第45話 呪いの弊害
果たしてどうなる事かと思われたが、意外にも呪いの館での共同生活は大きな混乱も起こらずスムーズに始まった。
いや、実際はほとんど全員が混乱してはいたのだが、こうするしかないと各々頭では理解していたので問題が起こることはなかった、と言うのが正しいだろうか。
サミーはオルレアを人質に取られているようなものだから従うしかないし、人形に変わってしまったオルレアは言わずもがな。
そして怪異たちのほうは余程の事でない限りはマリアンデールの方針に従うのだ。
とりあえず一同は互いに簡単な自己紹介を済ませると訪問者二人に館の中を一通り案内し、滞在の間は空いている客室を適当に使ってもらうことにした。
ただし、客室を使うのはサミーとセシル。
怪異はそれぞれ決まった部屋で眠らないと魔力の回復効率が悪くなるため、人形になったオルレアはセシルがこれまで使っていた執務室のソファで寝てもらわなければならないのだ。
ごめんなさいね、とウェンドリンが言ったが、オルレアは特に気にしていないようだった。
「構いません。もっと酷い環境で寝泊まりしたこともありますし寝床を与えて頂けるだけで十分です」
セシルはオルレアが顔色一つ変えずにそう答えるのを見て変わった奴だなと思った。
先程もだが、人形に変えられたというのにどうしてこんな落ち着いてるんだろう。
自分の事は棚に上げ、そんな風に考えた。
まあオルレアの事はさておき、人間二人の部屋割りが決まったところで今日は解散しようということになった。
サミーたち二人がこの屋敷に辿り着いたのが日暮れ頃で、現在は既に深夜。
怪異たちにとってはこれからが本格的な活動時刻ではあるが人間は眠りに就く時間である。
実際、セシルは段々眠気で頭がボーっとし始めていた。
「細かい事柄については明日あらためて相談することにしましょう。お疲れでしょうし、本日はもうお休みください」
アルベルトが言い、サミーが頷く。
「わかりました。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
サミーはオルレアが気掛かりな様子だったが、オルレアと一言二言言葉を交わすとやがて自分の部屋に入った。
セシルはそれを他の怪異たちと一緒に眺めていたが、やがてふわぁ……と大きなあくびをした。
リンゲンが言った。
「お前もさっさと寝たほうがよさそうだな」
「うん、そうみたいだ。……そういえばポールたちはどこに行ったんだ? さっきから全然見掛けないけど」
セシルはふと思い出し、目をこすりながら言った。
先程気を失ってからポルターガイストの三兄弟の姿を全く見ていない。
するとリンゲンは怪訝な顔をして何もない空間を指差した。
「何を言っとるんだ。ガキ共ならずっとそこにいるだろう」
「え、どこに?」
セシルは目を凝らしてじっと見つめたがやはり何も見えない。
どうしてだろうと考えたが、ふと自分がこの館へ忍び込んだ時のことを思い出した。
確かあの時も最初見えていたのは宙を舞う食器類だけで、三兄弟を認識出来るようになったのは人形になってからだった。
「ひょっとすると幽霊だから人間には見えないのかな」
「あらそうだったの? なんだか様子がおかしいとは思ってたけど。三人が何度も話し掛けてるのにセシル全然反応しないんだもの」
「あれ、そうだったのか。そりゃ悪いことしたな……。しかしそうすると参ったな。せめて会話くらい出来るようになりたいんだが。畑仕事だってまだやること沢山あるのに」
「畑仕事?」
オルレアが不思議そうな顔をする。
するとセシルは少し得意げに言った。
「ああ、実はオレたち中庭で野菜とか色々育ててるんだ」
「野菜? 怪異が?」
「そうさ。ついさっきまでは芋の収穫をしていたんだ。それに他にも……ふわぁ」
詳しい説明しようとしたセシルをまたしても大あくびが襲う。
いい加減眠気が辛くなってきたようだ。
