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第57話 上書き

「オーウェン枢機卿、お時間宜しいでしょうか!」


 唐突に扉を叩く音が室内に響き、何やら慌てた声が聞こえてきた。

 オーウェンは溜め息を付いた。


「鍵は開いているから入りたまえ」

「し、失礼いたします!」


 やって来たのはオーウェンの部下である修道服の男。

 真っ青な顔でゼイゼイと息を荒くしている。

 執務の途中だったオーウェンは書類を手にしたまま顔だけ上げて部下を見た。


「一体どうしたんだね。昨日以上に騒々しいじゃないか」

「そ、それが……昨夜ここに怪異が現れたという噂が広まっているのはご存じですか?」

「ああ。ついさっきカルセド君が話しに来てくれたのでね。私の耳にも入っているよ」


 オーウェンは動じる様子もなく答える。

 部下は呆気に取られたが、すぐに気を取り直して言った。


「ご存じならば早く対策を取らなければ。ただでさえ地下の悪霊の件で不安が広まっているというのに、別の化け物まで出たとあれば信者たちに影響が――」

「いや、問題無い」

「は?」

「昨日私の名で通達は出しただろう。例の悪魔祓いの少女が原因で何かしら怪奇現象が起きるかもしれない、と。君は読まなかったのかね?」

「いえ、それはもちろん拝見しましたが……」


 部下は戸惑いながらもコクコクと頷く。

 オーウェンは肩をすくめた。


「あれに書いた通りのことが起きた、というだけさ。事前に通達はしたのだから現時点では我々がこれ以上の手を講じる必要は無い。違うかね?」

「し、しかし……」

「彼女を受け入れると決めたのは私だ。万が一の場合は私が責任を取るよ。それに聞いた話では、昨夜現れたという怪異も彼女自身が退治してくれたのだろう? お陰で特に大きな被害も無かったそうじゃないか」

「は、はい。私もそう聞きましたが……」

「ならばとりあえずは問題無いだろう。怪異が現れるというのは頭が痛いことではあるが、逆に言えば彼女の力が本物だという証でもある。だから心配することはない。しばらくは騒がしいことになるだろうが、どうせ皆その内に慣れるよ。そして恐らくだが、悪霊の噂のほうも立ち消えていくはずだ」

「悪霊の噂も、ですか?」


 部下は半信半疑な様子だった。

 だがオーウェンは書類にサインを書きながら平然と答える。


「私の読みが正しければね。……そうそう。来てくれたついでに一つ頼まれてくれないか」

「何でしょう」

「私の名で皆にまた通達を出して貰いたいんだ。件の少女には不必要な接触や詮索をしないように、とね。皆もきっと彼女の事が気になっているだろうが、余計な心労を増やして悪魔祓いに支障が出るようなことになってしまっては申し訳ないからね」



 ※ ※ ※



「……なんか思っていた以上の騒ぎになっちゃったな」

「そうですね。まさかここまでとは……」


 昼過ぎになってようやく目を覚ましたセシルは、部屋へ運ばれてきた食事に手を付けていた。

 テーブルの向かいに座ったオルレアも分けて貰ったパンを千切って口へ運んでいる。


「でも一応、狙い通りの状況ではあるんですよね」


 若干途方に暮れたような顔をしながらもオルレアが言う。

 丁度パンを頬張った所だったセシルは無言で頷いた。



 ――怪談には怪談をぶつけましょう。

 それがリディアがマリアンデールに提案した計画だった。

 何かの噂に困っているのなら、それ以上に関心を引ける別の噂を広めて興味の上書きをしてしまえばいい、というのである。


 昨夜の怪異騒動もそのための作戦の一部だった。

 あのリチャードという男に襲い掛かったミイラは、言うまでもなくアルベルト。

 要するにあれは自作自演。事前に打ち合わせをした上で、セシルとオルレアのコンビがリチャードを助けたかのように演出したものだったのである。


 タイミングの良すぎるセシルたちの登場や一度体当たりされただけで消滅する怪異など怪しい点はいくつもあったのだが、『悪魔祓い』を実演した効果は絶大だった。


 たった一晩のうちに、教会本部の人々の関心は地下の悪霊から呪いの館の怪異とそれを退治した少女――つまりセシルにすっかり移っていた。


 ひそひそと囁かれていただけの地下の悪霊の噂より、実際に被害者がいる上に悪名高い『呪いの館』の怪異が現れたという話は余程衝撃的だったのだろう。

 しかも、勝手に動く人形を使役する謎の少女がその怪異を退治した、というおまけまで付いている。

 端から見れば気にならないはずがない。


 つい先程部屋から顔を出して廊下の様子を窺ったところ数名の男女が遠巻きにこちらを見ていたし、食事を運んで来てくれた女性もセシルとオルレアにチラチラと好奇の目を向けていた。

