第43話 二度目の発動
一体何なんだ、これは。
サミーは巨人を見上げながら思った。
どう見ても作り物や幻覚ではない。
悪魔や幽霊などこの世には存在しないと思っていたが、実在したのか。
サミーは顔色一つ変えず、またその場から微動だにしなかった。
といって別に冷静を保てていた訳ではない。
逆である。
あまりの驚きで足がすくんで逃げることも出来ず、また表情を変える余裕すら無かっただけ。
半ば気絶しているような状態だった。
サミーが全く動じない(ように見える)ため、リンゲンはさらに威圧するように身体を屈めて二人に顔を寄せた。
「どうした、黙り込んで。何か言ったらどうだ」
するとオルレアがヒッと小さく悲鳴を上げてサミーの背中にすがり付いた。
サミーはそれで我に返った。
それから状況を確認し、一呼吸置いてからゆっくりと振り返る。
「なに、恐れることはない」
「し、しかし司祭様……」
「大丈夫だ。私に任せておきなさい」
サミーは安心させるように言った。
完全な強がりではあったが、言葉に出せたためかサミー自身も多少落ち着くことが出来た。
それから再び向き直り、さてどうしたものかと巨人を見上げる
サミーは今回オルレアが同行してくれたことを初めて感謝していた。
自分一人でこの事態に陥っていたら恐らく泣き喚くか小便でも漏らすか、まあ酷い事になっていただろう。
修道服の下の足はガクガク震えていたが、サミーはあくまで平静を装ってリンゲンに言った。
「お返事が遅くなり申し訳ありません。私はイリス教会第三支部で司祭を務めているサミーと申します」
「ほう」
「あなたがこの館の代表の方なのでしょうか」
「いや、違うが」
「そうでしたか。実はこちらの館の今後に関して重要なお話があるのです。どうか代表の方へお取次ぎをお願いできませんでしょうか」
サミーは現実主義者である。
だから今日この時にいたるまで、神とか悪魔とかそういったものは所詮迷信だろうと切り捨てていた。
しかし、こうしてはっきりと存在を目の当たりにしたのだ。
そうであれば認めるしかない。
神はまだわからないが、少なくとも悪魔はこの世に実在する。
相手の存在を認めてしまえば後は相応の対応をすれば良いだけだ。
この巨人はサミーたちに多少ケンカ腰な態度ではあるが、暴力に訴えて来る気配は無い。
何より言葉が通じる。
それならば交渉の余地もあるかもしれない。
サミーはそう考えた。
現実主義者であることはサミーを頭でっかちな性格に形作る原因となっていたが、同時に変化に対して柔軟に対応する資質としても機能していた。
一方リンゲンのほうもサミーに興味を抱き始めていた。
マリアンデールの魔術を突破してきたらしいということで警戒していたが、巨大化した自分の姿を見ても取り乱すこともなく、連れの少女の気遣いをする余裕まで見せている。
こちらとしても尋ねてみたいことはいくつかあるし、話をする価値はあるかもしれない。
「ふむ、ちょっと待っとれ」
この館の代表といえばマリアンデールだが、マリアンデールは例によって忙しいだろうし、教会の人間を毛嫌いしている。
まずは自分たちが話をしたほうがいいだろう。
リンゲンは上を向き、ふーっと息を吐いた。
するとリンゲンの身体がみるみる縮んで行き、あっという間に鼠ほどの大きさになる。
「おーい、お前らちょっと来てくれ」
目を丸くするサミーとオルレアをよそに、リンゲンは物陰のほうへ声を掛けた。
※ ※ ※
物陰に隠れて様子を窺っていたセシルたちはリンゲンが戦闘形態を解除したのを見てやや驚いた。
「一体どうしたのかしら」
「何やら話をしていたようですが……」
「とりあえず呼んでるんだし行ってみるか」
セシルは先立ってリンゲンたちに駆け寄って行った。
物陰から出てきたセシルに気が付くと二人の聖職者はギョッとした様子だった。
