第47話 訪問理由と人形の選択
「じゃあやっぱりあの人、ティッタ姉ちゃんなのか」
「驚かないってことは気付いていたの?」
「うん、まあその……部屋で一人になってから気が付いたんだ。確証は無かったんだけど」
ウェンドリンの問い掛けにセシルは曖昧な顔で頷いた。
翌日の朝。
セシルが目を覚まして間もなくウェンドリンがセシルの部屋を訪ねて来た。
そして昨晩のオルレアとの会話の事を教えてくれていたのである。
オルレアとセシル双方の話を擦り合わせると、オルレアが探しに来た弟というのがセシルの事であるのはもはや疑いようがなかった。
しかし……と、セシルは言った。
「どうしてティッタ姉ちゃんが教会にいるんだ? それに名前も違うし」
「その辺の事情も聞いてみたけれど、運が良かっただけ、と言っていたわ」
「運が良かった?」
ウェンドリンは頷いた。
「セシルがいなくなってからの話らしいんだけど、あの子、ある日変質者に襲われたそうなの。そこを偶然通りかかったサミーさんに助けられて、教会で治療を受けて、丁度人手が足りなかったからという事でそのまま教会で見習いとして働かせて貰える事になったらしいわ」
「そんな事があったのか……」
「あの子が言うには実際は別に人手不足などではなくて、あの子を教会に置いておけるようにサミーさんが手を回してくれたお陰なのだそうだけど」
「へえ……」
変質者に襲われたのが発端なのだから運が良いというのとはちょっと違うだろう、とセシルは思った。
だが同時にティッタらしいとも思った。
起きてしまった不幸はさっさと忘れ、良かった事だけを喜ぶ。
そういう前向きなところがティッタの長所であり、セシルが彼女から大きく影響を受けた部分でもあった。
「名前が変わってるのは?」
「それもサミーさんから勧められたそうよ。『情けない話だが、教会の中にも浮浪児だったというだけで態度を変える者もいるから』って、新しい名前と経歴を用意してくれたんですって」
「そこまでしてくれたのか」
セシルは驚いた。
そんな物が簡単に用意できないだろうことはセシルにだってわかる。
見ず知らずの浮浪児にそこまでしてくれるというのはちょっと意外だった。
パッと見では少々冴えないというか小物というか、利己的な人間といった印象だったのだがどうやら実際はそうでは無かったらしい。
「それで、姉ちゃんはオレを探しにここまで来たって言ったんだよな」
「ええ。自分が恵まれた生活を送れるようになった分、あなたの事をずっと気掛かりに感じていたらしいわ」
「そうか……」
そう呟いてセシルは押し黙る。
ウェンドリンは少し言い辛そうに言った。
「とりあえず私からはあの子には何も伝えていないわ。半年前の事だからよく覚えていない、とはぐらかしておいた。……あなたのお姉さんの事だもの。どう伝えるかはセシル、あなたが決めたほうがいいと思ったから」
「………」
セシルは迷った。
わざわざ自分の行方を探してこんな所まで来てくれたのだ。
普通に考えれば本当の事を伝えるべきだろう。
しかし……とセシルは一方で考えた。
ティッタは自分の事には前向きな反面、他人に害を与えてしまった場合は長い間引きずる傾向があった。
正直に話すのは果たして正しいのだろうか。
確かにセシルが呪いの館へ向かったのはティッタからの話が切っ掛けだったが、別にティッタはセシルを焚き付けたりした訳ではなかった。
ティッタが呪いの館の噂話をした時は他の浮浪児仲間も一緒だった。
特に何の意図もなく、雑談のネタの一つとして語っただけだったのだ。
こっそり街を抜け出して呪いの館へ向かったのはセシル自身の意志だった。
呪いの館へ行って来たと言えば、きっとティッタや仲間たちから驚かれるだろう。
勇気があると褒めてもらえるかもしれない。
そう安易に考えたのだ。
そしてその結果、セシルは人形になった。
しかしそれについても誰でもないセシル自身の責任だ。
セシルとしてはそれで納得していた。
しかし、ティッタのほうはどうだろう。
セシルが人形にされたと知れば、きっと自分の事を責めるに違いない。
長考の末、セシルは言った。
「……オレの正体は明かさない事にするよ」
「あなたはそれでいいの?」
ウェンドリンが少し心配そうな顔をする。
しかしセシルははっきりと頷いた。
