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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第2部 第2章 新たな生活

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第46話 少女の秘密

 セシルが部屋で一人葛藤していた頃、怪異たちとオルレアは中庭に来ていた。


「本当に畑があるのね……」


 花壇ごとに別々の植物が整然と植えられているのを見てオルレアが目を丸くする。

 その横を幽霊の三兄弟がキャッキャッと笑い声を上げながら通り過ぎた。

 作業途中だったらしい花壇へ飛んで行き念動力で苗を一本引き抜くと、苗の根には見事な芋がいくつも付いている。


「ほう、見事に育ったもんだな」


 リンゲンが腕組みをしながら言った。


「うん! 凄いでしょ」

「……苗、まだ沢山ある」

「爺ちゃんたちも手伝って!」

「わかったわかった、そう騒ぐな」

「後で調理法を調べないといけませんね」


 リンゲンとアルベルトが腕まくりをしながら三兄弟のほうへ歩いて行った。

 その後ろを謎肉がモーと鳴きピョンピョン跳ねながら付いて行く。


「……ふふっ」


 その様子を眺めていたオルレアは小さく笑った。

 だがすぐにウェンドリンの視線に気付き、慌てて弁解する。


「あ、ごめんなさい笑ったりして。でも悪い意味じゃないんです。とても恐ろしい場所だと噂で聞いていたのに随分印象が違うから、ちょっとおかしくて」

「別に構わないわよ。私たちだって驚いているんだもの。ここ、ちょっと前まではその噂の通りの場所だったから。この中庭だって雑草だらけの荒れ放題で酷い有様だったし」

「そうなんですか?」

「ええ。ここが変わったのはセシルが来てからなの」


 ウェンドリンがそう言うとオルレアは自分の身体に目を向ける。


「あの人形の子が?」

「そうよ。自分たちの棲み処なんだからもっと快適にするんだって言いだしてね。最初はすぐに飽きるだろうと思っていたんだけど、どんどん館の中を変えて行っちゃって。今じゃ私たちもすっかりあの子のペースに乗せられているわ」

「へえ……こんな言い方していいのかわかりませんけど、面白い子なんですね」


 オルレアは和気あいあいと畑仕事に精を出す怪異たちを眺めながら微笑んだ。

 ウェンドリンはそんなオルレアをしばらく見つめていたが、やがて少し言い辛そうに言った。


「……こんな流れで言うのはズルいんだけど、あの子の事あまり嫌わないであげてね」

「え?」


 オルレアがウェンドリンに顔を向けた。


「サミーさんの付き添いで来ただけなのにそんな目に遭ってあなたも納得いかないかもしれないけれど、身体が入れ替わっちゃったのはあの子にとっても予想外だったみたいだし。その代わりという訳ではないけれど、私たちもあなたたちが早く元通りになれるよう出来る限り協力するから」


 オルレアは驚いたようにウェンドリンを見たが、すぐに笑顔で首を振った。


「大丈夫です。さっきも言いましたけど私は別にあの子を責めるつもりはありませんから」

「そう……?」

「ええ。私はこの身体の事はそれほど心配してないんです。あの子や皆さんの様子を見ていればきっと戻れるんだろうって信じられますし。それに……実を言うと私、こうなって良かったとさえ思っているんです。皆さんとこうしてお話しする機会が得られたから」


 ウェンドリンは怪訝な顔をした。


「それはどういう意味?」

「私がここへ来たのはサミー様の付き添いとしてではありません。むしろ、サミー様に無理を言って同行させて頂いたんです。私がここへ来たのは、行方不明になった弟の手掛かりを探すためなんです」

「弟さんの手掛かりって……その子がうちに来たというのは確かなの?」


 ウェンドリンが神妙な顔で尋ねるとオルレアは曖昧な顔をした。


「いえ、わかりません。あの子が無事だったとしたらきっとこの館へ向かっただろうって私が考えているだけなので。あの子が姿を消したのは、私があの子にこの館のことを話して間もなくの事でしたから」