 あの様子では昼間出歩くのは難しいだろう。まず間違いなく誰かに絡まれて面倒なことになる。


 サミーから聞いた話ではセシルたちに負担が掛からないようオーウェンが取り計らってくれたようだが、あまり効果はなさそうだ。

 それともオーウェンの一声が無かったらもっと酷い事になっていたのだろうか。


「それで、今夜は地下の調査をするんですよね」

「ああ。昨日の今日でまた怪異が出るのはさすがに頻度が高過ぎるからそっちを進めようと思って。オルレアさんはそれでいいかな」

「大丈夫です」


 オルレアは頷き、最後のパンのひと欠片を口に入れた。


 リディアの計画ではセシルとオルレアの役割は主に二つあった。

 一つは昨夜のような自作自演の悪魔祓い。

 滞在中は定期的に行って話題が切れないようにしてほしい、と言われていた。


 そしてもう一つは地下の調査だった。

 地下の悪霊というのは恐らくただの噂だろうとのことだったが、念のため調べておいて欲しい、というのだ。

 もちろん、何か異常があった場合はすぐマリアンデールに知らせるようにとそれ用の道具も渡されている。


「どちらにしろ、夜までは特にすることもないな……」

「そうですね」


 食事を終えたセシルは椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げた。

 部屋から出られない以上、あとはひたすら日が暮れるまで待つだけである。


「………」


 なんとなく会話が途切れ、室内に沈黙が広がった。

 不味いな、とセシルは思った。


 現在、部屋にはセシルとオルレアの二人しかいなかった。

 サミーは悪霊の噂についての情報を集めるため、本部での執務の手伝いをしたりミサに出席したりするらしい。

 そして昨日召喚した複製怪異たちはといえば、とうの昔に消滅してしまっていた。


 『人形のセシル』が外に出せる魔力の量が少ないためか、それとも複製召喚のそもそもの仕様なのかは分からないが、複製召喚で現れた怪異たちが存在していられる時間はかなり短かった。

 昨日一度に全員呼びだした時は数分で消えてしまったし、昨夜アルベルト一人だけを呼びだした時も結局十数分しか持たなかった。


 複製のアルベルトが言うには、能力を使おうとすれば活動限界はもっと短くなってしまうだろう、とのことだった。

 それで昨夜はあまり凝った戦いなどはせずオルレアの体当たり一発で決着を付けたのだ。


 それに燻製肉で魔力の補充は可能とはいえ、召喚の際はオルレアにもそれなりの負担が掛かるらしい。

 だから気軽に呼び出して暇潰しの相手をして貰うなんてことも出来ない。


 つまり、夜が来るまでずっと二人きりの状態が続くのだ。

 オルレアに正体を隠しているセシルとしては沈黙が続くのは少し辛い。

 何か話題は無いだろうか、と頭を捻っていたが、セシルがアイデアを閃く前にオルレアが口を開いた。


「セシルさん、今の空いた時間でちょっと試してみたいことがあるんですが、協力して頂けませんか?」


 何だろう、とセシルは思ったが他にすることも無いので快諾した。


「構わないよ。何をするんだ?」

「複製召喚をやりたいんです。だからまたあのお肉を分けて欲しくて」

「複製召喚を?」

「ええ。人間を呼び出せるかどうか試したいんです」

「人間を呼び出すって……誰を召喚するつもりなんだ?」


 胸騒ぎを覚えながらセシルは聞き返した。

 そして、その悪い予感は当たった。

 オルレアは言った。


「弟を呼び出してみたいんです。もしも話をすることが出来れば、今どこで何をしているか分かるかもしれないから」

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