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第48話 懇親会

「いやはや、こんな肉を頂いたのは初めてですよ」

「そうですね。とても美味しいです」


 サミーとオルレアがそれぞれ賛辞を述べた。

 そりゃ初めてだろう、とセシルも肉を口に放り込みながら思った。

 この肉はこの館でしか取れないのだから。


 夕暮れ時のダイニング。この館にいる怪異と人間全員がテーブルに付き食卓を囲んでいた。

 どうしてこんな事をしているかというと、特にこれといった理由はない。


 セシルがオルレアをダイニングに連れて行ったところ、案の定アルベルトがいて夕食――いや、怪異にとっては朝食だろうか? まあどっちでもいか――の準備をしていた。

 それを見たオルレアが手伝いますと言い出し、セシルも暇だったので付き合うことにした。

 そして三人で雑談をしながらテーブルを拭いたりキッチンで調理したりしているうちに、折角だから今夜はサミーも誘って懇親会という形にしようか、という話になり、サミーも快諾したのでこうなったのだ。


 皿の上に乗っているのはもちろんいつもの謎肉のステーキである。

 それから、付け合わせとして昨日ようやく収穫できたばかりの芋も添えられている。

 こちらは初めて食べるのだからということで凝った事はせず茹でて皮を剥いただけのものを一口大に切ってあった。


 謎肉の原料は人間にとって猛毒である瘴気なのだが、これを人間が食べても問題ないのは実証済み。

 というのも、調理中にセシルがこっそりつまみ食いをして確かめたのである。

 それで人間が食べても大丈夫ならサミーも誘おうか、という話になったのだ。

 まあ一歩間違えれば死んでいたかもしれないため、セシルはアルベルトから『この世ならざる者』にさえ見せないような鬼の形相で叱られることにもなったのだが……。


 セシルはフォークに刺した芋を口元へ運びながら一同を見回した。

 やはり初めて食卓に上がるということで芋についての話をしている者が多い。


 ポルターガイスト三兄弟の姿はやはりセシルには見えなかった。

 ただ、誰も座っていない三つの席にそれぞれ皿が一つずつ並べてあり、セシルがそちらに目を向けるたびに料理が少しずつ減っているので姿が見えないだけでそこにはちゃんといるのだろう。

 どの皿も真っ先に芋が無くなったのでセシルは少し笑ってしまった。


「しかし食事の世話までして頂けて助かりました。我々も携帯用の保存食は持参していたのですが、正直なところ残量が心許なく感じていたのです」


 サミーが言った。

 するとリンゲンとウェンドリンが答える。


「なに、大勢で食った方が美味いですからな。気にせんで下さい」

「そうそう。あなた方が長居することになったのはこちらにも原因があるんですし」


 懇親会は和やかな雰囲気のまま終わり、やがてお開きとなった。

 食後、サミーはリンゲンとチェスに興じたり、アルベルトに尋ねられて現在の世の中の様子を語ったりしていた。

 オルレアのほうはどうやら三兄弟と雑談をしているらしい。セシルには三兄弟の声は聞こえないが、オルレアの言葉から察するにこの後の畑仕事について相談をしているらしい。


「――ほらほら、手が止まってるわよ」

「おっと、そうだった。悪い」


 ウェンドリンに声を掛けられてセシルは我に返ると、手にしていた皿を台車に乗せた。

 今日はウェンドリンとセシルが片付け当番なのだ。


 二人はダイニングを出てキッチンへ向かった。

 その途中でウェンドリンが言った。


「やっぱり人数が多いといつもより賑やかね。まあその分洗い物も増えちゃうけど」

「うん、そうだな」


 セシルは頷いたが、どこか元気がない。

 ウェンドリンは少しの間セシルを観察するように見つめていたが、やがて言った。


「やっぱり気になるの? オルレアさんの事」

「え?」


 セシルは驚いた顔をした。

 それから迷ったような表情に変わったあと、やがて頷く。


「うん、まあ、気になるというか……やっぱり、どうもおかしいなって思って」

「おかしい?」

「ティッ……オルレアさんの性格がね。あの人、オレと一緒にいた頃はあんな物静かな感じじゃなくどちらかと言えばお転婆なほうだったんだ。だから未だにちょっと違和感があって」