「弟さんがいなくなったというのはいつ頃なのかしら」

「半年前です」

「半年前……」


 ウェンドリンはこの半年のことを思い返した。

 この半年で館へ忍び込んで来た子供というとウェンドリンが知る限りでは一人しかいなかった。

 セシルだ。

 しかしセシルから姉がいるといった話は聞いたことが無いし、もしセシルがオルレアの弟なら何かしら反応していたはずだろう。だが特にそんな様子も見られなかった。


 となると……恐らくその行方不明の弟というのはここへは来ていない。

 しかしオルレアにすがるような眼差しを向けられ、ウェンドリンははっきり否定することができなかった。

 ひょっとしたら別の手掛かりになるかもしれないと思い、追加で質問をする。


「その弟さんの容姿や年齢はわかる?」

「あの子は私より一つか二つ年下のはずです。背丈は私と同じくらいで、身なりはかなり汚かったと思います。浮浪児でしたから」

「……ええと、ちょっと待って。あなたは教会の人間なのに弟さんは浮浪児なの?」


 ウェンドリンは思わず尋ねた。

 人間社会の仕組みに詳しい訳ではないが、マリアンデールから教会がこの国でかなり力の強い組織らしいことは聞いていた。

 それなのに、教会関係者の弟が浮浪児なんてことがあるのだろうか。

 姉弟仲が悪かったとかならそういう事もあるのかもしれないが、こんな人里離れた館にまでその弟を探しに来ている時点でちょっと考えにくいと思うのだが……。

 するとウェンドリンの疑問を察したらしくオルレアは言った。


「私も半年前は浮浪児だったんです。サミー様に拾われて教会の一員に加えて頂いたのも最近の事で。教会に入ってから今の名前に変わりましたが、浮浪児だった頃の私はティッタと名乗っていました」

「ティッタ……」


 ウェンドリンは考えた。

 弟と一緒にいた頃、この子は浮浪児だった。

 当然今とは容姿の印象も随分違うだろう。

 それに加えて名前も変わっている。

 となると、もしかしたら……。



 ※ ※ ※



 一方その頃、セシルはバスルームで悪戦苦闘しながら身体を洗っていた。


「うう……変な感じ……」


 セシルはタオルで顔の上半分を縛り、目元を覆い隠していた。

 別にふざけているのではない。

 こうすれば裸体を見ることなく風呂に入れると思い付き、大真面目にやっていたのだ。


 だがこのやり方は正直なところ逆効果でしかなかった。

 第一に、目が見えないので何をするにも手探りになり死ぬほど動作が遅い。

 そして第二に……視覚が遮られる分、必要以上に触覚が研ぎ澄まされるのだ。


 そもそも、入れ替わったばかりでまだ細部がどうなっているか碌に把握できていない肉体である。

 しかも陶器の身体と比べると、どこを触ってもびっくりするほど柔らかい。

 そんなものを目隠しで洗ったりすれば却って形や感触を意識してしまう。

 まだ入浴すらしていないのにセシルの脳味噌はすっかりのぼせ上がってしまっていた。


「えっと、棚……確かこの辺に棚があったはず……」


 自分でもよくわからない衝動を必死に押さえ込みながら、セシルは手探りで壁の棚から物を取ろうと手を伸ばした。

 だがその手は虚しく空を切り、棚どころか壁にすら触れられない。

 少し動かないと駄目か、とセシルは中腰になり恐る恐る歩き始めた。


 それなりに慎重に動いたつもりだったが、目隠しの上に気分は乱れ、さらに眠気も酷いという状態である。

 セシルは何かを踏ん付けた拍子にそのまま滑って転びそうになった。


「うわぁっ!?」


 反射的に手足を無茶苦茶に動かしてどうにか転ぶのは免れた。

 だがその代わり、ホッと息を付いたセシルは自分の目が見えていることに気が付いた。

 大立ち回りをした弾みで目隠しのタオルが外れてしまったのだ。

 さらに運の悪いことに、セシルの目の前には大きな鏡があり、泡にまみれた少女の姿がはっきりと映っていた。


「………」


 セシルは無言で鏡を見つめていた。

 といって、少女の裸体に目を奪われていたのではない。

 セシルは首から下にはまるで注意を向けず、じっと顔に目を向けていた。


 オルレアと最初に顔を合わせた時、何故か見覚えがあるような気はしていたのだ。

 そして今、髪が濡れて固まった姿を見てようやくその理由がわかった。


「ティッタ姉ちゃん……?」


 セシルは呟いた。


 ティッタというのはセシルが貧民街にいた頃、時々一緒に行動していた浮浪児仲間の一人だった。

 やたらとお姉さんぶってセシルの世話を焼こうとするのが煩わしいこともあったが、あの街でセシルが心を許せる数少ない人間だっただろう。


 あの頃のティッタは――といっても、ほんの半年前なのでそこまで昔でもないのだが――浮浪児の例にもれず粗末な衣装をまとい、髪は垢と泥で固まり、頬骨が浮き出るほど痩せこけていた。 それに対して、鏡に映る現在の姿はあの頃の姿とは見違えるほど綺麗だった。

 もはや別人だと言っていい。

 しっかり観察すれば気付くことも出来たかもしれないが、『魂の交換』によって女の子に変わりパニックになっていたセシルはそれどころではなかった。



 こうしてじっくり見ると、この少女は間違いなくセシルの姉のような存在だったティッタだった。

 しかし、そのティッタがどうして教会の人間としてここへやって来たのか。

 そもそもどうしてオルレアなんて別の名を名乗っているのだろう。

 セシルは訳が分からないまま鏡の前に立ち尽くしていた。

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