 だが……この時のセシルは、どうしてオルレアが召喚を失敗したにもかかわらず落ち込んでいなかったのか、もっとよく考えるべきだった。


 ――あれは、一体どういう事だったのかしら。


 オルレアは謎肉とじゃれ付いているセシルを眺めながら考えていた。

 実を言うと、複製召喚では人間は召喚できなかった、と言ったのは嘘だった。


 召喚を試みた時、オルレアの心にはしっかりとセシルの姿が浮かんでいたのだ。

 ただしそれはセシルではなく、修道服を着たオルレア自身の姿だった。


 それがセシルだとはっきり感じられるのに、どう見ても自分。

 だから「どういう事」と思わず呟いたのである。


 そのまま召喚してはいけない気がしたので、急遽召喚する対象を変更し、謎肉を思い浮かべた。

 そして召喚に失敗したと説明した時、セシルは何故か安堵したような、申し訳ないような顔をしていた。


「………」


 人形のセシルは、『魂の交換』という呪いにより人間と人形の魂を交換する。

 セシルやマリアンデールは人形になった直後のオルレアにそう説明した。


 そしてウェンドリンは、セシルが来てから自分たちは変わった、と話していた。

 まるで、セシルがつい最近入れ替わったばかりかのように。


 ――ひょっとして……。


 セシルを見つめるオルレアの瞳には、驚き、戸惑い、そして――様々な感情が浮かんでいた。

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