第54話 交渉人形
勝手に動き出して挨拶をした人形に対し、オーウェンたちは驚愕の表情を浮かべた。
「これは一体……」
「この人形は『呪いの館』から持ち出したものです」
「呪いの館だと?」
「そうです。少し前ですが、教会本部から第三支部に呪いの館への悪魔祓いの依頼がありましたでしょう。それを受けて呪いの館へ向かったのが我々だったのです。そして、悪魔祓いの証としてこの人形を持ち帰りまして」
「するとこの人形は」
「はい。呪いの館の怪異の一つです。もっとも今は我らの……いえ、このセシルの制御下にありますので、人に危害を加えるような事はありませんが」
「なんとまあ……」
ケテルが口元に手を当てて声を漏らす。
オーウェンも信じられないという眼差しで人形をまじまじと見つめた。
カルセドも二人と同様に驚いていたが、やがて何か思いついたのか、ぎこちなく笑い声を上げた。
「お二人とも騙されてはいけません。怪異など存在するはずがない。おおかた、我々を騙すために用意した精巧なカラクリ人形か何かに違いありません。きっとどこかにネジ穴でもあるはずだ!」
そう言うなり立ち上がり、人形のスカートを捲り上げて中を確認しようとする。
不意の出来事で人形はすぐに反応できなかったが、やがて顔を真っ赤にして手を振り払った。
「何するのよ、変態!」
「だ、誰が変態だ!」
「あんた以外に誰がいるのよ!」
人形はベーッと舌を出すとテーブルから飛び降りてセシルにしがみ付く。
カルセドは顔を真っ赤にしてセシルに怒鳴りつけた。
「おい、その人形をこっちに寄こせ! 仕掛けを暴いてやる!」
「いやそれはちょっと……」
セシルは人形を庇いながら断った。
その時クスクスとケテルが笑った。
「もういいわカルセドさん。それで十分よ」
「は? 十分とは……」
「多分だけど、そのお人形さんを仮に丸裸にしても何の証拠も出て来ないわ。だからもうおよしなさい」
続けてオーウェンが言う。
「私もケテル殿の意見に同感だ。恐らくその人形はカラクリ仕掛けなどでは無いよ」
「ではお二人とも、これが本当に怪異だと信じるのですか!?」
「そうとも。最初は半信半疑だったが、先程の表情の変化や君との自然な言葉のやり取りを見せられてはね。あんなもの、どんなに優れた職人だろうと作れるはずがない。違うかね?」
「それはそうかもしれませんが……」
「まだ納得できないかもしれないけれど、あとの対応は私たち年寄りに譲ってもらえないかしら。ね?」
「……承知しました」
カルセドは不服そうだったが、それ以上は反論せず自席に戻った。
気持ちを切り替えるようにオーウェンがオホンと咳払いをする。
「いや、申し訳ありませんでしたな。私がカルセド君の代わりにお詫びしよう。……しかし驚きましたよ。正直なところ、私もカルセド君同様に怪異の存在など本気で信じてはいなかったのでね。まさかこの年になって認識を改めさせられる事になろうとは」
それに対してサミーも同意する。
「実を言うと私もなのです。あの館へ足を運んで目の当たりにするまでは怪異というものが実在するなどとは露ほども思ってはおりませんでした」
「とりあえず、こんな実績を見せられては悪霊を祓う力がある事を信じない訳にはいかないわね。むしろ私たちの方からお願いしたいくらい」
「恐れ入ります。ただの噂か、それとも本物の悪霊なのかは分かりませんが、必ずやご期待に添えるよう努力する所存です」
サミーは深々と頭を下げた。
それを見たセシルが慌てて同じように頭を下げ、ついでに人形も頭を下げる。
オーウェンは言った。
「それでは悪霊の噂の件はサミーさんとセシルさんに一任するとして、何かご要望などはありますかな。こちらで可能な事なら出来る限り協力しましょう。もちろんこの件を解決した場合の報奨などは別に用意しますが」
「いえ、報奨などは特に必要ありません。その代わり、三点……いえ、四点ほどお願いを聞いて頂けますでしょうか」
「なんでしょう」
「まず一点目は、問題が解決するまでの間この教会本部に滞在させて頂きたいのです。そして二点目として、調査の為に昼夜を問わず本部内を歩き回ることをお許し頂けますでしょうか」
オーウェンは頷いた。
「もっともな意見ですな。もちろん問題ありません。この話が終わったら客室を用意させましょう」
「ありがとうございます」
「それで、三点目は?」
「三点目ですが……これが一番重要で、また厄介なお願いとなります」
「あら、何かしら」
ケテルが首を傾げる。
サミーは発言をする前に一度呼吸を整えた。