「オルレアさんは折角幸せを掴めたんだ。馬鹿な弟が人形になってました、なんて事は知らなくていい。弟は呪いの館には行かず、姉と無関係などこかで勝手に野垂れ死んだ。そういう事にしておきたい」
『人形のセシル』になった人間は自分の名前を言葉に出せなくなる。
そしてティッタは、『ティッタ』ではなく『オルレア』という名前を口に出来なくなっていた。
つまり彼女の心はもうオルレアとして生きて行くと決めているのだろう。
今更そこに余計な重荷を背負わせるような真似はしたくない。
だから正体は明かさないのが一番だろう。
……寂しくないと言えば嘘になるが。
ウェンドリンはそんなセシルの気持ちを察してくれたのか悲しげな顔をしていた。
だがやがて優しく微笑んだ。
「わかったわ。あなたがそう決めたのなら私は何も言わない。……それじゃ、他の怪異たちにもそのように伝えておくわね」
「ああ、頼む」
ウェンドリンは静かに部屋を出て行った。
セシルは一人になると無言でベッドに倒れ込んだ。
うつ伏せになり、枕を両手でギュッと顔に押し付けたまましばらく動かなかった。
※ ※ ※
それから少し時間が進み、夕焼けが窓に差し込み始めた頃。
セシルが廊下を歩いていると、オルレアが不安げな様子で辺りをキョロキョロ見回しているのが目に入った。
「オルレアさん、どうしたんです?」
セシルが声を掛けるとオルレアは一瞬だけギョッとした顔をした。
昨日の今日であるし、自分自身が声を掛けてくるというのにまだ慣れていないのだろう。
「ああ、セシルさん。実はついさっき目が覚めたところだったのですが、どこで何をしたらいいのか……」
「それならとりあえずダイニングに行けば良いんじゃないかな。多分誰かしらいるだろうし。良かったら案内しますよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
オルレアがホッと胸を撫で下ろす。
そしてセシルのほうも内心安堵していた。
どうやら自然に対応できたらしい。
当然ではあるがセシルの正体についても特に疑われてはいないようだった。
それからセシルとオルレアは主にこの館についての当たり障りのない会話を交わしながら廊下を進んで行った。
セシルは意識して歩くペースを遅くしていたが、それでも人形のオルレアはパタパタと急ぎ足でセシルの後に付いてくる。
そんな様子を眺めている内に、セシルはふと、可愛らしいな、と思った。
人形だった頃ウェンドリンが事あるごとに自分を抱き上げたがっていたのを不思議に思っていたが、こんな姿を見せられれば仕方ないのかもしれない。
といっても、面白がって胸を押し当てて来るのは本当に勘弁して欲しいのだが……。
セシルが無意識に柔らかい感触を思い出していると、オルレアが言った。
「あれ、セシルさん何だか変わった匂いがしますね」
「え? オレなんか臭いかな」
「いいえ、むしろ良い匂いというか、私昨日は自分でも気になるくらい汗臭かったから驚いちゃって。ここって石鹸とかもあるんですか?」
セシルはギクリとした。
勝手に風呂に入った事に気付かれたらしい。
「あ、ああ。ウェンドリンさんがかなりの綺麗好きでね。リンゲンさん……あの小人のおっちゃんが大体の物は作れるのもあって、この館は水回りや風呂用品なんかはかなり充実してるんだよ」
「へえ、そうなんですね。じゃあ私のこの人形の身体も洗ったほうがいいのかしら」
「別にどちらでも構わないよ。オレはそんなに気にしないから」
「わかりました。それならいつ元通りになっても良いように綺麗にしておきますね」
「う、うん。ありがとう……」
セシルは目を逸らした。
それから少しの間微妙な沈黙が流れる。
やがてセシルは言った。
「ええと……ごめんな」
「何がです?」
「その、勝手に風呂入っちゃって。裸も見ちゃったし……」
オルレアはそれを聞いてキョトンとした。
しかしすぐ笑って言った。
「なんだ、そんな事ですか。気にしていませんよ、身体が入れ替わっちゃったんだから仕方ないですし」
「そ、そうか」
セシルはやや心が楽になった。
だがオルレアは続けて言った。
「大体、女の子同士なんだから気兼ねする必要ないでしょう?」
「……うん、そうだね」
セシルは抑揚のない声で言った。
オルレアに正体を明かせない理由が増えたな、とセシルは思った。