ウェンドリンが呆れて笑いながら言う。
「ほら、そろそろ限界でしょう。かなり眠そうな顔してるし、その辺の話は私たちがしておくから倒れる前に寝ちゃいなさい」
「そうだな、そうする……」
セシルは怪異たちに挨拶を告げると自分の部屋に向かって歩き出した。
※ ※ ※
「やれやれ……」
部屋に着いて扉を閉めたセシルはあくびを噛み殺しながら大きく伸びをした。
実のところ、気分が落ち着いてから一気に眠気が酷くなっていた。
深夜の時間帯だというのもあるが、サミーたちの話だと二人は一日中森を歩いてこの館へやって来たらしい。その疲労の影響が大きいのだろう。
セシル自身が歩いた訳ではないのに少々理不尽にも感じるが、それを言い出したら『魂の交換』自体が理不尽の塊なのだから仕方ない。
「さてと……」
セシルはランタンを棚に置くと、ふと室内を見回した。
ランタンの明かりがあって尚、部屋の中は薄暗い。
これでランタンが消えたら一切何も見えなくなってしまうだろう。
――人形だった時はこんな暗闇に困ることなんて全然無かったんだけどな……。
まるで自覚していなかったが怪異の身体は夜目がかなり利いていたらしい。
制約もそれなりにあったが人間の身体と比べて便利な部分も多かったということか。
人間と怪異とでこういう違いがあるというのはちょっと面白い。
「まあ、その辺については今はいいか。さっさと風呂入って寝よう……」
セシルはまたあくびをしながらバスルームへと歩いて行った。
そしてふとその途中で足を止めた。
「……風呂?」
そう呟き、それから数秒間固まってから、恐る恐るという様子で化粧台の鏡に目を向ける。
鏡に映っているのはいつものドレスの人形ではなく、修道服に身を包んだ華奢な少女。
セシルの顔がみるみる青ざめた。
そういえば……いや、そういえばではなく分かってはいたのだが、身体が入れ替わっているのだ。
今のセシルは人形ではなく、人間――それも女の子なのである。
当り前だが、風呂に入るためには服を脱がなければいけない。
そう。
裸にならなければならないのだ。
「………」
セシルは鏡に映った姿から無意識にオルレアの裸体を思い浮かべた。
それからすぐハッと我に返ると慌てて首を振って頭の中からその妄想を追い払う。
――どうしよう。
これまでウェンドリンに散々バスルームに連れ込まれたせいでセシルはすっかり毎日の入浴が習慣になっていた。
今のオルレアの身体は一日中歩き続け、汗でベトベトしている。
風呂に入らずベッドに横になるという選択肢はちょっと選びたくない。
正直油断したらそのまま倒れてしまいそうなほど眠いし、早く風呂に入って寝たい。
しかし風呂に入るためには服を脱がなければならない。
許しもなく女の子の裸を勝手に見るのはどうなんだろう。
しかしだからと言って今から本人に風呂に入っていいか聞きに戻るというのも何だか変態じみていて嫌だ。
「………」
静まり返った部屋の中で時計の針だけが無機質な音を立てている。
どうするべきかセシルは悩んだ。
悩んで悩んで、悩み抜いて……やがてセシルは結論を下した。
やっぱり、風呂には入ろう。入るべきだろう。
今のこの状況は別にセシルが望んだ訳ではない。いわば不可抗力だ。
それに、あのオルレアという子だって自分の身体を不潔に扱われるのは嫌だろう。
衛生面を考えたら必要なこと。仕方のないことなのだ。
風呂には入るけれど、出来るだけ見ないようにする。
サッと脱いで、ささっと風呂に入って、さっさと寝てすっかり忘れる。
そうすればいい。うん。そうしよう。
「……もしも後で泣かれたら土下座でも何でもして謝るさ」
セシルは目をぐるぐるさせ、少なくない罪悪感と後ろめたさを感じながら――そして、自覚は無かったし自覚があっても絶対認めなかっただろうが、若干の期待と興奮を覚えながら――修道服に手を掛けた。
それからセシルはギュッと強く目を閉じると、勢いよく修道服を脱ぎ捨てた。