 セシルがオルレアがティッタだとすぐに気付けなかったのはそれも原因だった。

 オルレアはセシルが知るオルレアよりも大人しいというか、お淑やかな印象なのだ。

 わかってから見れば間違いなく同じ人物なのだが、雰囲気がまるで違う。


「教会のほうで振る舞い方や言葉遣いの教育を受けたんじゃない?」

「オレもそのせいかなって思ったんだけど、他にも何か理由があるんじゃないかって気がしてさ。……まあ、オレの考え過ぎかもしれないけど」

「そう……」


 そんな話をしているうちに台車はキッチンへ辿り着いた。

 二人は皿を流しに運び、洗い物を始めた。


「おお、背が高いのってやっぱり便利だな」


 セシルが嬉しそうに呟いた。

 いつもは人形の身体なので流しに立つにも台を持ち運ばなければいけないのだが、今はオルレアの身体なのでその必要もない。

 手も大きいから皿も持ちやすいし、お陰で作業効率はかなり良い。

 セシルがはしゃいでいるとウェンドリンが言った。


「セシル」

「ん?」

「さっきの話だけど、もしオルレアさんが本当に何か悩みを抱えていたとしたらセシルはどうしたい?」

「そりゃもちろん力になってやりたいけど……ウェンドリン、ひょっとして何か聞いてるの?」

「いいえ、そういう訳ではないんだけど――」

「あ、セシルさん。ここにいたんですね」


 不意に声がした。

 振り返るとキッチンの扉が少し開き、人形がちょこんと顔を出していた。

 セシルが驚いて言う。


「あれ、オルレアさん。どうしたの?」

「この子たちが畑仕事の続きをしたいというんですが、私たちだけでは勝手がわからなくて。だから、それが終わってからでいいので中庭のほうに来てもらってもいいですか?」


 相変わらずセシルには認識できないがどうやら三兄弟も一緒らしい。

 恐らくいつものセシルに対するのと同じような感じでオルレアに我が儘を言ったのだろう。


「わかった。出来るだけ早く行くから先に行っててくれ」


 セシルはそう声を掛けたが、ウェンドリンが言った。


「いえ、ここはもう私一人で十分だから一緒に行ってあげて」

「いいのか?」

「もう随分片付いたしね。それに、あの子一人にずっとあの三人の相手をさせるのは申し訳ないから」

「わかった。じゃあ次の当番のとき埋め合わせするよ」


 セシルとオルレア、そして三兄弟は連れ立ってキッチンから出て行った。

 ウェンドリンはそれを見送ると、皿洗いを再開しながら肩をすくめた。


「オルレアさんが抱えている悩み、ねえ……」


 一緒に暮らしていて時々感じるが、セシルの直感は割と鋭い。

 そのセシルが気になるというのならオルレアが何か抱えているというのも本当な可能性は高いのだろう。

 そして、ウェンドリンにはその悩みの正体に心当たりがあった。


 恐らく、恋心だろう。

 昨日、中庭で弟の話をする時の表情や語り口からはそういった感情が十分過ぎるほどに伝わって来ていた。

 オルレアはセシルの事を仲間や弟としてではなく、異性として好きだったのだ。

 そのセシルが突然行方知れずになったからずっと気落ちしているのだろう。


 ただ、オルレア自身はその事を自覚している訳ではないようだった。

 そしてセシルのほうもまるで気付いていないらしい。


「まったく、どうしたものかしらね……」


 ウェンドリンは洗い終えた皿を置きながら呟いた。

 現状ではオルレアの悩みを解消する術はない。

 何しろ、彼女が探しているセシルが元の人間に戻れる可能性はもはやほぼゼロに近いのだから。


 オルレアが何も知らないまま時が過ぎれば、きっと悲しみや悩みも薄れてくれたはずだった。

 しかし、よりにもよってオルレアとセシルが入れ替わってしまった。

 運命という奴はなんて意地悪なのだろう。

 ウェンドリンは一人、行き場のないやるせなさを感じていた。



 ※ ※ ※



 イリス教会第三支部、司教補佐の執務室。

 リディア司教補佐は淡々と書類の整理を行っていた。


「さて、もう一息ですね」


 サインを済ませた書類を右の山から左の山へ移動させ、ホッと軽く息を付く。

 その時、不意に室内の光景が一瞬ぐにゃりと歪んだ。


「あら」


 それはほんの微かな変化で、普通の人間であれば目の疲れか何かが原因の錯覚だろうと流す程度のものだった。

 しかしリディアは微笑を浮かべると、机の隅に置かれたハンドベルを手に取った。

 それを鳴らすと間もなく世話係のシスターがやって来る。


「リディア司教補佐、お呼びでしょうか」

「ええ。申し訳ないのだけど大切な用事が出来てしまいました。ですからしばらくの間……そうですね、三十分程この部屋には誰も通さないようにして頂けますか」

「誰も、と仰いますと司教様もですか」

「そうです。例え教皇様がいらっしゃっても通してはなりません」


 リディアが大真面目に言うので世話係は思わず口元に手を当てて笑いを堪えた。


「わかりました。そのように致します」


 おかしな命令ではあるが今までリディアの命令に間違いは殆どなかった。

 何をするのかは知らないがきっと意味のある事なのだろう。

 そう解釈すると世話役は頭を下げて引き下がった。


 世話役がいなくなるとリディアは席を立ち、扉の鍵を掛けた。

 それから振り返って天井を仰ぎ、満面の笑みを浮かべる。


「これで誰にも見られる心配はありません。さあ、姿をお見せ下さい」

『……本当は来たくなかったんだけどね』


 ボソッとした声が響くとともに、室内全体が水面のように大きくうねり始めた。

 やがて部屋の中央が裂けて穴が開き、空間の狭間から一人の女が現れる。

 巨大な赤い宝石が嵌められた杖を手にした黒いドレスの若い女。

 リディアは感激した様子で両手を握り合わせた。


「ああ、天使様。ようこそいらっしゃいました。お会いしたかったですわ」

「だから何度も言っているでしょう。私は魔女よ。その気持ち悪い呼び方やめて」


 マリアンデールはうんざりした顔で言った。


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