まあ人形が勝手に動いているのだから当然だろう。見慣れた反応である。
ただこの時、セシルのほうも近付きながら「あれ?」と思った。
二人のうちの少女のほうに見覚えがあるような気がしたのだ。
教会の人間に知り合いなどいないはずだが、一体誰だろう。
ひょっとすると炊き出しの時にでも見かけたことがあったんだろうか。
セシルはそんな事を考えながら少女に目を向けた。
視線に気付いたのか、少女もセシルの顔を見つめ返す。
そうして二人の目が合った。
すると突然、セシルの視界がガクンと揺れた。
何かに躓いたのではない。何の前触れもなく全身の自由が効かなくなったのだ。
セシルは声を発することも出来ず、そのまま前のめりに倒れてしまった。
「セシル!?」
背後からウェンドリンが叫ぶのが聞こえた。
だがセシルはその場に倒れたまま指一本動かせなかった。
自分でも何が起きたかわからない。
眩暈とか痺れとか、そういうものとは違う。
まるで自分の身体が自分のものではなくなっていくような奇妙な感覚だった。
次第に目の前が暗くなり、意識が薄らいでいく。
そして完全に意識を失う寸前、セシルは修道服の少女がその場に倒れるのを見た。
※ ※ ※
「君! どうしたんだ、しっかりしたまえ!」
誰かがすぐ近くで大声を出している。
やかましいな……とセシルは思ったが、ふと自分が倒れたことをぼんやり思い出した。
抱き起こされているような感触がある。
どうやら誰かが助けてくれたようだ。
しかし聞き覚えのない声のようだが、誰だろう。
セシルはそんな事を考えながら目を開いた。
そして……。
「……え?」
「おお、目が覚めたか。いきなり倒れるから何事かと思ったぞ」
「どうしてあんたがオレを助けるんだ?」
セシルを抱き起していたのは小太りな修道服の男だった。
すると修道服の男――サミーは不思議そうな顔をした。
「何を言っている? 私が君を助けるのは当たり前だろう」
「え? いや、だって……」
セシルも困惑した声を漏らす。
そしてその時ようやくセシルは自分の声の違和感に気付いた。
声だけではない。
視界に入った自分の腕――それに着ている服も明らかにおかしい。
セシルは過去にこの違和感を経験したことがあった。
まさか……。
ある考えが浮かんだ矢先、向こうから声が聞こえて来た。
「セシル! どうしたの、目を開けてセシル!」
ウェンドリンの声だった。
セシルが起き上がってそちらへ目をやると、離れた位置に怪異たちが集まっているのが見えた。
その中央ではウェンドリンが誰かを抱きながら必死に言葉を掛けている。
セシルはそれを見てポツリと呟いた。
「そんな、まさか……」
ウェンドリンが抱いていたのは人形だった。
赤いドレスで着飾られた、ブラウンの髪の人形。
それは間違いなくセシルだった。
「ん……」
気を失っていた人形の目元がピクピクと動き、ゆっくりまぶたを上げる。
「良かった、気が付いたのね」
「心配したぞ」
周りの怪異たちが安堵を浮かべる。
しかし人形はそれに対して困惑の表情を返し、それから自分の身体に目を向けたあと悲鳴に近い声を上げた。
「な、なにこれ。私、どうしてこんな身体に……」
それを聞いて怪異たちも異常に気付いたらしい。
リンゲンがぎょっと目を見開き、ウェンドリンとアルベルトが慌てて人形の顔を覗き込む。
「セ、セシルさん?」
「まさか、これって……」
セシルは茫然としながらその光景を見つめていた。
そんなセシルに対し、サミーが不審げに問い掛ける。
「さっきから一体どうしたんだね。あの人形が何か気になるのか、オルレア君」
「………」
セシルとオルレア。
少女の人形と修道服の少女。
目を覚ますと、二人の身体が入れ替わっていた。
人形のセシルが持つ呪いの一つ、『魂の交換』。
よりにもよって、それがこんなタイミングで発動してしまったのだ。