「我々がここへ来たことにより、恐らくこれから怪奇現象が度々発生することになると思います。それを教会本部に関わる方全員に予め周知して頂きたいのです」
それを聞くとオーウェンは僅かに眉を寄せた。
「怪奇現象が起こるとはどういう意味です?」
「呪いの館の怪異たちが我々を追って現れるだろうということです。ここまでの道すがらでも何度か姿を見せていましたので」
実際はそんな事実はない。
そもそもサミーたちはマリアンデールの魔術によって一瞬でこの都市へ移動してきたのだから、道中で何かが現れる以前に道中そのものが存在しないのだ。
しかし今後への布石としてこの時はこう言っておく必要があった。
これこそがリディアの計画書の肝となる部分なのだから。
サミーの発言を聞いたケテルが不安そうに言った。
「呪いの館の怪異はあなた方が祓ったのではないの?」
「いえ、呪いの館には数え切れないほどの怪異が存在していたのです。我々が悪魔祓いによって無力化し、証拠として持ち帰ることができたのはその内の一体であるこの人形だけでして。……そして、残りの怪異たちは自分たちの仲間だった人形を我々が持ち出した事に怒りを覚えたらしく、以来、館の外であるにもかかわらず、人形を取り返そうと度々我々の前に現れるようになったのです」
「まあ……」
「ただし、怪異たちの力は館から離れるほど弱くなるようです。仮に教会本部に現れてもせいぜい視覚的に脅かす程度の事しか出来ないはずですし、我々に伝えて頂ければすぐに祓って館に還らせることが出来ます。事前に出現することを覚悟していれば被害が大きくなることはほとんど無いでしょう」
「………!!」
カルセドがギロリとサミーを睨み口を開けた。
しかしそれより先にオーウェンが静かに言った。
「君はその人形がそんなに危険なものだと知った上でここへ持ち込んだのかね?」
「は、はい。私ももちろん危険性については懸念しておりました。ですから最初は第三支部で報告を戻ったあと、この人形を呪いの館へ戻しに行くつもりだったのです。ですが、私の上司であるリディア司教補佐から『そのままその人形とともに教会本部へ行ってらっしゃい』と言われまして」
「リディア殿が?」
「はい。『呪いの館へ立ち寄ってからでは時間が掛かり過ぎる。それに教皇様や枢機卿の皆さまであればきっと人形を持ち込んだことを逆に喜んで下さるはずだ』と……」
「私たちが喜ぶとはどういう事でしょう?」
ケテルがオーウェンに問いかける。
オーウェンは顎髭に手を当てながらじっと人形を見つめていたが、やがてニヤリと口端を上げた。
「……なるほど、リディア殿も面白いことを考えたものだ。分かりました。怪奇現象についても周知しておきましょう」
「どういうことです?」
「私にはさっぱり……」
ケテルとカルセドは訳が分からないらしくオーウェンの顔を見る。
しかしオーウェンは答えず軽く首を横に振るだけだった。
「あなた方には後で説明しますよ。――これで三点目。まだあと一つある。最後の要望は何だね?」
「最後のお願いなのですが……これはここでの悪魔祓いとは直接関係することではないのですが、呪いの館へ教会が手を出すことは今後避けるようにして頂きたいのです」
「ほう?」
「我々はあの館から無事に戻ることが出来ましたが、それはたまたまと言いますか、幾度となく幸運が重なってくれた結果でしかありませんでした。もし誰かが再びあの館に手を出せば命の保証は無いと断言できます。あの館は人間の手には余る代物です。ですから、私が本部の悪魔祓いを引き受ける代わりにと言うのはおかしな話ですが、今後は呪いの館に教会の者を向かわせることが無いよう取り計らって頂きたいのです」
サミーは言い終わると頭を下げた。
今度は予想できていたのでセシルと人形も同時に頭を下げる。
オーウェンは迷う様子もなく頷いた。
「分かりました。そもそもあなた方が呪いの館へ行ってしまったのは、商人たちからの取り下げの連絡を伝えるのが遅れた我々本部の落ち度でもあります。それにあなた方のお陰で国に対する貸しも作ることが出来た。我々枢機卿の名に懸けて、今後は誰にも呪いの館へは手出しさせないと誓いましょう」
「ありがとうございます」
「さて、第三支部からの長旅の上にこのような話をして随分お疲れでしょう。細かい話はまた後にするとして、まずはお部屋でお休み下さい」
オーウェンは懐から呼び鈴を取り出して鳴らした。
すると間もなく修道服の男が現れ、オーウェンから用件を聞くとサミーたちを客室へと案内した。




